一旦戻る
実家に戻った後、イルナは父と母との会話もそこそこに、イエルハルドとラルスを連れてコンラード邸へ転移した。
いつまでもイエルハルドが領地を留守にしておけないからだ。それにラルスは馬車や御者や、コンラード領に来るまでについて来た護衛係もコンラード領に置いてきている。
なのでコンラード領に一旦戻り、そこから馬車で数日かけて王都に戻る事になった。
「姉さんの転移のオーブですぐなんだけどな」
「無茶言わないで。さすがに馬車ごとなんて無理だわ」
「仕方ないか」
期待して言った訳でもなさそうで、ラルスはあっさり納得している。
そして今日はイエルハルドの邸でお世話になるらしく、イルナと別れてコンラード邸へと向かった。
ラルスにはイルナの家で泊まるよう勧めたのだが、ラルスがイエルハルドの邸がいいと言った為、イエルハルドも笑顔で了承したのだ。
(絶対ドロテアに会いたいからだわ)
初対面の二人の様子から、お互いに一目惚れしたに違いない。自分の弟だがラルスは涼し気な目元をした美少年だ。一歳年下のドロテアと同い年で、夜会でも令嬢達の視線を集めている。
次期侯爵当主ともあり、なかなかの優良物件と言う事で、引く手あまただ。けれど当の本人はどこ吹く風で、全く興味を示さない。
それなのにここにきてドロテアに一目惚れとは面白すぎる。イエルハルドに気付かれたら、邸から叩き出されるかもしれないと思うと、イルナはおかしくて笑いそうになった。
「何だか楽しそうですね、イルナ様」
「あら、アミン。そうね、楽しいかもしれないわ」
アミンが不思議そうにしながらも、イルナにお茶を出してくれる。
イルナもそのお茶を飲みながら、ふと国王の言った言葉を思い出していた。
『時にイルナ嬢よ。そなたウィクトルの婚約者にならぬか?』
あの時両親が即答で断っていたが、あれは本気だったのだろうか?
それに王太子の婚約者にしてもいいとも言っていたが、どこまで本気なのか分かったものじゃない。
だが、この国の王子二人にはいまだにどちらも婚約者がいないのは事実だ。確か王太子であるテオドール殿下は21歳で、第二王子のウィクトル殿下は18歳だったはず。
テオドール殿下はブロンドの髪に碧眼の、絵に描いたような美形の男性だ。けれど第二王子のウィクトル殿下は見た事がない。国王の話では、このコンラード領に来ていたようだが。
「ねえアミン。貴女、第二王子殿下を見た事ある?」
「え?いえ、ありませんよ。そもそも第二王子は公の場にお顔をお出しにならない方ですので、王宮にいらっしゃる方でも滅多に顔を見る事はないと聞きましたが」
「そうなの?でも王立学園には通ってらしたんでしょう?今年卒業されたと聞いてるけど…」
「ああ、そうですね。そういう意味では同じ学園で通っていた生徒達は知ってるかもしれませんね」
実はイルナも学園には通っていたのだが、1年で自主退学したのだ。何故なら王立学園は主に魔法を勉強する場所だからだ。
とにかく魔法の苦手なイルナは、授業についていくのがやっとで、実技試験は見るも無残な結果しか出せず、結局やめる事になったからだ。
「イルナ様は1年で退学されたので、王子が入学してきた頃には学園にいらっしゃらなかったですものね」
「そうなのよね」
「でも急に何故第二王子のお話を?」
アミンがイルナに問い掛けると、イルナも少々困惑した様子で答える。
「それが、今日国王陛下に第二王子の婚約者にならないかって言われたのよ」
「…え!?い、いつですか!今日って、どこで国王陛下に!?」
「あ」
そう言えばアミンには転移ができるオーブの話をしていなかった事を思い出す。
少し悩んだが、この侍女は信用できるし、何よりずっと自分についてきてくれている大事な侍女だ。やはり教えておこうとイルナは思った。
「実はね、色々あって別の場所に一瞬で転移できるオーブを持ってるの。それで今日はラルスと一緒に王都へ行ってきたのよ」
「…は?転移、ですか?」
「うん。そこで国王陛下にお会いしたの」
「ええええええええ」
なるべく大声にならないように叫ぶアミンがちょっと面白い。
そしてイルナは今日あった出来事を、なるべくわかりやすくアミンに話した。勿論言える範囲でだが。
するとアミンは、ルキウスが話題に出るとあからさまに嫌な顔をした。
「あの公爵子息、まだイルナ様を追い回してるんですか?」
「そうみたいね。何であんなに気に入られたのか分からないけど、正直困るわ」
「侯爵様にお伝えして抹殺してもらいましょう」
「アミン、物騒だわ。それにお父様は知ってるのだけど、マオーラ公爵が取り合ってくれないらしいの」
この件については王宮から帰る際、馬車の中で説明された。まあ、謁見の間でも父とマオーラ公爵が言い合いしていたので、何となく理解できたが。
そしてそれとは別で今後の事を話したいからと、明日また王都のルーメン家へ行かなくてはいけない。というか転移して気軽にほいほい戻っていたら、辺境の地へ追いやった意味がないような気がするのは気のせいではないだろう。
(とにかく明日もう一度王都の実家にラルスと行かないといけないのよね。キルスティの所に行く時間あるかしら)
明日、両親にどこまで話したらいいのか正直迷っている。ただ、キルスティの言っていたヴァルデマーの話はしないといけない。本来なら早々に手紙で報告すべき事だったが、エルフに聞いたとも言えず、まだ何も伝えていなかった。
「それではイルナ様、おやすみなさいませ」
「おやすみアミン」
ぼんやりと考え事をしていると、あっという間に寝支度が整いアミンが部屋から下がる。
明日の事を考えながらも、イルナはベッドに入り目を閉じた。