謁見する
「面を上げよ」
「「「はい」」」
玉座から王が声をかけ、臣下の礼をとっていたイエルハルド、イルナ、ラルスが顔を上げた。
顔を上げるとそこには国王の前に宰相とロドルフ、カロレッタが立っていた。イルナ達を見てルーメン侯爵夫妻は大層驚いているのがわかる。
「ラルス、お前一体いつ戻ったんだ?まだコンラード領に着いた所だっただろう?それなのにイルナとイエルハルドまで…」
ロドルフが驚きを隠しきれずにラルスに問い掛ける。
「姉さんにここまで運んでもらいましたよ。三人で、あの時の姉さんと同じ方法で」
「…!」
暗にオーブで転移したと告げると、ロドルフとカロレッタが目を瞠る。
まさか三人で転移してくるとは思ってもみなかったらしく、予想外の展開に頭がついていかないようだ。
そんな事情は全く知らない王は、イルナをじーっと眺めながら顎髭を撫でていた。
「ふむ…、そなたがロドルフの娘か」
「は、はい」
突然話しかけられ、イルナが慌てて頭を下げる。けれど国王は「よい、顔を上げよ」と言うので、イルナも恐る恐る顔を上げた。
「お主達がこうも早くここに揃うとは思わなかったが、丁度良い。実はウィクトルから手紙が届いたのだが、その件について話をする所だったのだ」
「ウィクトル殿下からですか?」
イエルハルドが片眉を上げて呟くと、国王もコクリと頷く。
「コンラード辺境伯には色々と世話になっておるようだな。儂からも礼を言う」
「いえ、当然の事をしたまでですので。それで、手紙の内容は…」
「うむ。どうやら各地の竜達が眠りについてしまっているようなのだ。そのせいで小さな地震や噴火が起き出した」
「なっ、何ですと!?」
国王の言葉にロドルフが声を上げる。カロレッタやイエルハルドも驚きで目を見開いていた。
話を聞いていたイルナが僅かに首を傾げる。
(ウィクトル殿下…第二王子ね。小父様がお世話したと言っていたけど、一体いつ来られたのかしら?それに、竜達の話…ウィル様かユリウス様が殿下にお伝えしたのかしら)
確かにあの時、キルスティの話を聞いて二人がとても慌てていた。あの様子からして誰かに報告くらいはしているだろう。そう考えると何となく納得がいく。
ウィルは家名は名乗らなかったが、ユリウスはローグ伯爵の息子だ。ローグ伯爵は王宮の官僚だったと聞いているので、報告するのは当然かもしれない。
「聖竜ガイウス様も力が今一つ回復しないようであるし、いよいよ警戒を強めなければならん」
「陛下、万一疫病が発生したり天災が起こった場合に備えて、食糧の備蓄の確認と回復薬や治療用の物資の調達も必要かと」
「気候が荒れるだけじゃなく、天災が頻繁に起こるようでしたら、魔物の暴走も起こる可能性がありますね。騎士団でも警戒が必要かと思います」
「うむ、そうだな」
ロドルフに引き続きラルスも意見を述べる。弟が少し見ないうちに頼もしくなったな、なんて呑気な事を考えていたのだが。
唐突に国王にとんでもない事を告げられた。
「時にイルナ嬢よ。そなたウィクトルの婚約者にならぬか?」
「「「お断りします!!!!」」」
ロドルフ、カロレッタ、イエルハルドの声が見事にハモった。
それを呆れたように国王が眺める。
「ロドルフとカロレッタが反対するのは分かるが、何故そこにコンラード辺境伯が加わるのだ?」
「イルナがとっっっっても可愛いからです!!!!」
「…そ、そうか…」
あまりの勢いに国王も若干引いている。
そこへロドルフが怒りを全く隠す事なく国王に文句を言い出した。
「アレク、いくらお前が国王だからといって、可愛い娘を訳も分からず嫁になどやれんぞ!」
「いやいや、ちゃんと理由があって言っておるぞ。でないと私がクラウディアに怒られるではないか」
アレクとは国王の事で、イルナの父であるロドルフとは実は旧友の仲だ。本名はアレクサンデルだが、ロドルフは昔から「アレク」と呼んでいるらしい。クラウディアは王妃の名前だ。
「テオドールの婚約者にしてもよいのだが、カロレッタが以前娘を王太子妃にするのは嫌だと言っておったからな」
「まあ、よく覚えていらっしゃいましたわね」
学生の頃の話なのに、とカロレッタが驚く。どうやらお互いに学生の頃、自分達の将来の子供の行く先の話をした事があるらしい。
気を取り直すように国王がゴホンと咳ばらいをし、表情を引き締める。そしてなぜかイルナをチラリと見た後カロレッタに視線を向けた。
「実はな、聖竜様の力が弱まっている事を懸念した重臣達が、新たな「聖竜の巫女」の選定をするべきだと言っておる」
「何だと!?カロレッタでは不満だと言うのか!?」
「ロ、ロドルフ様…」
国王の言葉にロドルフが怒りをあらわにする。カロレッタが慌ててなだめようとするが、怒りは全く収まらないようだった。
「カロレッタは聖竜様に認められた唯一の巫女だ!それを代替わりしろと言うのか!?」
「まあ落ち着け、ロドルフ。代替わりではなく、カロレッタのサポートとして置く事になる。そうすればカロレッタの負担も減るのだから、問題ないではないか」
「しかし聖竜の巫女は人間が勝手に決められるものではない!聖竜様が選んだ者でないと、それは聖竜の巫女とは言えないだろう!」
「そうだ。だから聖竜様に選定してもらうつもりだ」
その為に聖属性の魔法が使える15歳から30歳までの女性を大々的に募るそうだ。
「これは決定だ、ロドルフ。それに聖竜様がお認めにならなければ、巫女は今まで通りカロレッタ一人だ」
「……」
苦虫を噛み潰したような顔をして、ロドルフが言葉を詰まらせる。
そこへイエルハルドが国王に質問した。
「選定はいつ、どのように行うのですか?」
「うむ。近々お触れを出すのだが、選定の日程は約一か月後だ。集まる人数によっては数日かかるかもしれん。巫女が決まれば正式に任命し、その後王家主催で夜会を行う予定だ」
その時ノックの音が響き、国王が返事をすると一人の男性が入室してきた。
宰相のアラヌス・マオーラ公爵だ。
さっきイルナを追い回していたルキウスの父親だ。
「お話し中失礼致します、陛下。そろそろお時間ですので」
「おお、そうであったな。では後はアラヌスから説明をしておいてくれ」
「かしこまりました」
「ではな、イルナ嬢。私の娘になってくれるのを待っておるぞ」
「ちょ、どさくさに紛れて何言ってんだアレク!」
ロドルフが怒鳴るが国王は高らかに笑いながら退室してしまう。
残されたイルナ達にマオーラ公爵は静かに視線を向け、ふぅっと小さく息を吐いた。
「いくら友人とは言え、息子と娘の前で陛下を愛称で呼ぶ等するな、ロドルフ」
「うるさい、アラヌス。偉そうに言うならお前の所のボンクラ息子を私の可愛いイルナに近付けるな」
「息子のしている事をいちいち把握できるわけがないだろう。自分で勝手に何とかしろ」
「お前の息子だろう!」
「知らん」
どうやらこの人は息子がイルナを追い回している事を知っているらしい。
それどころか放置しているようで、ロドルフの申し出をめちゃくちゃスルーしている。
「とにかく、巫女の選定は必ずやる。それがカロレッタの体の為だ。お前も分かってるだろう?このままだとカロレッタはいずれ倒れてしまう」
「そ、それは…」
「アラヌス様、私は大丈夫ですわ」
「君が何と言おうと決定事項だ。王妃様も君の身を案じている。魔力を竜に与えるなんて事をずっとしていれば、君の体がもたない。竜と人とでは魔力量が全く違うんだぞ?無茶をして倒れたら元も子もないだろう」
それはそうだ。イルナもそれを心配して、わざわざ転移のオーブを使ってエーテルを届けたのだ。
竜の体は大きい上に、備える魔力も膨大だ。だからこそ世界の均衡を保てるのだ。その竜の力が弱まっているのを一人の人間が補うのは容易ではない。
カロレッタの負担を減らすための措置だと言われれば、ロドルフもそれ以上文句が言えなかった。
するとマオーラ公爵がふいにイルナを見る。何故自分を見るのか分からないイルナは、きょとんとした顔をしてマオーラ公爵を見つめ返した。
「それで、君もエントリーするのか?」
「え?」
唐突に言われて首を傾げる。
「勿論『聖竜の巫女』の選定にだ。君の母上が巫女なのだから、君にも素質があるだろう」
「え…」
素質と言われても、イルナは魔法が苦手だ。今現在キルスティについて修行中なので、何とも言い難い。
するとカロレッタがイルナの前に庇うように立ち、マオーラ公爵を見据えた。
「イルナは選定には出しません」
「ほお?」
マオーラ公爵が訝し気にカロレッタを見る。
「イルナは…辺境の地でのんびり暮らすのが性に合ってますの。今日は用があってここにいますけど、この後すぐにイエルハルド様と一緒にコンラード領へ戻りますから」
「…なるほど、わかった」
カロレッタが言い終わるとマオーラ公爵は静かに頷く。あっさりと引き下がった事に少々引っ掛かりを覚えるが、これ以上話をややこしくしたくないロドルフとカロレッタは、終わりとばかりに話を中断させた。
「さあさあ!三人とも帰りますわよ!ロドルフ様も、今日はもう帰りましょう!」
「そうだな、謁見も終わった事だし、一緒に帰ろう」
強引な感じは否めないが、マオーラ公爵も引き留める気はないらしい。お疲れ様とだけ言い残し、さっさと自分の持ち場に帰ってしまった。
残されたイルナ達は、結局ロドルフ達が乗って来た馬車に乗り、ルーメン邸へ向かう事になった。




