アウキシリアの秘密
翌日、眠たそうな顔をしたラルスがイルナの家にやってきた。どうやら夕べはイエルハルドと夜更かししていたらしい。
昨日両親にコンラード領へ戻ったら、御者や護衛にはそのまま王都に戻ってもらうよう伝えろと言われていたらしく、朝から護衛達は帰ったようだった。
「姉さんと一緒に王都に転移したら、そのまま王都にいなさいだってさ。夕べそのせいでイエルハルド小父さんに随分飲まされたよ」
「いつのまにそんな呼び方になったの?」
「昨日の夜だよ」
「まあ、随分親しくなったのね。ならドロテアの事も言ったのかしら?」
「え、…はあ!?」
ドロテアの名前を出すと、面白いくらいにラルスが慌てる。まさか気付かれてないとでも思っていたのか。
「だって好きなんでしょう?ドロテアもまんざらでもなさそうだし、小父様に婚約の申し出でもしたのかと…」
「す、するわけないだろっ!も、もしするにしても、正式に家から…ルーメン侯爵家から出すのが筋だし、そ、それに僕は別に…!」
何だろう、面白すぎる。あのすかした弟がこんなに真っ赤になって慌てるなんて、どうして予想できようか。
「と、とにかく!僕の事はいいからさっさと家に転移しよう!ホラ、早く!」
「えー、もうちょっと聞きたかったのに…」
「うるさいな、言う訳ないだろ!」
「はいはい、わかったわ」
しぶしぶ会話を切り上げて、転移オーブを取り出す。
そしてもう慣れた作業のように王都の自宅へと転移した。
「ただいまー…」
「ただいま」
今度はエントランスに転移した。
幸い誰かに見られる事もなく、ただ「ただいま」と発した声に気が付いた執事が、慌ててエントランスに現れた。
「これはイルナ様にラルス様、お帰りなさいませ。旦那様が執務室でお待ちでございますよ」
「ええ、わかってるわ」
「今行くと伝えてくれ」
「かしこまりました」
恭しく礼をし、執事が下がる。イルナとラルスはそのまま執務室へと向かった。
部屋の前で立ち止まり、ノックをする。中から返事が聞こえ、ドアを開けた。
「失礼します、お父様」
「ただいま帰りました、父さん」
イルナとラルスがロドルフに声をかける。ロドルフもそれに頷き、執事にカロレッタを呼ぶよう伝えた。
ほどなくしてカロレッタが現れ、全員が椅子に座る。
しばらくの沈黙の後、とても不本意な様子のロドルフが忌々し気に呟いた。
「まずはイルナ、王家がお前と第二王子の婚約を正式に申し出て来た」
「え…」
言われた言葉が飲み込めず、イルナは目を瞠る。
昨日の陛下のあの話は本気だったのかと、驚きで言葉が出なかった。
それに昨日の今日で早すぎやしないかとは思ったが、どうやらあの後父はまた王宮へ呼び出されたらしい。
「こうなるのが嫌でお前をイエルハルドの元にやったと言うのに、何の因果か殿下がコンラード領でお前を見初めたらしい。こちらが了承次第、すぐにでも婚約発表を行いたいそうだ」
「…そ、そう…ですか…」
色々と聞きたい事があるのに言葉が出ない。自分は無能で家の恥だから辺境の地へ追いやったのではなかったのか。そう思っていたが、ロドルフの態度や様子から全く違うという事だけは理解できるが、何となく納得がいかない。
それに、第二王子との婚約も。急すぎて心がついていかない。貴族の令嬢なのだから、結婚は政略的なものが多いのも理解している。けれど自分は王都から追放されたと思っていた。ならば結婚も自由だと、勝手に思っていたのだ。
(ウィル様…)
ふとウィルの顔が浮かぶ。
まだ好きだと思っていた訳ではなかったが、それでも気になる存在だったのに。
(でも、何かを言われた訳でもないし、それにあれだけ素敵な方ならすでにお相手がいらっしゃるかもしれないわ)
そう思わずにはいられない。そう思えばあきらめもつく。ドロテアに距離を縮めるべきだと言われた時は、恥ずかしい為にごまかそうとしたが、今となっては複雑だ。
それと第二王子はコンラード領で自分を見初めたと父は言っていたが、会った記憶は全くない。
「あの、殿下は私とドロテアを間違ったりしてませんか?」
「何故そう思う?」
「それは…私が殿下とお会いしていないからです」
「…お前が見たかどうかではない。殿下がお前を見かけ、気に入ったと言っていたそうだ。ただ、この件に関しては保留にしてもらっている。いつまで保留にできるかわからんが、お前の気持ちを無視するつもりはない」
「ありがとうございます…」
そうは言っても王族からの申し出を断る事は不可能だ。こうなれば覚悟を決めないといけないかもしれない。そんな事を悶々と考えていると、ロドルフが大きく息を付いた。
「イルナ、それにラルスも。今から話す事をしっかり聞いておけ」
突然神妙な顔をしたロドルフに、イルナとラルスの背筋が伸びる。二人が静かに頷くと、ロドルフは一瞬カロレッタに視線を向け、そして再び二人に向き直った。
「まずはイルナ。お前はもう知っているだろうが、お前は『増幅術師』と呼ばれる存在だ」
「はい」
「アウキシリア?何ですかそれは?」
イルナは返事をしたが、ラルスが分からないらしく首を傾げている。
「増幅の魔法を使う者を総じてそう呼ぶのだ。だからと言って増幅術師はそれだけの能力しかない訳ではない。最終的に無属性の魔法を極めた者がそう呼ばれる」
「極めた者…」
「そうよ。そしてその資格を有している人間は、数十年に一人と言われているわ。イルナはまだ無属性魔法を極めていないけれど、増幅の魔法を使う時点でその資格を持つ者として扱われるの」
カロレッタが補足するように言葉を続けた。
二人が言うには、アウキシリアは増幅魔法をはじめとするサポート魔法が得意なジョブだそうだ。けれどそれだけに留まらず、無属性魔法を自在に操る存在だとも言った。
その理由は、増幅魔法を欲する者達から自身を守る為、彼等自身が強くあらねばならないからだそうだ。
「その昔、闇竜ゲアトルースが世界を闇に染め、生きとし生けるもの全てが光を奪われ魔物が闊歩する時代があったわ。その時、ゲアトルースを封印する為に立ち上がった勇者達がいたのだけれど、彼等が闇竜を封印できたのはひとえに『増幅術師』がいたからだと言われてるの」
「その話は有名だけど、そこに『増幅術師』なんて出てこないだろ?そんな話聞いた事がないけど」
「お前が知っているのは世間一般に伝わる話だからだ。実際は彼等の力だけでは闇の竜の封印等できず、アウキシリアが増幅の魔法で勇者達の手助けをして、ようやくゲアトルースを封じる事ができたのだ。当時のアウキシリアが使う増幅の魔法は、本来の力を何倍にも膨れ上がらせたと言われている」
だからキルスティが「世界を救う」なんて言っていたのかと、イルナは漸く納得する。が、そんな大それた力を自分が持っているとは思えない。何しろ増幅術はポーションの効果を上げる事にしか使った事がないからだ。
けれどここで疑問が生じる。
「何故『増幅術師』の存在を隠すの?」
ラルスが問う。それはイルナも思っていた。以前ウィルと話をした時、魔法や人の能力を増幅できるから、その力を欲する者に狙われると言っていた。それが関係しているとは思うが、歴史の表舞台から消す必要はあるのだろうか。
「簡単な事だ。そんな危険な存在を公にしてしまったら、まず『増幅術師』の力が狙われる。そして他国にその力が流れる事を恐れた王宮の者達が、『増幅術師』を閉じ込めた。そして平和になった国に、危険をもたらす力はいらないと言う声が広がった」
「まさか…」
ラルスの顔色が変わる。それを見てロドルフとカロレッタも目を伏せた。
「ああ、お前の予想通り、危険人物としてアウキシリアは処刑された」
「…!」
衝撃で言葉を失う。まさか処刑されただなんて。
「何故ですか!国を救った勇者の一人ではないですか!それなのに、利用した後はそんな…!」
「それが政治だ、イルナ。勇者は悪を倒す象徴であって、強さの象徴でもあるのだ。それが実際はアウキシリアの力で強くされたから悪に打ち勝った等、民に知れ渡る訳にはいかない」
「…そういう事か。確か勇者は当時の王族の一人。権威の象徴でもある勇者の名誉を守る為でもあったんだな」
「そういう事だ。だからこそ秘密のジョブだ。誰も教えず、受け継がれない。知られざる魔法だからだ」
ラルスが吐き捨てるように言い放つと、ロドルフもそれに頷いた。カロレッタも何とも言えない表情を浮かべている。
「イルナ」
ロドルフがイルナに視線を向ける。その目にはイルナを気遣うような色を浮かべていた。
「お前が私達に増幅の魔法を見せてくれた時、私もカロレッタも戦慄した。アウキシリアの事は一部の高位貴族と王族しか知らないが、万が一お前の能力が外に漏れでもしたらお前の身に危険が及ぶと思ったからだ」
「だからロドルフ様は貴女にわざときつい言い方をして、二度と王都に戻りたくないと思わせようとしたのよ」
「…そうだったんですか」
お前は我が家の恥だと言われた時の事を思い出す。
あの時は辛くて悲しくて、そして役立たずの自分が腹立たしかった。
「お父様、お母様。私の事を考えてくださった結果なのですから、私は感謝しかありません。ですが…言わなければいけない事があります」
イルナは表情を引き締めて両親と弟を見た。
キルスティから聞いた話をしなければいけない。
「残念ですが、闇竜ゲアトルースは復活します。ヴァルデマーと名乗る者が封魔の杖を封印の間から持ち出し、各地の守護竜様達の力を奪っているのです」
イルナが言い放った言葉に、その場にいた3人は驚きのあまり声を失ったように静まり返った。




