約束と秘密と
キルスティにエリクサーを作って欲しいと言われたイルナは、数秒間カッチリと固まっていた。
ウィクトルやユリウスが目の前で手をヒラヒラさせても、全く視線も動かない。
キルスティは二人に少し席を外してもらい、イルナと二人になって彼女が覚醒(?)するのを待っていた。
「エリクサーって…作れるの?だってあれはエルフの住む集落にある、聖なる泉からできてるんじゃあ…」
キルスティの申し出に驚いて固まっていたイルナは、何とか復活してようやく彼女に質問する。
キルスティにしても、イルナの反応は尤もだと思っていたらしく、気長に彼女が気を取り直すのを待っていたようだ。
「レッドハーブの側にあった小さな泉は、エルフの村の聖なる泉を引っ張って来てるんだ~。だから聖なる泉はココにあるよぉ」
「え…、ええええ!?」
あの湧き出てる水がまさかの聖なる泉とは。びっくりしすぎて頭がパンクしそうだ。
そしてキルスティは何気ない様子で、イルナにそっと何かを手渡した。
「コレあげるよ~」
「え?何、オーブ…?」
「そう、人間達は『オーブ』って言ってるね。エルフは『オルビス』って言う。それを使えばこの場所に一瞬で移動できるよ」
と言う事は、さっきウィクトルが持っていたブラッド・オーブも、エルフの間ではブラッド・オルビスと言う事か。
なんてプチ情報に感心していたイルナだったが、一呼吸遅れて目を瞠る。
「え!?一瞬で移動って、転移するって事!?」
「うん、そう。イルナ、外出中々させてもらえない。だけどエリクサー作るにはここに来ないといけない。だから明日またそのオルビス使ってここに来て。そしたら私が色々と教えてあげる~」
「……わ、わかったわ」
何だか信じられない気分だが、目の前には本物のエルフがいるのだ。
そして欲しかったレッドハーブもある。
イルナは色々と思う所はあったが、気を取り直してキルスティに向き直った。
「あの、ありがとう。ちゃんとレッドハーブをもらった分のお礼はします。今日はもう帰るけど、明日は必ずここに来るわ」
「うん、待ってるよ」
そう言って二人は握手を交わした。
外に出るとウィクトルとユリウスがイルナに気付き、笑顔で手を振っている。
「もういいのか?」
「はい。ウィル様もユリウス様も、お時間取らせてしまって申し訳ありません」
「構わないよ。それより今日の話は3人だけの秘密にしておいた方がよさそうだね」
「そうだな。無暗に人に言わない方がいい。キルスティの話していた件に関しては、俺達が森から戻ったらまた一緒に考えよう」
「そうですね…」
守護竜達が眠りについている事を言っているのだろうと、イルナは何となくそう考える。
けれどウィクトルはイルナの肩にそっと手を置き、じっと瞳を覗き込むようにイルナを見つめた。
「君の事だ」
「…!」
驚いてウィクトルを見つめると、優しく目を細めてイルナを見ている。
そして、肩に乗せていた手を頭に回し、ポンポンと頭を優しく撫でるように触った。
「守護竜様達の事もだが、それよりも君の希少なジョブの事だ。アレはあまり人に言わない方がいい。ただ、君の両親は気付いているかもしれないな」
「父と母がですか?」
「ああ。俺には君をただ厄介払いしたようには思えない。イエルハルド殿が過剰な過保護なのもそうだが。とにかく、西の森の探索は何日かかけてする予定だが、合間に時間を取るようにするよ」
「でも…ご迷惑じゃ…」
そう言いかけたがウィクトルが首を横に振る。ユリウスもイルナに歩み寄り、ニッコリと微笑んだ。
「迷惑な訳ないよ。君のような可愛らしい女性の役に立てるなんて、男冥利につきるからね」
「まあ、ユリウス様ったら」
クスクスと笑い出すイルナを見て、二人もホッと表情を緩める。
そして護衛に帰宅する旨を伝え、馬車で帰路についたのだった。
コンラード邸に着く前にイルナの家に先に馬車をつけてくれたので、イルナが二人にお礼を言う。
そして馬車を降りて自分の家に入ろうとしたその時、ウィクトルが馬車から降りてきてイルナを呼び止めた。
「イルナ嬢、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
不思議そうに首を傾げると、少し恥ずかしそうにしながらウィクトルがイルナに何かを手渡した。
「これって…」
「きっと君に似合う。今日の記念にもらってくれ」
渡されたのは、ブルーグレーの小さな宝石が埋め込まれた髪飾りだった。
驚いて顔を上げたがその時はすでにウィクトルは立ち去ろうとしていた。
「あの、ありがとうございます!」
お礼を言ってお辞儀をすると、ウィクトルは振り返らずに片手を少し上げてそのまま馬車に乗り込んだ。
馬車がコンラード邸に向かったのを確認してから、もらった髪飾りを眺める。
「可愛いわ、とても」
ぎゅっと握りしめると、心臓が小さく騒めく。
大切にしようと、イルナは髪飾りを両手で包み込むように持ち、浮足立つような気持で家に入ったのだった。




