エルフのハーブ園
「うわぁ…素敵……」
ハーブ園に辿りつき、イルナの第一声がそれだった。
見事なまでの庭園に、イルナだけでなく他の4人も感心する。
「これはすごいな」
「そうだね」
白いフェンスで囲われたハーブ園には、ハーブだけでなく色んな花も植えられていた。
視覚的にも楽しめるようにしているらしく、中央には噴水もある。
ハーブ園は無料で開放しているようだが、その隣に販売所らしき建物があった。
「ごめんくださーい」
イルナが躊躇なく扉を開けて中に入る。
護衛の二人は外で待機し、ウィクトルとユリウスはイルナに続いて店に入った。
店の中には色んなハーブが飾られ、棚には乾燥したハーブを瓶詰にした物が何種類も置かれている。
店の中だと言うのに植物で溢れているここは、何だか絵本の中のようだった。
「はいはい、いらっしゃい~」
店の奥から出て来た女性を見て三人が驚く。
銀色の髪に金色の瞳、真っ白の肌に尖った耳…
「エ、エルフ…?」
「そうだよ、アウキシリアさん」
「え?」
「!?」
「?」
エルフが突然イルナを「アウキシリア」と呼び、ウィクトルが動揺する。とっさに振り返りユリウスを見ると、訳がわからないと言った表情を浮かべていた。
よく考えればアウキシリアを知っているのはほんの少数だ。ユリウスが知ってるはずもなく、ウィクトルは安堵の溜息をつく。
それにしてもエルフが店を構えている事の方が驚きだ。この事はイエルハルドは知ってるのかと、ウィクトルは疑問に思った。
「あの、私はイルナといいます。アウキシリアって誰の事ですか?」
全く理解していないイルナが小首を傾げてエルフに尋ねると、エルフは面白いものを見つけたように、弧を描くようにニッと唇を歪めて笑った。
「私の名前はキルスティ。見ての通りエルフだよ」
「うん…そうみたいだけど…」
こっちの質問に答えずに自己紹介をしだすエルフに、イルナはすっかり毒気を抜かれる。
ウィクトルとユリウスも、この場は喋らない方がいいと思ったらしく、黙って様子を伺っていた。
「いつもは姿を変えてるんだけど、今日は珍しいお客さんが来たからね~。オマケが二人いるけど、まぁいいかなって思って」
「はぁ…?」
要領を得ない物言いに呆気に取られて思わず間抜けな声を出してしまう。
それを見てキルスティはクスクス笑い、イルナの顔をじっと見た。
「ねえアウキシリアさん、ここに何を求めに来たの?」
「え?あ、そ、そうだった!あの、この店にレッドハーブって置いてますか?」
あまり期待せずに尋ねたが、意外な答えが返って来た。
「あるよ~」
「え!本当に!?」
「ついてきて~」
手をヒラヒラさせてお店から出て行くキルスティにイルナは慌ててついていく。ウィクトルとユリウスも後を追うように店を出た。
すると店を出た瞬間キルスティの容姿がみるみる変わり、銀色の髪は金色に、金色の目は青色に、そして耳も人間のように形を変えた。
「キルスティさん、その姿…」
「キルスティでいいよ。外に出るから変装したんだよ」
エルフが店をしているなんてバレたら大変だからね~なんて呟きながら、キルスティはどんどんハーブ園の奥へ移動する。
そして外から見えづらい場所までたどり着くと、そこには滾々と湧き出る水が小さな泉を形成していて、その傍に赤い色のハーブが生えていた。
「レッドハーブ…!」
感激のあまり、レッドハーブに駆け寄りしゃがみこむ。
確かに図鑑で見た通りの形をしている。
僅かだが魔力も感じられる事から、イルナの探していたレッドハーブに間違いない。
イルナは立ち上がり、キルスティに視線を向ける。
「あの、これを売ってもらう事ってできるかな?」
「アウキシリアさんなら問題ないよ~」
「いや、だから私はイルナであってアウキシリアさんでは…」
「イルナはアウキシリアだよ?自分で分かってないの?」
キルスティがきょとんとする。
何が何だか分からないイルナは混乱するばかりだ。
レッドハーブは売ってくれると言ってるが、それは「アウキシリア」になら売ると言っている。
けれど自分は「イルナ」であって「アウキシリア」ではない。そう伝えているのに伝わらず、勘違いなら買う訳にもいかないと悩んでしまう。
するとずっと黙ってついて来ていたウィクトルが、イルナの肩にポンと手を乗せた。
「イルナ嬢、エルフの言う通り、君は『アウキシリア』で間違いない」
「え…?」
ウィクトルまで何を言い出すのかと思い、訝し気な視線を送る。
けれどウィクトルは静かに首を振り、そして真っ直ぐにイルナの瞳を見つめて呟いた。
「『アウキシリア』は人名じゃない。『増幅術師』というジョブの総称だ」




