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初めてのお買い物


 イエルハルドが用意した馬車に乗り、イルナとウィクトル、それにユリウスは外の景色を眺めていた。

 護衛としてついて来ている兵士達は、馬車の後ろを馬で追尾している。



「もうすぐ到着です」



 御者が声をかけ、到着を知らせる。

 イルナが前方を確認すると、とても大きな街が眼前に広がっていた。


 街に到着し、ユリウスとウィクトルが馬車から降りる。

 イルナもそれに続こうとすると、ウィクトルがスッと手を差し伸べた。



「…ありがとうございます」

「いや、構わない」



 そっと手を乗せ、馬車から降りる。降りてから手を放そうとすると、一瞬だけぎゅっと握られた。

 驚いてウィクトルを見つめると、とても優しそうに微笑まれる。



(うわ…)



 ダメだ、かっこよすぎる。

 そんな考えが頭に浮かび、すぐさまかき消すように頭を振った。



「あの、ウィル様達は何を買われるのですか?」

「森に探索に行くからな。その為の準備だが…」

「携帯食とか回復薬とかだよ。他には着替えとか魔道具用の魔石とか、まあ色々かな」

「成程」



 ユリウスがウィクトルの代わりに答えてくれたが、イルナはそれを聞いて何となく頷く。

 森の中は危ないとイエルハルドも言っていたし、実際魔物も出るのだ。

 準備するに越したことはないだろう。

 するとウィクトルがイルナに問い掛ける。



「君は何か欲しいものはないのか?」

「え?」



 唐突に質問され、イルナがきょとんとする。

 欲しい物…今欲しい物といえばアレしかない。



「レッドハーブですかね」

「え?」

「レッドハーブ?」



 予想外の答えにウィクトルが驚き、ユリウスも繰り返すように呟く。

 けれどイルナはそんな二人の様子に気付かず、欲しい物について語り出した。



「はい、レッドハーブが欲しいです。でも市場で売ってるか微妙で。本当は森の中に探しに行きたいんですが、小父様に反対されてしまって。花屋さんとか雑貨屋さんに売ってないかな…」



 もしくは植木屋さんとか、なんて呟いている。

 侯爵家の令嬢なら、宝石やドレスや靴なんかを欲しがるのかと思ったが、よりにもよってハーブが欲しいとは予想外だ。



「どうしてレッドハーブが欲しいの?」



 疑問に思ったユリウスがイルナに尋ねると、イルナはそれについて答えた。



「エーテルを作ろうと思って。エーテルの材料になるんですよ」

「エーテルを?君が?」

「はい。ポーションは沢山作れますし、ハイポーションも昨日小父様がくださった薬草があれば作れるんですけど、エーテルはレッドハーブがいるんですよね」

「そうなのか」



 イルナが楽しそうに話しているのを中断する気はないが、確かエーテルは作るのがとても難しいと聞いた事がある。

 材料も見つけにくく制作も難しい為、市場で購入すると結構な金額になるのだ。

 ただ、それはハイポーションも同じだ。エーテル程ではないが、作成にはかなりの練度がいる。魔力の操作が巧みでなければ上手く作れない為、ハイポーションも高値で取引されている。



「あの、僕が聞いた話だと、ポーションやハイポーションは作るのが難しいんですよね?」

「そうですねぇ、ポーションそのものと言うよりも、制作過程で必要な魔法水を作るのがちょっと面倒ですね」

「どのように面倒なんだ?」

「えと、水を加熱しながら魔力を少しずつ入れて行くんですけど、結構魔力操作が大変なんです。水の温度変化に合わせて増やしていかなくちゃいけなくて、そこの見極めというか…職人技といいますか」



 どうやら魔法水を作る為の魔力操作がなかなか付け焼刃ではできないとの事だ。

 その点イルナは魔力操作の練習を兼ねて、王都の実家にいた頃に何度も失敗を重ねながらもポーション作りをしていたらしい。



「私はどうにも魔法の才能がなくて、お父様やお母様にも迷惑をかけてしまって…。だから何とか上手くする為には魔力操作の練習からって思ったんです。それがポーション作りの始まりですね」



 つまりハイスペックな両親と弟を持つイルナは、自分が家族の足を引っ張るお荷物だから、何とかしようと頑張った結果がポーション作りだったようだ。

 そんな彼女の話を聞いていたウィクトルは、イルナの右手をそっと取り、その手の甲にそっと口づけをする。



「え!ウ、ウィル様!?」

「君は尊敬するに値する人だ。だからもっと自信を持て」

「……!」



 顔を真っ赤に染め上げイルナは言葉を失う。そんな二人を見ていたユリウスがクスクスと笑う声が聞こえて来た。



「楽しそうな所悪いけど、そろそろ店に入ろう。ウィルもイルナ嬢の手を離してあげないと、彼女が困ってるよ」

「わかってる」

「こ、困ってるわけでは…」



 ユリウスに言われてイルナの手を離したウィクトルだったが、つい衝動で手に口づけをしてしまった事に内心動揺していた。

 けれどイルナが困っていないと言ったのを聞いて、ほっと息を付く。

 イルナにしてみればウィクトルはこの程度の事は慣れてるに違いないと思い、右手をそっと包むように左手で覆った。


 侯爵令嬢のイルナは、最初は夜会やお茶会にも出ていた。

 見た目の美しさからダンスにも誘われたし、手紙や花の贈り物ももらった事がある。


 でも自分がポーションを作っている事や、魔法が上手に使えない話をすると、つまらないのかすぐに話題を変えられたのだ。



 『妻にするには申し分ない美しさだ』


 『身分も侯爵令嬢と魅力的だ』


 『両親は宮廷魔術師長と聖竜の巫女様だなんて、とんでもなく優良物件じゃないか』



 そう影で言われているのに気付き、イルナは自分自身を見てくれていないとガッカリしたのを覚えている。

 それから夜会や茶会を欠席するようになり、反対にポーションや無属性魔法の研究に没頭するようになり、今に至っている。



「ありがとうございます、ウィル様」

「え?」

「私をちゃんと見てくださって。それがとても嬉しいです」

「……」



 ドキリとした。

 そのくらい綺麗に微笑むイルナにウィクトルは見惚れそうになった。


 が、隣にユリウスがいるのを忘れてはいけない。

 ウィクトルもフッと優し気に目を細め、「行くぞ」とだけ告げて目的の店へ向かった。





 ※※※





 目的の物はすぐに見つかり、買い物自体は町に着いてから半時程で終わってしまった。

 その後は少し探索しがてらレッドハーブが売っていないか見て回る事になり、のんびりと歩いている。


 気付けばお昼をまわっていて、ユリウスが「お茶でもしようか」と言ってくれたので、近くのカフェに入る事にした。


 店に入ると店員や他の客がザワリとざわめく。

 本人達は自覚がないが、3人とも人目を惹く容姿だ。見ない方がおかしい。



「何か…ジロジロ見られてる気が…」

「イルナ嬢が美しいからじゃないか?」

「え!?ち、違いますよ!絶対ウィル様とユリウス様が素敵だからです!」

「僕は標準だけど」

「ユリウス様…それ他の男性の前で言ったら刺されますよ」



 呆れたようにイルナが言うが、それこそそのセリフをそっくりそのまま返したい。

 護衛の二人もやれやれと溜息を付いていた。


 そして運ばれたお茶を口にして、イルナが感嘆の声を上げる。



「うわぁ、このお茶美味しい…!」

「変わった味だな」

「香りも変わってるね」



 紅茶ではなく、何かのブレンドティーらしい。

 癖があるけれどイルナはとても好きな味だ。



「それはコンラード領で採れるハーブを使ったハーブティーですね。好き嫌いが分かれますが、気に入ったのならよかったです」



 護衛の一人が隣のテーブルから顔を覗かせて説明してくれた。

 ハーブティーは初めて飲むな、なんて考えながら、目の前のケーキとハーブティーを飲んでいたイルナが、急にピタリと動きを止めた。



「ハーブティーって、ハーブを使ってるのよね?コンラード領で採れるって、ハーブ園とかあるの?」



 はしたないとは思ったが、隣のテーブルに座る護衛の一人にイルナが身を乗り出すように尋ねると、彼も笑顔で頷いた。



「はい、そうですよ。確かこの先を2ブロック程進んだ所にハーブ園と販売所もありますが、行かれますか?」

「行きます!」



 勢いよく返事をしたが、そういえばウィクトルやユリウスの許可をもらっていない事に気付き、恐る恐る二人に視線を向ける。



「構わんぞ。イルナ嬢が行きたいのなら、遠慮するな」

「レッドハーブがあればいいね」

「はいっ!」



 快く承諾してくれた二人に元気よく返事をする。

 そうと決まればとカフェをさっさと後にし、ハーブ園に向かった。







 





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