婚約式3
(二人がいない。どこへ行ったのか…)
婚約式に遅れて出席していたルキウスは、イルナとウィクトルを探して辺りを見回していた。が、会場内に二人の姿が見えず、思わず溜息をつく。するとルキウスに付いて来るように後ろを歩いていたイオアンナは、ルキウスの気持ちを知ってか知らずが、テラスを指してルキウスの服をつついた。
「ルキウス様、主役の二人ってばあんな所にいますよ。いい雰囲気ですねぇ」
「えっ」
思わず振り向くと、イルナとウィクトルが微笑みながら何かを語り合っているのが目に入る。二人の様子を見てそっと自分の胸に手を当ててみるが、動揺も焦りもなくただ静かなものだった。
「…本当に、もう忘れてしまったのだな……」
「え?何がですか?」
「いや、こっちの話だよ」
「???」
ルキウスの呟きの意味が分からずイオアンナは首を傾げている。けれど反対にルキウスの心は随分と凪いでいた。
スッと二人の方へと足を向ける。無粋かもしれないが、今伝えておかなければいけない気がしたからだ。
「あっ、ルキウス様!邪魔しちゃダメですよ!」
「わかってる」
わかってないじゃない!と叫ぶイオアンナを置いてルキウスが二人に近付く。ルキウスの気配に気付いた二人も、こちらに視線を向けて驚いていた。
そんな二人を見て自然と笑みが浮かぶ。二人の前に立ち、スッとお辞儀をした。
「この度はご婚約おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
何だか雰囲気が変わったルキウスの様子に二人は戸惑い、お互いに顔を見合わせている。それを見てルキウスは苦笑を漏らす。そして両手を軽く上げておどけるように笑顔を向けた。
「イルナ、私はもう以前の私じゃないんだ。だからもう、君を追いかけたりしないと約束しよう」
「え…っと、以前のルキウス様ではない…とは?」
「……王子殿下はご存知では?」
「もしかして、竜化の事か?」
「ええ」
コクリと頷くと、今度はイルナが目を瞠る。
「りゅ、竜化って…どういう……」
「私は聖竜ガイウス様に僕の中にある竜穴を開いてもらったんだ。だから、私は竜族になった」
「え……」
「竜族になったせいか、君に対する恋情が無くなったんだ。君は私の番となる人ではなかったみたいだね」
そう言いながらも寂しそうに笑うルキウスに、何とも言えない気持ちにさせられる。
「私は…竜の血を引いていたから、魔力で人となりが分かる。君は溢れるような沢山の魔力を持っていて、そして何より誰よりも綺麗だった。そんな君に惹かれてた……。けど、竜化した今は…君が私の運命の人ではないと、私の血が言ってる。今まで追いかけまわして申し訳なかった」
「ル、ルキウス様……」
スッと頭を下げるルキウスが、自分の知っているルキウスと別人に見える。どうやら竜穴を開いた事によって、人格も随分大人びたようだった。
「本当はこんな風に君への想いが消えてしまうのは本意ではないのだけれど、どちらにしても君はもう王子殿下の婚約者だ。少し寂しいが、これで良かったと思ってるよ」
「そうですか…」
「君が少しだけ寂しそうな顔をしてくれてるのが、せめてもの救いだね」
「えっ」
そんな顔をしてたのかと、自分の頬をペタペタと触る。それを見てルキウスが笑い、そしてウィクトルに向き直った。
「気持ちは消えてしまったけれど、彼女は私の初恋の人だ。王子殿下、必ず幸せにしてくださいよ」
「勿論、君に言われなくてもそのつもりだ」
「良かった。では私はこれで。お二人共お幸せに」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
自分の言いたい事だけ言ってルキウスが二人の前から立ち去る。それを複雑な気持ちでイルナが眺めていると、フワリとウィクトルが後ろから抱きしめて来た。
「わっ、ウ、ウィル様っ?急に何を…」
「寂しい?」
「えっ…」
「そういう顔してるぞ。ひょっとしてマオーラ公爵子息の事、少しは好きだったのか?」
「ええっ?い、いえ、それは全くないんですけど…」
ウィクトルに追及されて慌てて否定する。ここまで気がないというのも同情してしまうな、とウィクトルが思ったのは内緒にしておく事にして、イルナの言葉の続きを待つ。
「ルキウス様は困った人でしたが、良いも悪いもいい人でした。竜族になって、人であった頃の想いが消えて、人格まで…大人びてしまって、それはあの方にとって良かったのかと考えてしまって…」
誰かを好きになるのは理屈ではない。自分がウィクトルを好きなのも、何か理由があるからではないのだ。
いつの間にか、恋に落ちていた。
そうなるのに理由なんてない。ただ見た目が素敵だからとか剣術が素晴らしいとか、そういうのはあまり重要じゃないと思う。もしそんな理由で好きになるのなら、ルキウスでもテオドールでも好きになれる。
「私はウィル様と出会って、ウィル様をいつの間にか好きになってました。この想いが失われる事になるのなら、私は何者にもなりたくないです」
「イルナ…」
回された腕にそっと手を置き、後ろにいるウィクトルに体を預ける。ウィクトルもイルナに回した腕に少し力を入れ、しばらくそのまま抱き締めていた。
が、主役がずっとそのままと言う訳にもいかず、お互いにそっと体を離して苦笑する。何だか気恥ずかしくなって、思わず視線を反らしてしまった。
「イルナ、俺はちょっとホールに戻るよ。君はどうする?」
「あ、私も一緒に行きます!来客の方達にお礼を言ってませんし…」
「そうだな。じゃあ一緒に」
「はい」
スッと手を差しのべられる。その手に自分の手をそっと重ね、ホールに戻ることにした。
「もういいんですか?」
「ああ、言いたいことは伝えたよ」
戻って来たルキウスにイオアンナが問い掛けるが、ルキウスはスッキリとした顔つきで頷いた。それを見てイオアンナも溜め息を吐く。
「何だかアッサリしてるのね。私だったらそんなに簡単に諦められないわ」
「私もそうだとは思ってたけど、種族が変わった代償みたいなものらしいよ」
「それってガイウス様が仰ってたんですか?」
「うん」
あの日、聖竜になる事を決めたルキウスにガイウスが告げたのは、人間であった頃の大切な想いが一つ失われると言う事だった。
ルキウスなりに必死で考えた結果、イルナへの想いを差し出した。勿論家族に対してだとか、友人に対してだとかも考えた。大して趣味もなかったから、差し出せる程の想いをそんなに持っていなかったのも事実だ。けれどその中で一番大切だったイルナへの想いが、ウィクトルとの婚約で潰える事が分かっていた事もあり、悩んだ末に差し出す事に決めたのだった。
「本当は迷惑だってわかってたからね。でも、君の言う通り簡単に諦められなかった。でもそれは、自分も彼女も苦しめるだけだろう?」
「ルーメン侯爵令嬢は苦しまないと思うけど」
「はは、手厳しいなぁ」
「結局は逃げたって事じゃないですか。私はそんなの嫌です。絶対、振り向かせて見せるんだから」
「君に狙われてる人に同情するよ…」
どういう意味だ。
イオアンナは思わずルキウスを睨むが、当の本人は全く気にしていないようだ。
(私は王太子殿下一筋だもの!)
それこそイオアンナは出会った時からテオドール一筋だ。聖女だなんて言って慈善活動をしたのも、そもそも王太子殿下に見初められる為だった。それも結局は続けられなくなったが、ルキウスのお陰で聖竜の男巫の女官として使えさせてもらえている。そういう意味で自分はついていると思っていいだろう。
ただ、協力者であった神父は、民衆を虚偽の情報で操作しようとしたと言う事で、処罰を受けている。どうやら教会から追放されたらしい。
それについては多少申し訳ない気持ちはあったが、最初に話を持ちかけてきたのはあの神父だ。これも仕方がない事だと割り切った。お陰で父であるグラン男爵や自分に対してのお咎めはそれほどなかった。どうやら父が上手いこと言ったようだ。
「ほら、王太子殿下だ」
「!!」
ルキウスがテオドールの姿を見つけると、イオアンナの体が分かりやすく動揺した。それを見てルキウスが目を丸くする。
「…何、君の好きな人ってもしかして王太子殿下なのかい?」
「……」
沈黙は肯定だ。イオアンナは指摘されて顔を赤くして俯いていた。
「…あ、イルナとダンスを踊るみたいだよ」
「えっ!?」
テオドールは約束だと言いながらも、イルナの手を取りダンスに誘っていた。ウィクトルが分かりやすい程嫌がっていたが、イルナは苦笑しながらもその手を取る。そして二人は優雅にダンスを踊り出した。
「……ずるいわ。王子殿下と婚約したのに、王太子殿下とも踊るなんて」
「ずるいのかなぁ?まぁ、ゆくゆくは義理の兄妹になるわけだし、普通じゃないか?」
イオアンナにすればそんな事はどうでもいいのだ。ただ、テオドールと踊っているイルナが羨ましいだけなのだから。
「ほら、ダンス終わったみたいだ。そんなに羨ましいのなら君も王太子殿下にダンスを申し込んできたらどうだ?」
「そっ、そんな事無理です!私の家は男爵家で身分も低いし…」
「でもほら、うかうかしていたら……ああ、もう行列ができてる」
これは無理だな、とルキウスが呟くが、イオアンナにすれば最初から無理なのだ。いつも強気のイオアンナだったが、テオドールの事に関しては尻込みしてしまうようだ。
「あら、貴女は…」
ふとその時、誰かに声をかけられた。俯いていたイオアンナが顔を上げると、そこには今日の主役であるイルナが笑顔で立っていた。
「ルキウス様と一緒にいらっしゃるので気付かなかったけど、グラン男爵令嬢ですよね?」
「…は、はい」
「イルナ、イオアンナ嬢と知り合い?」
「知り合いと言うか、この前の聖竜の巫女の選定の時に少し話しただけなんです。でも、とても綺麗でお優しい方だったので覚えてます」
ルキウスが尋ねるとイルナが何て事のないように告げる。その言葉にイオアンナが驚く。
「あの、良ければ私とお話しませんか?」
「え…」
ニッコリと微笑むイルナに、イオアンナは何と答えるべきなのか分からず、数秒間固まってしまったのだった。




