婚約式2
「全く…兄上には困ったものだ…」
「そうですね…」
一通りダンスを楽しんだ二人は、テラスに出て涼んでいた。こんな場所に二人でいれば、普通なら下衆な勘繰りをされてしまうが、今日は二人の婚約式だ。どちらかと言えば無粋な真似はしないよう、遠巻きに見られるくらいだった。
するとふと、ウィクトルの表情が陰る。どうしたのかとイルナが覗き込もうとすると、ウィクトルに手を掴まれた。驚いて顔を上げると、思っていたよりも近い位置にウィクトルの顔があり、イルナの顔が羞恥で赤く染まる。それを見て困ったようにウィクトルが微笑んだ。
「ウィル様…?」
「困ったな」
「え?」
「イルナ……君は……」
何かを言い掛けて言葉を止める。思案するような表情を浮かべたが、やはり黙っていられなかったようで、ウィクトルは止めた言葉の続きを呟いた。
「君は、兄上のほうがいい?」
「は?」
一瞬、驚きで目が点になる。そして沸々と怒りが湧いてきたイルナは、ウィクトルと少し距離を取ってキッと睨んだ。
「私がお慕いしているのはウィル様ただお一人です。それなのに、婚約式の場でウィル様にそんな事を言われたら、私はどうすればいいんですか?」
「イルナ…」
「そもそも質問の意味が分かりません。どうして王太子殿下の方ががいいかと聞くのですか?」
「…す、すまない。その…」
「……ウィル様。何でにやけてるんですか。私は真面目に言ってるのに」
口元を手で覆っていたので途中まで気付かなかったが、よく見るとウィクトルは顔を赤くしてにやけてる。こっちは真剣に答えているのに失礼ではないのかと思ったイルナは、完全に不貞腐れてクルリと後ろを向いてしまった。
「もういいです。ウィル様なんて知りません」
「ち、違う!これはその……」
「………何ですか?」
ジトッとウィクトルをイルナが眺める。するとウィクトルが観念したようにポツリと呟いた。
「…イルナの気持ちが嬉しくて、顔がにやけた」
「え」
イルナがきょとんとする。ウィクトルの言った言葉の意味を一瞬理解できなかったようだ。
するとウィクトルがコホンと小さく咳をし、イルナにきちんと向き合う。そしてイルナの手をそっと握り、愛しそうに目を細めて微笑んだ。
「君が好きだ」
突然の告白にイルナが目を見開く。
「どうやら俺は、君の事になると余裕がなくなるようだ」
「そ、それは…」
今度はイルナが狼狽える番だ。そんなストレートに告白されるとは思ってもみなかったせいで、イルナの顔が真っ赤に染まる。
「兄上がイルナに興味を持っている。それが、こんなにも腹立たしいなんて……」
「あ、あれは……王太子殿下の悪ふざけです」
「だとしてもだ。それが恋情でなくても、君に興味を持たれるのは面白くない」
「ウ、ウィル様っ…、す、少し落ち着きましょうっ!」
「落ち着いてるよ。今はね」
そう言って微笑む姿は確かに落ち着いて見える。さっきまでの不安そうな彼はどこに行ったのかと不思議に思うくらいだ。
そして、そんなウィクトルを見ているとイルナも段々落ち着いてきた。さわさわと優しいかぜが頬を撫で、一瞬視線を外す。ホールでは人々が楽しそうにダンスを踊ったり食事をしたりしていて、こちらを気にする人はいなかった。
「イルナ」
ふいに名を呼ばれてイルナが振り返ると、ウィクトルが真剣な顔をしてこちらを見ていた。
「ウィル様?」
「また、エルフの村へ行くのか?」
「え…」
「エリクサーを作るために」
ザアッと風が吹く。無意識に髪を押さえ、ウィクトルを見つめた。
「そうですね…。エルフの長との約束ですし、それに守護竜様達をいつまでもあのままにはできないです」
「だが、それは君がするべき事ではないだろう?」
「……そう、ですね。でも、できる事が目の前にあるのなら、私はそれをしたいです」
「そうか…」
言ってから随分と自分勝手な言い分だと思う。自分にできる事なんてたかが知れている。けれどキルスティに会って、自分の世界が広がったのだ。それは、あの家の中だけで過ごしていたイルナを外に連れ出してくれた、ウィクトルのおかげでもある。
「イルナ。俺は聖竜の守護者を抜けようと思う」
「えっ」
突然の告白にイルナが驚くと、ウィクトルは優しく微笑んだ。
「聖竜の守護者は制約が多い。ガイウス様の命以外では動けないからな」
「それはそうですが…急に何故…」
「君と共にいるためだ」
「え」
キッパリと言い放つウィクトルにイルナは目を見張る。
「どうにも君は、ずっと見ていないとすぐに何処かへ行ってしまう。その時隣に俺じゃない別の人物がいるのが嫌なんだ」
「そ……」
そんな理由で守護者を辞めるなんて。そう言い掛けて言葉を飲み込む。その時、グラッと地面が揺れた。慌てて手すりに捕まると、程なくして揺れが収まる。ホールでも人々がざわめいていたが、最近地震が多いこともあって、あまり混乱する事もなく元に戻る。
「地竜アートゥーアが眠りについた影響が随分と頻繁に地震になって出ているな」
「はい…」
地竜アートゥーアは霊峰アトゥアルムの地底で眠っていると、以前キルスティから聞いている。エミール王国とは逆の位置にある、アグレイド国にある山だ。
「ここは被害がないが、アグレイド国では地震による被害が多発しているらしい。現状、かなり深刻だと聞いている」
「そうですね…」
「君が各国に行くのなら、王子である俺が一緒の方が障害も少ない。何なら婚前旅行と外遊という名目で、観光のふりをして各地へ赴ける」
「こ、婚前旅行!?」
唐突な申し出にイルナが目を丸くすると、ウィクトルがクスクスと笑い出した。
「そんなに驚く事はないだろう?どうせユリウス辺りが護衛に付くだろうし、二人で旅なんてできないが、それでもイルナと一緒なら俺は楽しいと思う」
「…わ、私も……楽しいと思いますけど…でもその前に先にエリクサーを完成させないと…」
「イルナッ!!」
突然イルナとウィクトルの目の前にキルスティが現れた。相変わらず王宮の中だと言うのに、何故か転移できてしまう事にウィクトルは頭を悩ませている。が、これについてはどうやら聖竜ガイウスが関わっていたらしく、ガイウスが害意がないと判断して中に入って来る事を受け入れていたと、後でわかった。
「キ、キルスティ。どうしたの、一体?」
「マンドラゴラが生ったよ!いよいよエリクサーが作れるから、早くエルフの村に来て!」
「え…本当?」
「うんっ!パパがイルナを呼ぶようにって」
「ま、待てキルスティ。今は駄目だ」
「あれ、ウィルいたの?」
今すぐ連れて行きそうな勢いのキルスティを止めようとウィクトルが間に入ると、どうやら視界に全く入っていたなったようで、キルスティが目を丸くしていた。
「悪いが今日の主役は俺とイルナだ。婚約式の後のパーティーの途中で主役が抜けられない。明日、必ず行かせるから、今日の所は勘弁してくれ」
「えー…早くしたいのに」
「こちらにも色んな事情があるんだ。イルナはキルスティの事を大事にしている。君もイルナを大事に思うなら、今日は無理だとわかってくれ」
ウィクトルに言われてキルスティは少し考えているようで、うーんと唸っている。そしてイルナに視線を戻すと、不安そうな表情を浮かべた。
「……イルナ、明日は必ず私と行く?」
「うん、約束するわ」
それを聞いてようやくホッとしたらしい。キルスティは笑顔を浮かべて手を振り、「また明日ね!」と言いながら姿を消した。
「……キルスティとの約束、良かったのですか?」
さっきまで色々と話をしていた事もあり、イルナが不安そうにウィクトルを眺める。が、ウィクトルは苦笑しながらも頷いてくれた。
「構わない。君の行動を把握しておけるなら問題ないし、キルスティと一緒なら危ない事もないだろう。アーロンもいる」
「まあ…」
随分とキルスティを信用しているようだ。それにはさすがにイルナも驚く。
「キルスティを信じてるんですね」
「君が信じている相手だからね」
「えっ」
意外な言葉にイルナが驚くと、ウィクトルは困ったように微笑んだ。
「君と彼女が出会うきっかけは、奇しくも俺が作ったようなものだ。けれど彼女との出会いがあったお陰で、君はより生き生きと輝いている。出会うべくして出会ったのなら、俺との出会いも必然だと言う事だろう?」
今日はどうしたというのだろうか?ウィクトルが紡ぐ言葉が恥ずかしくて嬉しい。元々イルナには甘い所があるが、今日は婚約の魔法でもかかったようで、イルナの心臓は騒ぎっぱなしだ。
「ウィル様。私、ウィル様と出会えて良かったです。今まで男性に好意を持った事もなかったのに、ウィル様と出会ってからはとても幸せで、寂しくて不安で、でも嬉しかったり恥ずかしかったり…とにかく色んな感情が湧いてくるんです」
「うん…」
「私をこんな風にしたのはウィル様なので、ちゃんと責任取ってくださいね」
そう言って悪戯っぽく微笑むと、ウィクトルが急に挙動不審になった。
何だろうか、悶絶しているように見える。
「…ウィル様?」
覗き込んで問いかけると、ウィクトルは分かりやすいくらいに赤面していた。
「…ほんっとに、イルナは……無自覚なのが恐ろしい……」
「はい?」
「あーダメだ、今すぐキスしたい」
「はい!?」
急になんて事を言うのか。ここはテラスだが婚約パーティーの会場だ。誰が聞いていて見ているかわからないのに、無防備にとんでもない事をウィクトルが呟いたせいで、イルナがあわてふためいた。
「だ、ダメですよ!こ、こんな場所で何言い出すんですか!」
「イルナが可愛いことばかり言うのが悪い」
「かわ、可愛いこととか言ってませんけど、仮に言ってたからって何で悪いんですか!」
「そりゃあ、俺がイルナに触れたくて仕方なくするからだ」
「……!!」
恥ずかしくてどうしようもないが、ウィクトルはとても嬉しそうに目を細めて微笑んでいる。そんな顔を見せられたら、怒る気も失せるというものだ。
イルナは小さくため息をつき、そっとウィクトルの手を握った。
「……では、せめて二人きりの時にお願いします…」
イルナのこの台詞にウィクトルが再び悶絶したのは言うまでもない。




