聖女になりそこねた令嬢
「……」
どうしてこうなったのか。イオアンナが唸りながらも萎縮するように座っているのは、ルーメン侯爵家のテラスだ。向かいにはイルナとドロテアが座っていた。
「それで、イオアンナさんはルキウス・マオーラ公爵子息とどういったご関係ですの?」
「え」
思いもよらない質問にイオアンナがきょとんとする。一瞬緊張がどこかへ行ってしまい、間抜けな声が出た。
「どういったと言いますか、その、私は聖竜の神殿の女官として雇われる事になりましたので、部下のようなものですね…」
「あら、ではパーティーでご一緒だったのは…」
「仕事で遅れて来ましたので、たまたまです」
「まあ」
それを聞いてドロテアがあからさまにがっかりしていた。どうやらルキウスとの仲を疑っていたようだが、これにはさすがにイオアンナも焦る。このように接点のない令嬢でも二人の仲を疑うという事は、王太子であるテオドールもそうなのかもしれない。
「あ、あのっ。わ、私…他に想う方がいるので、もしマオーラ卿との噂をお聞きしたら、否定していただきたいのですが…」
「そうなの?好きな人って、私達が聞いても問題ない?」
「えっ…」
イルナに質問され、イオアンナが思わず口ごもる。
別に言っても構わないが、イオアンナは男爵令嬢だ。身分が違いすぎると鼻で笑われでもしたら、平静でいられる自信がない。けれど聞いた話によれば目の前の辺境伯令嬢はルーメン侯爵子息と恋仲らしい。イルナもウィクトルと婚約したばかりだし、ライバルはいない。
そう考えればこの二人に打ち明けて、協力してもらった方がいいのではないかと、イオアンナは考えた。
「……笑わないと、約束してくださるのなら」
この一言で二人は顔を見合わせ、そして満面の笑みで頷く。
「笑う訳ないわ。人を好きになるのは理屈じゃないもの」
「ええ、そうですわ。ラルス様でないのであれば、私はどなたを好きだと仰っても笑ったりしませんわよ」
ドロテアにきっちり牽制されて少し苦笑してしまう。目の敵にしていたイルナに対しては複雑な気持ちがない事もないが、カロレッタやルキウスと接しているうちに、自分が思うほど恵まれたご令嬢ではない事も理解していた。
聖女騒ぎのお陰でイオアンナの父であるグラン男爵は、不用意に民衆を煽動するような真似を娘にさせたという理由で、しばらく謹慎処分になっていたが、あれもイオアンナが素直に従ったのは、侍従に唆されて王太子に見初められる為だった。
「お、王太子殿下……です……」
意外なようで納得する相手に、二人は目を丸くする。そしてドロテアとイルナは難しい顔をして考え込んでしまった。
イオアンナにすればこの反応は予想外だった為、不安そうな表情になる。けれどそんなイオアンナの様子に気付かない二人は、あれやこれやと相談しだした。
「王太子殿下は確かにご婚約されていませんわね。見目も麗しいですし、ご令嬢方の憧れの的ですもの。イオアンナさんがお慕いするのもわかりますわ」
「…となると、障害になるのは身分かしら。イオアンナさんは地元で聖女様とも言われてましたし、この通り大変お美しい方だから、身分さえ何とかなればいけるんじゃない?」
「え、えっと、は、はい?」
「それならどなたか高位貴族の養子になればいいのではなくて?」
「あ、それいいわね!ドロテア、冴えてるわ!」
「ほほほほ、もっと誉めてもよろしくてよ。いっそイルナの妹にでもしたらどうかしら」
「……!ああ、なるほどね!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
暴走しだす二人にイオアンナがストップをかける。すると二人は不思議そうにイオアンナを見つめた。
「どうかしまして?」
「いえ、あの、お二人のお気持ちは嬉しいですけど、まずイルナ様の義妹になっても王太子殿下と婚約は難しいと思います」
「なぜかしら?」
「イルナ様はすでに第二王子殿下とご婚約されましたので、ルーメン家が二人の王子と縁を持つのは他の貴族に反対されるかと…。それに、聖女と呼ばれてはいましたが、あれもそうなるように仕向けたものです。すでに父は謹慎処分を受けましたし、煽動させた神父様は教会から破門されましたので…。私は聖竜様の神殿でお仕えして、反省しなさいと言われますし…」
実際に自分にお咎めがないのは、事実住民達に回復魔法を施していたからだ。意図的に聖女と思わせた事は別として、奉仕活動をきちんとしていた事で許された。ただ、今後は聖女と名乗らないようにと、きつく言われている。
聖竜の巫女の選定の後、聖人様と呼ばれるレオンシオに鑑定をされ、自分は聖女ではない事も王家は確認済みだ。ただ、聖属性魔法が得意だと言う事と、ルキウスの推薦もあって、聖竜の神殿で勤める事が決まった時は、内心とても喜んだ。
「私は、初めて王太子殿下を見た時に、一瞬で心を奪われました。その時はまだ王太子殿下だと知らなくて、知ってしまった時は絶望でした。でも、今は聖竜様の神殿でお勤めできるようになったので、本当に時々お見かけする事ができて、それが唯一の幸せなんです。ですから……」
そこまで言いかけてハッとする。何故なら二人がハンカチを握りしめ、目をうるうるさせながらイオアンナの話を聞いていたからだ。
ドロテアにいたっては完全に泣いている。鼻が真っ赤になっているし、目から涙がポロポロとこぼれている。
「えっ、お、お二人ともどうしたんですか!?」
ガタンと音をたてて思わず立ち上がり、イオアンナがあわてふためく。正直この反応は予想していなかった。というか、最初から予想外すぎてどうしていいのか分からない。礼儀正しくするのも大変だったが、これに関してはカロレッタに厳しく指導されたお陰でなんとかなっている。けれど目の前にいる自分よりも身分が高いご令嬢二人が泣き出すなんて、当たり前だがこういう時の指導は勿論されていない。
「け……」
「…け?」
ドロテアが何かを喋ろうとするが、声が詰まるらしい。イオアンナがかろうじて聞こえた言葉を拾うと、ドロテアが再び口を開いた。
「健気ですわぁ!!」
「ええ!?」
ガッチリと両手を捕まれ、イオアンナの顔がひきつる。
「私、やっぱりイオアンナさんのご協力いたします!その方がイルナの為にもなるし、何よりイオアンナ様の恋を応援したいので!!」
「え……」
「ドロテア、それは失礼よ」
イルナの為と言われ、イオアンナの表情が訝しげに歪む。すると自分の失言に気付いたドロテアは、あっと小さく言いながら自分の口元を両手で隠した。
「イルナ様の為とはどういう事ですか?」
「それは…」
「お願いします、教えてください」
「……ごめんなさい、イオアンナさん。実は……」
「ドロテア、私が話すわ」
言いにくそうにするドロテアを制止して、イルナがイオアンナに向き直る。イオアンナも少し厳しい顔をしつつも、イルナを真っ直ぐに見据えた。
「…王太子殿下とは何度かお会いした事がある程度なんだけど、いつも変なタイミングで遭遇したものだから、妙な興味を持たれているの」
「え…」
ドクンと心臓が大きく鳴る。やっぱりこの人は、自分にとって百害あって一利無しなのでは、とイオアンナが頭の中で呟く。
「好きな人が違う女性を気にしているなんて聞いたら気分悪いわよね。でも、これは恋とか愛とかではなくて、何というか……私を珍獣か何かのように思っているのよ。それで、私の秘密を暴こうとしていると言えばいいのかな…」
「秘密…ですか?王族に秘密なんて不敬じゃないですか?」
「そうかもしれないけど、人には他人に言えない事なんて普通にあるでしょう?私は自分の秘密を王太子殿下にも国王陛下にも言うつもりはないの。それに、言わなくても迷惑なんてかけないし」
実際にはめちゃくちゃ迷惑をかけているのだが。こればかりは両親からもウィクトルからも絶対に人に言ってはいけないと言われている。心苦しいが話すわけにはいかない。
「ではなぜ、王太子殿下はイルナ様の秘密を知りたがるんですか?何か重要な事だから言えなくて、それを王太子殿下が疑っているのでは?それなら早急にお話すれば、王太子殿下の興味もなくなるのでしょう?言わないのは興味を引きたいからじゃないんですか?」
イライラして語尾が強くなる。そもそも興味を持たれたくなければ、秘密があるなんて事すらばれないようにすればいいはずだ。それをほんのちょっと匂わせておいて、それは言えませんだなんて言って興味を引くのは卑怯だ。そう思うと無償にイルナに対して腹が立ってきた。
「…大体、学園を途中で辞めた事も気に入らなかったのに、そうやって王太子殿下の気を引くなんてずるいわ。私はどうやっても殿下の目に止まる事なんてできないのに…!」
「イオアンナさん、それは言いすぎですわよ。イルナは…」
急に雰囲気が変わったイオアンナを驚くように見たドロテアは、イオアンナを落ち着かそうと口を挟む。けれどイオアンナの勢いは止まらず、とうとう思っていた事をぶちまくように口にしだした。
「いいえ、言わせてもらうわ!私はこの見た目で色んな男性からチヤホヤされたわ。勿論自分でも自分の容姿が他人の目にどんな風に写るのか理解しているもの!でも、イルナ様は…イルナ様は、自覚なんてされてなくて、けれど私とは違う美しさを持っていて、侯爵令嬢という身分もあって、望めば王太子妃にだってなれるのに、何も持っていないって顔して辺境の地へ引っ込んで……!なのにちゃっかり第二王子殿下と婚約?笑わせないでよ!」
イオアンナが突然豹変したように捲し立て、一気に言いきったせいか肩で息をするように大きく息を吐いている。そして次の瞬間ハッとなり、興奮して紅潮していた顔が面白いくらいに一気に青ざめた。
「イオアンナさん……そんな風に思ってたんですね…」
目を丸くしながらイルナが呟く。ヤバい、やってしまったと焦るがもう遅い。
「フ、ウフフフ……、面白いですわね、イオアンナさん。そう、こうでなくちゃ面白くないですわ。イルナに対してどこかよそよそしいと思っていましたけど、そうなのですね。イルナがお嫌いなんですね!」
「ドロテア…」
絶句するイオアンナをドロテアが楽しそうに眺める。イルナはイルナで自分の事を悪く言われたというのに、ドロテアに対して呆れるだけだ。
「な、何で平気な顔してるのよ?私は貴女よりも身分も低くて、それに比べて貴女は第二王子妃で……、不敬だって怒ればいいじゃない!」
「ああ、そんな事イルナに言っても無駄ですわ」
「む、無駄って…」
ドロテアが何て事のないように言い放つ。
「イルナって怒らない人なの。特に自分の悪口とかは全く腹が立たないらしくて」
「…はぁ?」
信じられない。侯爵家の令嬢が、自分より格下の令嬢から暴言を吐かれて腹が立たないなんて、どこかおかしいのではないのか。
そう思いながらもイルナを見るが、特に怒った様子もなく、普通の表情だ。
「イオアンナさんが私を嫌いなのは仕方ないけど、何もしていないのに嫌われるのはさすがにショックよ。そんな、人を感情のない人間みたいに言わないで」
「あら、事実でしょう?現に今も怒ってないじゃない」
「怒るというか…何を言っていいのかわからないし。結局私が気に入らないと言う事でしょう?」
「う……、そ、そう…です…」
最初の勢いはどこにいったのか、完全にイオアンナは毒気を抜かれてしまっていた。殴られる事はないだろうが、お茶くらいかけられる覚悟だったのだから。
「まあ、イオアンナさんの言うように王太子殿下に秘密事を打ち明ければいいのだろうけれど、ウィル様がお許しにならないと思うから」
「え……第二王子殿下が…ですか?」
「敬語なんて使わなくていいわ。ええ、そうよ。ウィル様は王太子殿下と私が仲良くするのを嫌がるから、余計なことをして嫌われたくないの」
だからごめんね、と言って微笑んだイルナはとても綺麗で。
イオアンナはこの時、やっぱり自分はイルナに勝てる気がしないと、悔しいやら何やら分からない感情でいっぱいになってしまった。
い、忙しくて更新遅れてます……
暖かく見守ってくれると嬉しいです(-_-;)




