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第四話「深夜三時のラジオ、第二回」

第1〜3話 あらすじ



■ 登場人物

朝倉ハル(主人公・2年)

天然ボケのマイペース男子。授業中に蟻の夢について考え、歩きながら自販機に激突しかけるなど、悪意ゼロのまま毎日何かが起きる。趣味は「雲の観察日記」。不思議と大事な場面では空気を読む一面もある。

雨宮ソラ(ヒロイン・2年)

無口でミステリアスな女子。旧棟の放送部室に毎日一人で通い、窓の外を見ている。3年前に父を亡くしており、ラジオ好きだった父の記憶と繋がる場所として放送室に居続けていた。

田中ケンジ(ハルの幼馴染)

ハルの「緊急停止ボタン」として校内に認知されているツッコミ役。ハルのせいで毎日胃が痛い。

■ 第一話「放送室には幽霊がいる(たぶん)」

放課後、トイレを探して旧棟に迷い込んだハルは、「放送部」のプレートがかかった部屋を発見。中には窓際でイヤホンをつけて佇む雨宮ソラがいた。ハルは彼女を幽霊と見間違え、そのまま入部を申し出る。引き出しから出てきた20年前の入部届に記入し、二人の奇妙な部活生活がスタートする。

■ 第二話「ON AIRのランプが点く夜」

2日目から放送室に通い続けるハル。ソラは「ラジオはダメ」と即答するが、ハルが「看板が出ている店は開いている」と屁理屈をこねると、渋々機材の点検を始める。スマホで配線方法を調べた二人は協力して機材を繋ぎ、マイクテストを敢行。ハルが「蟻は夢を見るのか」という感想を喋ったとき、はじめてON AIRのランプが灯る。その瞬間、ソラの目に何かが宿った。

■ 第三話「カセットテープの中身」

二人の間に小さなルーティン(コーヒーを飲みながら過ごす放課後)ができ始める。ソラはカセットテープを見せ、その正体を明かす——小学1年生のとき、深夜ラジオ好きの父のために一人で録音した「深夜三時のラジオ 第一回」。3年前に父を亡くし、ラジオへの未練を断ち切れないまま放送室に通っていたことをソラは語る。ハルは「じゃあラジオをやりましょう」と一言。ソラは「考える」と答え、ハルの日記には『声は、消えない』と書かれた。


■ 現在の状況・伏線メモ

・放送部の入部届は20年以上前のもので、有効かどうか不明

・ソラが「ラジオをやる」と正式に了承していない(「考える」止まり)

・カセットテープの音声は未再生(父の反応だけが語られた)

・「桐島センパイ」(放送部の元顧問)はまだ登場していない

・ケンジの「待ってるんじゃないの」という言葉が伏線として残っている


第四話「深夜三時のラジオ、第二回」


 月曜日の朝、ソラはハルに言った。

「……やる」

 それだけだった。

 教室でも、廊下でも、なく——放送室のドアを開けた瞬間に、ソラは机に向かったまま、背中越しに言った。

「ラジオ。やってみる」

「わかりました」

「条件がある」

「どうぞ」

「放送は、この部屋の中だけ。校内には流さない。聴くのはケンジさんだけ」

「ケンジに聴かせていいんですか」

「……一人くらいはいないと、ラジオじゃない」

 ハルはそれを聞いて、少し笑いそうになった。今日は、笑ってもいい気がしたので、笑った。

「わかりました。ケンジを呼びます」

「……今日じゃなくていい」

「今日がいいです」

「なんで」

「月曜日のほうが、始まる感じがするので」

 ソラはしばらく黙った。

「……変な理由」

「ありがとうございます」

「褒めてない」

* * *

 放課後、ケンジは放送室のドアの前で立ち止まった。

「ここ?」

「ここ」

「……旧棟じゃないか。電気も半分切れてるし」

「味があるでしょう」

「味じゃなくて節電だろこれ」

 ハルがドアを開けると、ケンジは一歩後ずさった。

「暗っ」

「目が慣れます」

「お化け屋敷かよ」

 部屋の中に入ると、ソラが立っていた。

 ケンジはソラを見て、三秒固まった。

「……あ、ども。田中ケンジです」

「雨宮ソラ」

「よ、よろしくお願いします」

 珍しくケンジが敬語を使っていた。ハルはそれを面白いと思ったが、黙っておくことにした。

「田中くんには、あそこに座ってもらう」

 ソラが指差したのは、部屋の隅の古いパイプ椅子だった。机から三メートルほど離れた場所に、ぽつんと置いてある。

「聴くだけ、でいいですか」

「はい」

「……わかりました」

 ケンジはおとなしく椅子に座った。ハルを見て「なんなんだこれ」という顔をしたが、ハルは「いいから」という顔を返した。

* * *

 準備に、三十分かかった。

 マイクの角度を調整して、ミキサーのレベルを確認して、ソラはノートに何かを書いていた。

「台本ですか」

「メモ。台本じゃない」

「何を書いてるんですか」

「……喋ることが思い浮かばなかったとき用の、ネタ」

「どんなネタですか」

「見せない」

「なぜですか」

「恥ずかしいから」

 ハルは少し意外に思った。ソラが「恥ずかしい」と言ったのは、初めてだった。

 ケンジが隅の椅子から小声で言った。

「なあハル、これいつ始まるんだ」

「もうすぐ」

「俺、晩ごはんまでには帰りたいんだけど」

「黙って」

「お前が黙ってろ」

 ソラがこちらを見た。

「……うるさい」

 二人は黙った。

* * *

 午後五時十七分。

 ソラはマイクの前に座った。

 ハルはミキサーの前に立った。

 ケンジは隅の椅子で背筋を伸ばした。

 ハルがスライダーをゆっくり上げた。

「ON AIR」のランプが、赤く灯った。

 ソラは一回、深く息を吸った。

 そして、喋り始めた。

「……こんばんは」

 声が、スピーカーから流れた。

 ソラの声は、普段より少し低く、少しゆっくりだった。まるで別の人みたいだ、とハルは思った。でも、ソラだとすぐわかる声だった。

「深夜三時のラジオ、第二回です」

 ケンジが小さく「え」と言った。ハルは手で「静かに」と制した。

「第一回は、十六年前に録りました。そのとき私は小学一年生で、夜中の三時に一人でラジカセに向かって喋りました。内容は……あんまり覚えてないけど、たぶん大したことじゃなかったと思います」

 ソラは少し間を置いた。

「でも、翌朝お父さんが笑ってた。『ソラのラジオ、面白かったぞ』って。それがすごく嬉しかった」

 ハルはスライダーから手を離さないようにしながら、ソラの横顔を見た。

 無表情だった。でも、耳が少し赤かった。

「お父さんはもういないので、今日の放送は誰に届くかわかりません。でも——」

 ソラは窓の外を、一瞬だけ見た。

「声は、消えないって、最近思うようになったので。だから、喋ってみます」

 ケンジが、息を呑む音がした。

 ハルは何も言わなかった。

「今日、放送室の窓から見えた雲が、クジラみたいでした。大きくて、のんびりしてて、いつまでも見ていられる感じ。……そういう話を、これからここでしていこうと思います。大したことじゃないけど、誰かに話したくなったことを」

 少し間があって、ソラは言った。

「深夜三時のラジオ、第二回でした。パーソナリティは、雨宮ソラです」

 ハルはスライダーをゆっくり下げた。

「ON AIR」のランプが、消えた。

 三秒間、誰も喋らなかった。

* * *

 最初に声を上げたのは、ケンジだった。

「……すごかった」

 ぼそり、と言った。

「すごかったって何が」とソラが言った。声はもう普段のトーンに戻っていた。

「いや……なんか、こう。ちゃんと届いた感じがした」

「……田中くんに?」

「俺にも。あと、届いてほしいところにも、届いたんじゃないかなって」

 ソラは何も言わなかった。

 ハルはケンジを見た。ケンジはハルを見た。

 普段はうるさいくせに、今日のケンジは変に真剣だった。

「……田中くんって、意外とちゃんとしてるんだ」

「意外とって何ですか雨宮さん」

「褒めてる」

「え、あ、ありがとうございます」

 またケンジが敬語になった。ハルはやっぱり面白いと思ったが、やっぱり黙っておいた。

* * *

 三人で旧棟を出たのは、六時近くだった。

 夕暮れが終わりかけていて、空は深い青だった。

 ケンジが先に帰り、ハルとソラは校門まで並んで歩いた。

「……どうだった」

 ソラが聞いた。

「何が」

「ラジオ」

 ハルは少し考えた。

「よかった」

「もっと具体的に」

「ソラさんの声が、マイクを通すと少し変わる。でもソラさんだとわかる。それが面白かった」

 ソラはしばらく黙った。

「……変わる、って?」

「深くなる感じがする。普段の声より、少し遠いところから来る感じ」

「……それは機材のせいかもしれない」

「機材のせいでもいいと思います」

 ソラはまた黙った。

 校門のところで、二人は止まった。

「次は、いつにする?」

 ソラが聞いた。

 ハルは空を見上げた。深い青の中に、星が一つ出始めていた。

「木曜日は?」

「……なんで木曜」

「木曜日の雲が好きなので」

 三秒の間。

「……意味がわからない」

「ありがとうございます」

「褒めてない」

 でもソラは、かすかに——本当にかすかに——口の端が動いた。

 笑った、とは言えないかもしれない。でもハルには、笑ったように見えた。

「……木曜日ね」

「はい」

「じゃあ、木曜日」

 ソラは歩き始めた。ハルは見送った。

 夜風が少し冷たかった。

 空に星が増えていた。

 ハルは空を見上げながら、思った。

 声は、消えない。

 届いてほしいところに、届くといい。


——第四話・了——

次回「桐島センパイが来た日」

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