第八話「告白」
「話す。全部」
誰も口を開かなかった。ユズキでさえ、黙って俺を見ていた。
俺は息を吸った。
「俺には、もう一つ世界がある」
沈黙が続いた。
「ここじゃない世界。色があって、霧もなくて、ケノもいない。東京っていう街で、コンビニのバイトをしながら一人で暮らしてる」
「……それって」とユズキがゆっくり口を開いた。「どういうこと」
「寝て起きたらここにいる。ここで寝たら、向こうにいる。それが俺がここに来てからずっと続いてる」
また沈黙が落ちた。
ソウイチが口を開いた。
「いつからだ」
「最初にユイと会った日から」
全員がユイを見た。
ユイは少し間を置いてから、静かに口を開いた。
「知ってた」
ユズキの目が変わった。
「知ってたの?」
「霧島が寝たら消えることは知ってた。どこに行ってたかは知らない」
「なんで言わなかったの」
ユズキの声は責めているわけじゃなかった。でも真っすぐだった。
ユイはユズキを見た。
「霧島が自分で話すべきことだと思った。それだけ」
短い答えだった。でもその短さに、全部が込められている気がした。
ユズキはしばらくユイを見てから、小さく息を吐いた。
「……まあ、ユイらしいけど」
ソウイチが俺に視線を戻した。
「その世界とここが繋がってる理由は、わかるか」
「わからない。それを解明したくて戦ってる部分もある」
「向こうの世界でここのことを話した人間はいるか」
「いない。話せなかった」
ソウイチは少し考えてから頷いた。
「わかった。続けろ」
その一言が、妙に落ち着いた。責めない。騒がない。ただ受け止めて、次を促す。ソウイチという人間の重さが、その一言に出ていた。
ユズキが床にどかっと座った。
「じゃあさ、向こうの世界って普通の世界なの?ケノとかノームとか全然いない?」
「ああ」
「霧もない?」
「ない」
「いいなあ」
ぽつりと言った。羨んでいるのか、それとも別の感情なのか、よくわからなかった。
「ユズキはここに来る前の世界があったのか」
「霧に包まれてから、前の記憶がだんだん薄れていくんだよね」ユズキは膝を抱えた。「強く覚えてることはあるけど、ぼんやりしてることの方が多くて。だから色がある世界ってどんな感じか、たまに考えることはあるよ」
俺は何も言えなかった。
この世界で生まれて、この世界しか知らない人間がいる。俺にとっては戻れる場所が当たり前にあって、でもユズキにはそれがない。
そう思ったら、胸の奥に鈍い痛みが走った。
「ハヤト」
レンだった。
壁際からこちらを見ていた。ずっと黙っていたレンが、初めて口を開いた。
「その世界に、ここの人間と同じ顔をした人間はいるか」
俺は少し驚いた。
「……いる」
「ユイと同じ顔か」
「ああ」
レンは静かに頷いた。それ以上は聞かなかった。でもその質問の意味が、俺には引っかかった。
なぜレンはそれを聞いたのか。
もしかして——
「レン、お前も」
「今は関係ない」
レンは静かに遮った。でも否定はしなかった。
ソウイチが立ち上がった。
「状況を整理する。ハヤトが二つの世界を行き来している理由はまだわからない。でも今はそれよりも重要なことがある」
「ケノの動きか」とレンが言った。
「そうだ。ハヤトが来てからケノの統率が取れ始めた。それは偶然じゃないかもしれない」
俺は息を飲んだ。
「つまり、俺が来たことでノームが動き始めたってことか」
「可能性の話だ」とソウイチは静かに言った。「ただ、覚えておいてほしい」
「何を」
「お前がここにいる理由は、必ずある。それがわかった時、全てが繋がるかもしれない」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
お前がここにいる理由は、必ずある。
俺自身が作り出した世界だとしたら——その理由は、俺の中にあるはずだ。でもそれが何なのか、まだわからない。
ユイが俺の隣に座った。
「怒ってるか」
俺が聞くと、ユイは少し首を傾けた。
「何に対して」
「黙ってたこと」
「怒っていない」ユイは前を向いたまま言った。「ただ——早く話してほしかった」
その一言が、ひどく真っすぐだった。
責めじゃない。でも本音だった。
「悪かった」
ユイは何も言わなかった。でも微かに、肩の力が抜けた気がした。




