第九話「手がかり」
話し合いはソウイチが仕切った。
全員がテーブルを囲んで座っている。ユズキは珍しく静かで、腕を組んで俺を見ていた。レンは壁際の椅子に座って、どこか遠くを見ていた。
「整理する」とソウイチが言った。「ハヤトが最初にここに来たのはいつだ」
「一週間くらい前だと思う。向こうの世界での話だけど」
「向こうでは一週間。こっちでは」
「こっちは……正直時間の感覚がよくわからない。毎日来てる感じはするけど」
「こっちとあっちで時間の流れが違う可能性があるな」とソウイチは静かに言った。「それだけでも手がかりになる」
「手がかりになるの?」とユズキが首を傾けた。
「二つの世界が完全に同期してるわけじゃないということだ。繋がってはいるが、同じじゃない」
ユズキはふむふむと頷いた。わかってるのかわかってないのか、判断できなかった。
「向こうの世界で、ここに来る前に何か変わったことはあったか」とソウイチが続けた。
俺は少し考えた。
「特に何も。いつも通りバイトして、寝て、起きたらここにいた」
「体調は」
「普通だった」
「夢は」
その質問で、俺は少し止まった。
「……夢は、見てたかもしれない。でも内容は覚えてない」
「夢か」とソウイチは顎に手を当てた。「クロスが現実世界とここを繋ぐものだとしたら、夢という状態が繋ぎ目になってる可能性がある」
「じゃあ隼人が寝てる間にこっちに来てるってこと?」とユズキが言った。
「向こうで寝て、こっちで目が覚める。こっちで寝て、向こうで目が覚める。そういう仕組みだとしたら——」
「夢の内容が鍵になるかもしれない」とユイが静かに言った。
全員がユイを見た。ユイは手元を見たまま続けた。
「次から、夢の内容を覚えていられるか試してみて。断片でもいい」
「やってみる」
ユズキが身を乗り出した。
「ねえ、向こうの世界ってどんな感じなの?気になって気になって。ケノとかいないんでしょ?」
「いない。普通の街だ。人が歩いてて、車が走ってて」
「車!久しぶりに聞いた。こっちにもあったよね昔。今はもう動いてないけど」
ユズキは少し遠い目をしてから、すぐに戻った。
「向こうに私に似た人間いる?」
俺は少し躊躇してから頷いた。
「いる。ユイと同じ顔の人間もいる」
「え、ユイの?どんな感じ?」
「ユイとは真逆な感じだ。明るくて、よく喋って——」
「それ私じゃん」
ユズキが笑った。でも俺は曖昧に返すしかなかった。
ユイは何も言わなかった。でも微かに、目が動いた気がした。
話し合いが一段落した頃、ソウイチが立ち上がった。
「今日はここまでにする。わかったことをまとめると——二つの世界の時間の流れは違う。夢が繋ぎ目になってる可能性がある。そしてハヤトが来てからケノの動きが変わった」
「つまりハヤトが来たことには意味がある、ってことだよね」とユズキが言った。
「そういうことだ」
「でも何の意味があるのかはまだわからない」
「わからない。だが必ずある」
ソウイチの言葉は重かった。でも不思議と焦りがなかった。わからないことをわからないとはっきり言える人間の強さ、みたいなものを感じた。
俺は立ち上がりかけて、ふと気づいた。
レンがいない。
いつの間にか壁際の椅子が空になっていた。
「レンは?」
「さっきふらっと出てったよ」とユズキが肩をすくめた。「いつものこと」
俺は扉の方を見た。
いつものこと、とユズキは言う。でも今日のレンは少し違う気がした。話し合いの間、ほとんど口を開かなかった。でも何かをずっと考えていた。
ユイと同じ顔の人間がいるか、と聞いたレンの声が頭に残っていた。
拠点を出ると、レンがいた。
建物の外壁にもたれて、灰色の空を見上げていた。俺が出てきても振り返らなかった。
俺はしばらく迷ってから、隣に並んだ。
しばらく無言が続いた。
「話し合い、途中で出たな」
「聞きたいことは聞いた」
「何を聞きたかったんだ」
レンは少し間を置いた。
「向こうの世界に、俺に似た人間がいるかどうか」
俺は少し驚いた。
「まだ会ってないけど——いると思う。こっちにいる人間は向こうにも同じ顔でいるみたいだから」
「そうか」
「気になるのか」
「別に」
レンは空を見たまま答えた。でも否定の言葉に、いつもより少しだけ重さがあった。
「レン、お前は霧に包まれる前のこと、覚えてるか」
レンはしばらく黙っていた。
「少しだけ」
「どんなことを」
「関係ない」
それだけ言って、レンは壁から離れた。
「ハヤト」
「何」
「向こうの世界で、気をつけろ」
「何に」
レンは俺を見た。静かで、真っすぐな目だった。
「まだわからない。でも気をつけろ」
それだけ言って、レンは歩き出した。その背中を見ながら、俺は何も言えなかった。
まだわからない。
でもレンには何かが見えている。そんな気がした。




