第五話「レン」
翌日も、俺は灰色の空の下にいた。
目が覚めるたびにここに来る。それがどういう仕組みなのかはまだわからない。でも不思議と怖くはなかった。たぶん、ここに来るたびに誰かがいるからだと思う。
今日はユイではなかった。
「あ、ハヤト来た!」
ユズキだった。拠点の入り口に腰を下ろして、何かの刃物を布で拭いていた。俺を見るなり立ち上がって駆け寄ってくる。
「ユイは?」
「偵察。ソウイチも一緒。今日は私とレンだけ」
「レンは」
「中」
ユズキは刃物を腰に戻しながら俺の隣に並んで歩き出した。
「ねえ、昨日聞けなかったんだけど」
「何」
「ハヤトのマインド、どんな感じだった?光って聞いたけど」
「自分でもよくわかってない。気がついたら出てた」
「あー、わかるわかる。私も最初そうだった。なんか体の中から溢れてくる感じじゃなかった?」
「……そんな感じだった」
「でしょ!」
ユズキは嬉しそうに頷いた。
「私のはさ、炎なんだよね。感情が高ぶると出やすくて、怒ってる時が一番強い。我ながら単純だなって思うけど」
笑いながら言う。自分のことを客観的に見られるんだな、と思った。テンションが高いわりに、どこか冷静なところがある。
「ユズキはいつからここにいるんだ」
「三年くらいかな。気がついたらここにいて、ソウイチに拾われた感じ」
「拾われた?」
「ケノに囲まれてたとこを助けてもらったの。あの時はマインドも使えなくて、クロスもなくて、ほんとにやばかった」ユズキは少し遠い目をしてから、すぐにいつもの顔に戻った。「まあ今は全然大丈夫だけどね!」
切り替えが早い。でもその一瞬の目が、俺には引っかかった。
拠点の中に入ると、レンがテーブルの端に座っていた。
地図を見ているわけでもない。武器を手入れしているわけでもない。ただそこにいる、という感じだった。俺が入ってきても視線だけ向けて、すぐに窓の外に戻した。
「レンってさ、いつもああなの?」
小声でユズキに聞いた。
「ああなの」とユズキも小声で返した。「でも悪い人じゃないよ。なんか考えてることが多いんだと思う」
俺はテーブルの反対側に座った。レンとは斜め向かいになる。
しばらく沈黙が続いた。ユズキは壁の地図を眺めながら何かを確認している。レンは窓の外を見ている。俺は特にすることもなくて、左手首のクロスをなんとなく触っていた。
「それ、ちゃんと巻けてるか」
レンが言った。
俺は顔を上げた。レンはまだ窓の外を見ていた。俺に言ったのかどうかもわからないくらい、さらっとした言い方だった。
「……どういう意味だ」
「クロスは巻き方が甘いと感覚が戻りきらない。端がほつれてたら早めに替えた方がいい」
言われてよく見ると、確かに端の方が少し解れていた。俺が黙っていると、レンが立ち上がって近づいてきた。無言で俺の手首を取って、クロスを巻き直す。素早くて、迷いがない。
「こう巻く」
それだけ言って、レンは元の席に戻った。
ユズキが俺を見てにやにやしていた。
「珍しい。レンが自分から動くの」
「うるさい」
レンは窓の外を見たまま言った。ユズキは肩をすくめた。
俺はもう一度自分の手首を見た。さっきより、確かにしっかりと巻かれている。
昼過ぎにユイとソウイチが戻ってきた。
ソウイチの顔が、昨日より硬かった。
「集まれ」
全員がテーブルを囲む。ソウイチは地図の一点を指した。
「ここ、旧市街の東側に大きなケノの群れが確認された。今すぐ動く必要はないが、近いうちに対処しなければならない」
「どのくらいの数?」とユズキが聞く。
「五十は超えてる」
沈黙が落ちた。
「統率は?」とレンが聞いた。
「取れている。昨日の話通りだ」
レンは少し目を細めた。何かを考えているような顔だった。
「ノームが近くにいる可能性がある」
「同じことを考えていた」とソウイチが頷く。
俺はその言葉の意味を考えた。ノームが近くにいる。それはつまり——
「ノームって、今まで姿を見たことはあるんですか」
全員が俺を見た。
「ない」とソウイチが答えた。「この五年間、ケノは何度も見た。でもノームは一度も」
「じゃあ、どこにいるかも」
「わからない」
重い答えだった。五年間戦い続けて、相手の姿すら見えていない。それでもここにいる人間達は、戦うことをやめていない。
俺はレンを見た。レンは地図を見たまま、静かに口を開いた。
「ただ、最近ケノの動きが変わったのは確かだ。何かが変わりつつある」
「何が変わったんだと思う?」
レンはしばらく黙ってから、俺を見た。
「お前が来てから、だ」
その言葉が、妙に頭に残った。




