第四話「仲間」
答えが出ないまま、眠りについた。
目が覚めたら、空が灰色だった。
仰向けのまま、俺はしばらくそれを眺めた。ここに来るのは二度目だ。でも見慣れるものじゃなかった。色のない空は、何度見ても落ち着かない。
起き上がると、左手首にクロスが巻かれていた。いつの間に、と思ったら、すぐそこにユイがいた。壁にもたれて腕を組んで、俺を見ていた。
「待ってた」
「……どのくらい」
「少し」
それ以上は言わなかった。俺も聞かなかった。
ユイは立ち上がって、外に向かって歩き出した。
「仲間のところに行く。ついてきて」
廃墟の街を歩いた。
灰色の空の下、崩れかけたビルが立ち並んでいる。人の気配はない。風の音だけが響いていた。歩きながら、俺はユイの背中を見ていた。
「ユイ」
「何」
「昨日——俺がいなくなった後、どうしてた」
ユイは歩みを止めずに答えた。
「待ってた」
「また待ってたのか」
「あなたが戻ってくるかどうかわからなかった。でも戻ってきた」
それだけ言って、ユイは前を向いたまま歩き続けた。俺もそれ以上は聞かなかった。
十分ほど歩いたところで、ユイが足を止めた。他のビルと変わらない、崩れかけた建物だった。でもよく見ると、入り口に目印らしき布が結んであった。クロスと同じ素材だ。
「ここ」
中に入ると、広い空間があった。
もとは何かの事務所だったのかもしれない。天井が高くて、窓が大きい。窓ガラスはほとんど割れていたけど、その分、灰色の光がよく入ってきた。壁には地図が貼ってある。手書きで、細かく書き込まれている。隅には武器らしきものが並んでいた。銃、刃物、鉄パイプ。中央には大きなテーブルがあって、そこに二人の人間がいた。
一人は男だった。テーブルに地図を広げて、無言で何かを確認している。年は三十代半ばくらいに見える。体格がいい。俺が入ってきても顔を上げなかった。
もう一人は女だった。窓枠に腰かけて足をぶらぶらさせながら、こちらを見ていた。年は俺と同じくらいか、少し下かもしれない。
「あ、来た来た!」
女が窓枠から飛び降りて駆け寄ってきた。
「ユイから聞いたよ、マインド使えるんだって?すごいじゃん!ユズキだよ!よろしく!」
矢継ぎ早に言って、俺の手を両手で握ってぶんぶん振る。
「……霧島隼人」
「ハヤト!いい名前じゃん。ねえねえ、マインドってどんな感じだった?使った時。私最初使った時めちゃくちゃびっくりしたんだよね、いきなりだったから——」
「ユズキ」
低い声が飛んできた。
地図を見ていた男がようやく顔を上げた。
「まず座らせろ」
「あ、そっか。ごめんごめん!座って座って」
ユズキはけろっとした顔でテーブルの椅子を引いた。俺は素直に座った。ユイも隣に腰を下ろす。
男が地図から目を離して俺を見た。
「ソウイチだ。ここの取りまとめをしている」
「霧島隼人です」
「ユイから話は聞いた。マインドが使えるそうだな」
「使えるのかどうかも、正直よくわかってないですけど」
「それで構わない」とソウイチは静かに言った。「最初から使い方がわかる人間はいない。ここにいる全員そうだった」
その言葉には、妙な重さがあった。
「もう一人いるんじゃないですか」
俺が聞くと、ソウイチは少し眉を上げた。
「気づいたか」
「地図の書き込みが、二人分の筆跡に見えたんで」
ソウイチはかすかに口元を緩めた。
「レンだ。今は偵察に出ている。後で会える」
ユズキが割り込んできた。
「レンはいっつもふらっといなくなるんだよね。でも絶対戻ってくるから心配はしてないけど。ハヤトはさ——」
「ユズキ」
「はい」
ソウイチの一言でユズキは口を閉じた。でも三秒後にはまた開いた。
「ねえ、マインドってどんな感じのやつ?私のはこう——」
「後でいい」
「はーい」
俺は思わずユイを見た。ユイは無表情のままだったけど、微かに目を伏せた。いつもこんな感じなのか、という意味で俺が聞くと、ユイは小さく頷いた。
ソウイチがテーブルに地図を広げた。
「今日来てもらったのは、顔合わせだけじゃない。話がある」
声のトーンが変わった。ユズキも今度は黙った。
「最近、ケノの動きがおかしい。数が増えているだけじゃなく、統率が取れている」
「統率?」
「ケノは本来、ただ人間を襲うだけだ。考えて動くことはない。でも最近は違う。群れで動いて、特定の場所を狙っている」
「ノームが直接動かしてるってこと?」とユズキが真顔で聞いた。
「可能性が高い」
沈黙が落ちた。
俺にはまだわからないことだらけだった。ノームとは何なのか。なぜケノが増えているのか。なぜ俺がこの世界にいるのか。
でも一つだけわかることがあった。
ここにいる人間達は、それでも戦い続けている。
「俺も戦います」
気がついたら口に出ていた。ソウイチが俺を見る。
「理由は」
「まだはっきりとはわからないですけど——この世界を、元に戻したい」
ソウイチはしばらく俺を見ていた。それからゆっくり頷いた。
「歓迎する、ハヤト」
その時、扉が開いた。
音もなく、静かに。
入ってきた男は、俺達を一瞥してからテーブルの端に腰を下ろした。長い髪に背が高くて、細い。年は俺と同じぐらいに見える。表情がほとんどない。
「レン、戻ってたんだ」とユズキが言う。
男——レンは短く頷いてから、俺を見た。
「新入り?」
「ハヤト」
「レン」
それだけだった。それ以上でも以下でもない。
俺はなぜかそれがひどく落ち着いた。




