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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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陶興房 柱石 第八章

 船岡山での戦いに大いに貢献した大内家。しかしこれを興房は素直に喜べなかった。それはこの先のことを懸念するがゆえのことである。

 船岡山での戦いで一応義材と義澄の戦いに決着はついた形になる。当面の脅威も消え去ったことで大内家では帰国への機運が高まった。

 興房はむろん帰国に賛成の立場である。

「事後処理が終わりましたら速やかに帰国しましょう。何なら私は先発して周防に入っておきましょうか」

 これに対して義興は意外なほど消極的な対応を見せた。

「そんな早く帰国しなくてもよいのではないか。まだ澄元殿の勢力は残っている。これをどうにかしてからでも良いのではないか」

 この消極的な姿勢に興房は疑問を覚えた。戦いの前には帰国に前向きだったはずである。

「いったいどうしたのですか? 」

 興房が素直に尋ねると義興はしどろもどろ答えた。

「いや、実は朝廷からこれからも京の守りを堅固にしてほしいとの内意があってな。それは正直無視できぬしな」

「何と…… しかしそれこそ義材様達幕府で成し遂げてもらわねければ」

「それもそうなのだがな。だがどうも朝廷は義材様のことを信頼されておられないのだ」

 これについては興房も理解せざる負えない。そもそも幕府と朝廷は微妙な関係であったのだが、義材と義澄の将軍の座を巡る争いによりその信頼は地に落ちていた。そこで朝廷としては強大な軍事力を持ちかつ朝廷への敬意も忘れない義興に目を付けたということなのだろう。

「朝廷の意向は無下にできない。先だってのこともあって都の守りを我らに期待されておるのだ。それは光栄なことだろう」

「それはそうです。しかしこれ以上、京にとどまるのは家を傾けまする」

「それはそうなのだがなぁ。しかし一応そこについて考えはある。以前より義材様に明との貿易の権利を我が大内家に独占させてもらうように頼んでいるのだ」

「それは聞き及んでおります。しかし高国様が反対されているとか」

「明との貿易について以前は細川家も関わっていたからな。それを独占させろという我らの言い分に怒るのも無理はない」

「でしょうね」

「だが我らは先だっての戦での武功がある。そこは飲み込まざる負えないはずだ」

「だといいのですが」

 自信満々に言う義興。しかし興房の不安は消えない。


 事後処理もあり義興達はまたも京で年を越すことになった。年を開けてからも義興は管領代としての職務や京の治安警護などの仕事に没頭する。興房はそれを支えつつ大内家の重臣として働いていた。そしてこの時の興房を大いに悩ませていたのは石見や安芸の領主たちの帰国嘆願である。

 この時点で領主たちを動員してから四年程経っている。多くの領主たちが在京の費用捻出に苦しんでいた。それは興房も分かっているのだが、大内家の強大な軍勢の一部を構成する領主たちを返すわけにもいかない。

「皆の言いたいことは分かる。われらも貴殿らが在京できるよう費用は捻出するつもりだ。だから耐えてほしい」

 興房は一人一人の領主に頭を下げて回った。これまでならそれでしぶしぶ納得してくれていたのだがこの時は違った。

 毛利興元の下に頭を下げに行ったとき、志道広良はこう興房に言った。

「もはや義澄様は亡く澄元様も領国に逃れられた。われらが在京する理由もありますまい」

 広良は相変わらずの人の好い表情で、しかし淡々と言った。これには興房も黙るしかない。興房も以前広良の「澄元たちを追い払えれば京にとどまる必要はない」という言葉に同意したことも覚えている。それゆえに黙るしかなかった。

 この時興房は必死に頭を下げて弁明してその場をやり過ごした。尤もやり過ごしただけだからこの先どうなるのかわからないのである。

「義興様と話しこの先のことをどうにかせねば」

 興房の本心は領主たちと同様に帰国を望んでいる。おそらくは広良もそこら辺を理解してくれているのだろう。ゆえに決裂までには至らなかったのだ。とはいえこの先もそう成るとは思えない。そうなると領主たちと大内家の信頼関係の破綻にもつながりかねなかった。それだけは防がねばならない。そう考えて義興と先のことを協議しようと考えた矢先、驚くべき報せが入った。

「興房様。一大事です」

 慌てた様子で駆け込んできた家臣の姿を見て、興房の背中に悪寒が走った。

「何があった」

「尼子家の方々がいつの間にやら京を出て帰国されたようです」

「何だと…… 」

 愕然とする興房。尼子経久の独断の帰国。これが後々まで大内家を苦しめる事態を起こす。それを興房は漠然と感じ取った。


 経久帰国の報を聞いた義興の反応は驚くほど薄いものであった。

「別に構わん。放っておけ」

 これには興房もさすがに異を唱える。

「我らの許しも得ず勝手なふるまいをしたのです。これを放っておけばどのような影響が出ることか」

「お前の言うことは分からないではない。だがどうするつもりなのだ? 」

 こう言われて興房は言葉に詰まった。確かに勝手に帰ったことに対してどうすることもできないのである。経久の立場は大内家家臣ではなく、義材の上洛に賛同した領主の一人ということであった。ただその際に義興の指揮下に入っただけであり主従関係にはないのである。そしてこの件を理由として尼子家を攻めるというのも無理な話であった。大義名分としては余りにも弱い。何より同様に帰国を望んでいる安芸や石見の領主たちに不信感を与えかねなかった。

 そうした事情は興房にもわかる。だが興房は経久を野放しにするようなことだけは避けたかったのだ。

「正直に申し上げます。ほかの者ならともかく尼子経久が帰国するというのが私にはとても不吉なことに思えるのです」

 興房から見た尼子経久は油断のならない野心家である。いずれは大内家の脅威になるのではないだろうか。そんな懸念がずっとあったのだ。

 一方の義興はそんな興房を不思議そうに見ている。義興からしてみればそこまで警戒する相手なのかという疑問もあった。

「あの者が相当の食わせ物だということは儂にもわかる。しかし出雲の守護代が儂らの相手になるのか? 」

 こう言われて再び言葉に詰まる興房。実際の所直にあった故に感じる不安しか経久への懸念はないのである。だがそれを論理的に説得できないのだ。

 ただ幸いなことにこの主従の信頼関係は強い。義興は押し黙った興房を見て少しばかり経久への警戒を持った。

「分かった。ここからでもできることは手を尽くそう。ほかの者たちにも尼子を警戒するようにはいっておく。義材様にもそれとなく伝えておこう」

「ありがとうございます」

 義興の返答に胸をなでおろす興房。だがこの後経久の帰国をきっかけに大内家とそれを取り巻く状況にひずみが出来てしまうのである。


 船岡山での戦いの翌年、義興は朝廷から従三位の位を与えられた。これは武士としては相当の高位である。朝廷の大内家、ひいては義興への信頼と期待の表れであった。

 これに義興はむろん喜んだ。しかし一方で複雑な心境でもある。与えられた翌日、義興は興房を呼び出して悩みを打ち明けた。

「此度従三位の位を授かったのは光栄だ。しかしこれでますます帰国できなくなるな」

 朝廷としてはこれで義興を引き留めようということである。しかし義興の内心には帰国の願望があった。経久のことは別にしてもやはり長期間本国を留守にしていることには不安がある。大友家だっていつまた敵対するかは分からないのだ。

 興房は義興の心情を素直に聞いた。その上で聞き及んでいる別のことについても義興に尋ねる。

「義材様は此度のことを快く思っておられないとか」

「ああ…… 」

 義興は肩を落として言った。じつは義材が義興に高位を与えることに反対していたのである。従三位というのは将軍に次ぐ高位であった。だがだからと言って反対するというのに興房は得心できない理由があった。

「しかしなぜ義材様は反対されたのですか? 従三位と言えば高位ではありますが、管領や幕府に近しい大名たちが与えられるもの。義興様が就かれるのは不思議ではないのでは? 」

 実際興房の言う通りのことである。だがこれについて義興は思い当たる節があった。

「おそらく義材様は己の働きかけで朝廷が動くのならばよいということなのだろう。今回は朝廷が強く申し出てこうなった。ありがたいことだが義材様の面子をつぶしたことになる。儂とてうれしいがこのように軋轢を生みだしたのではなぁ」

「左様ですか。しかし先も申しあげたとおりのこともあって義材様も強硬には反対できなかったと」

「まあそう言うことだ。後はまあやはり高国殿も快く思っていないという噂もある」

「そうですか。まあそこはそうでしょうな」

 この時の高国の官位は義興よりも低い。管領である高国が管領代の義興より位が低いというのは、自尊心の強い高国には全く面白くないのであろう。それは興房もよくわかる。

 もっともこの時の興房の懸念はそこではない。

「義材様や高国様とのご関係気になるでしょうが、安芸や石見の衆との関係もお気にしていただけませぬか」

「何だ。また誰か帰ったのか」

「はい。安芸の毛利家をはじめ続々と帰り始めております」

「そうか。お前が頭を下げても止められぬか」

「はい。というか尼子家を黙って返した以上は何を言っても止まりますまい」

 毅然と言う興房。これには義興も黙るしかない。まったくもってその通りだからである。

「儂らもなんとか帰れるようにせぬとなぁ」

「ですが官位を授かった以上はすぐに京を出るわけにもいかないでしょう」

「ああ。こうなったら明との貿易についてだけでも儂らのものにせぬと元がとれぬ」

 もはや当初の目的から逸脱しかけている。主従二人とも自覚しているがどうにもしようがないのであった。


 大内家が在京する様になってさらに時が流れた永正十三年(一五一六)、ついに明との貿易に関する管理権限を恒久的なものにすることが出来た。しかしこれを手にした義興の表情は暗い。

「これを手にするためにかけた月日はいかほどであったか」

 この義興の質問に興房は冷ややかに答えた。

「およそ八年ですね」

「そうか。もうそれ程の時が流れたのか」

「はい。それほどの無駄な時が流れました」

 この興房の発言に義興は答えなかった。暴言ともとれる内容であったにもかかわらずである。それはこの主従二人の関係が良いものであると同時に、義興自身強く感じていたことでもあったからだ。

 興房は黙り込み気を落とす主人を慰めるように言った。

「何はともかく最低限の目的は果たせたのです。後は帰国するのみです」

「そうだな。もはや義材様や高国殿は俺の力を必要とはしておらん」

 義興が従三位を与えられて以来、義材や高国との関係も冷え込んでいた。そもそも両者とも宿敵との戦いに備えて義興の軍事力をあてにしていたのである。それがいまほとんどなくなった以上は二人の義興に対する感情にも変化は出る。その上で官位の上では自分たちに迫り始めた義興を警戒し遠ざけるのも、気位の高い二人の性格を考えれば無理もない話であった。

 尤もそれは義興にも興房にも好都合である。

「まあそれならば我らも気兼ねなく帰国できるというものです」

「そうだな。後は朝廷を納得させることが出来るかどうかだ」

「そこだけは問題ですね。まあ何とかなりましょう」

 そう安堵したようにつぶやく興房。一方の義興は何か物思いにふけっているようである。

「どうなされましたか? 」

 心配になった興房が義興に声をかける。すると義興は悲し気な笑みを見せて言った。

「いや。お前の言う通り、無駄な時をすごしたな、と」

 義興の声色には怒りはない。ただ悲しみがある。これに興房は何も言うことが出来ない。ただ悲しげで、大分老け込んだようにも疲れ切ったようにも見える主君の横顔を見つめることしかできなかった。


 将軍足利義材はこの時期に再び改名し義稙と名を変えました。初めが義材で次に義尹、最後は義稙と名を変えています。そして義材の宿敵である義澄も複数回名を変えています。何も知らないで見るとこの時期だけ将軍が乱立しているようにも見えなくもありません。仕方のないこととは言えややこしい限りです。

 さていよいよ帰国のめどが立った大内家主従。しかしその先に待つのは苦闘の連続となります。果たして興房は義興を支えられるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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