第二章 第三幕 ~ヒースが丘の招待~
第三幕 ~ヒースが丘の招待~
彼方の母親の運転する軽自動車が郊外に停車する。
遠くに霞む、学園都市。
対する、鬱蒼とした森に圧し潰されそうな僅かな空白に三人が降り立つ。
カジュアルにもフォーマルにもコスプレにも見えるお姫様風、がコンセプトの彼方。頭に金色のティアラ。
魔女っぽく、がコンセプトのダイアナ。頭には定番の小さな三角帽子。
かぼちゃのお化けに食べられた人、がコンセプトのA子。頭には黒いデフォルメしたコウモリの髪飾り。
「帰るときは連絡するのよ。ダイアナさん、英子さん。彼方のことよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「どうも」
ふたりが頭を下げると、車は軽快になだらかな傾斜を下がって街中に向って去ってゆく。
残された三人は……ただ啞然として、門を見上げていました。
「ひゃあ~~。恐ろしく古くて、物々しいな。これがヴィクトリア朝様式ってやつか?」
「さあ? この先が全部〈ブルーブラッド家〉の敷地で、この門はその区切り線として先々代が私費を投じて造らせたそうですけど……」
巨大な、古代ギリシャ遺跡めいた円柱が立ち、さらにその内側に上部が半円状の鉄製の門がある。
その門には、無数の薔薇が咲いていた。
「造花かと思ったら本物か。さすが、薔薇で財を成した家ってところだな」
「なぜか知りませんけど、この門って〈断罪の門〉が正式名称ですって」
「えっと……怖いかも……」
三人が顔を見合わせ、お互いに先を譲り合う光景が続く。
しかし、いくらここに立っていても埒が明かないと意を決して三人で手をつなぎ、最初の瞬間は目を閉じ、そのあとは一歩ずつそろそろと歩いてゆく。
門の下には昔枯れたらしい川の底の白い石がいくつも、砕かれた骨めいてさらされてあった。
足の下の感触が変わったので三人は半目でいたのをやめ、顔を上げました。
すると先程までの奇妙に押し迫って来るざわざわとした気配は去り、塵界を去った山奥の神社のような清浄な雰囲気に溢れた別天地に入っていたのでした。
三人は、お互いの腕を握り合いながら、周辺を見渡します。
「空気が変わったな。仕切り線一本踏み越えるだけで、こうも変わるものかな」
「酸素濃度まで変わったみたいに感じますの。オゾン層が煌めいていましてよ」
「ほんとに綺麗なところ……あ……」
彼方が最初にそれに気付き、そのあとすぐにふたりもそれを目に入れました。
いつの間にか、三人の前には一頭牽きの瀟洒な馬車が控えていたのです。
「お待ちしておりました。私は〈ブルーブラッド家〉にお仕えする者でございます。お館様の命を受け、今宵の『饗宴』に皆様をお迎えに参上いたしました」
あまりにも自然に風景に溶け込んで、まるで今しもそこに浮かび上がったかのように、絵本そのままの馬車と、筒状の帽子を被ったひざ丈までのコートに身を包んだ馭者が、慇懃なまでに礼を尽して三人を出迎えていたのです。
礼節を具え尽しながらもどこからどう見ても童話の住人の姿に、三人はあっけに取られていました。
しばらくして真っ先に彼方が我に返ります。
「あ、あの……私……」
とっさに、彼方は招待状を手にしましたが、それを持ったまま挙止を失って途惑ってしまっていました。
このような場合にどう振る舞うかは、常識に生きる彼方には持ち合わせていない知見だったのです。
と、それを軽く背後に隠すかのようにダイアナが気持ち斜め前に動きます。
「お初にお目にかかります。このたびはお招きに預かり恐縮至極に存じます。こちらは『ブルーブラッド卿』より招待状を賜られた――」
促されてほっとして、ようやく彼方は動けました。
「はい、巫彼方です」
「――そして、その付き添いの……」
「あ、天女英子……です」
堅苦しい作法に慣れていないA子も、何とか取り繕います。
「――及び、同じく付き添いの姫小路月妃と申します。以後良きご縁を賜りたく存じます」
「はい。承っております。一同、皆様のご尊来を心待ちにしております」
馭者が心を尽くした礼をして三人を馬車に促します。
ひとりずつ、半ばぽうっとして吸い込まれるように車上の人となりましたが、頭を下げたままの馭者の横を通った時、彼方だけが背筋にふっとひんやりとしたものを覚えてちらりとその横顔を見ましたが、石像のように淡くも深い陰になった男の表情までは読み解けませんでした。
馬車はそのままかたことと、整備された山道をゆっくり登ってゆくのでした。
馬車の中で小声で……
「しっかし、こーゆー時ってダイアナがいると楽だよな。なりきり系のコスプレやってるから何でも一瞬でこなせるし」
「ほんと、助かりました。私ひとりだったらどうしようかと……帰ろうかなって思ったし」
「ふふふのふ、なのですよ。私、今までタクシーなどに乗る時には〝これがお城からの迎えの馬車だったら……〟と思い描きながらうっとりと時を過ごしていたものですが、今日は正真正銘、貴族の馬車に乗れて心ここにあらずの雲の上の心持ちなのです。ああ、彼方さんに感謝しますの」
そう、感極まってうるうるしながら彼方の手を両手で包み込んでその目を見上げたものでした。
彼方はもちろん、どうしたものかと途惑っていましたが。
「大袈裟だな。ダイアナのその趣味で、大昔のあたしがどれだけお姫様ごっこに付き合わされたことか……。けど、たしかに今日は日常を外れた日だよな」
A子も頷きながら馬車の窓枠に肘をあてがうように外を見上げます。
背後に通り過ぎてゆく景色は、目的然とした防風林とさらにその遠くに霞む都市に美観として色を添える大きく枝をひろげる木々。ひるがえるとそれとは全く異なる様子を見せる尖った針葉樹林が荘厳なまでに辺りを埋め尽くしていました。
「〈ヒースが丘〉のヒースってどこだよ? 斜面が全部、その花だと思ってたけど、見えないよな? 葉っぱがとんがってるふつうの木だけだ」
「ヒースは荒れ地に分布する木ですのよ。実際の植物名よりも荒廃した地形を表す象徴的な名称らしいですけど」
「あ、だとしたらこの丘を登り詰めたところにヒース畑があるとか、でしょうか?」
「だと思いますの」
馭者は一心に前を向き、ほんの形式的に人の領域を切り取ったそれなりにきつい傾斜の林道の中を、かたかたと豪奢な馬車は登ってゆくのでした。




