第二章 第二幕 ~A子とダイアナ~
第二幕 ~A子とダイアナ~
学校が終わって、場所はファミレス。
ポテトやらを押しのけて、前のめりのダイアナとゆっくり身を乗り出すA子。中心に彼方。
「ほら、こうなっていますの」
「どれどれ……」
「あ……」
タブレットに映し出された『霧が森学園都市』周辺の地形。
ほぼ円形に形成された都市計画に則って整備された建造物。
それと対比して、地図の上に落ちてきたかのように円にめり込んでくるもうひとつの円。
「ここは〈ヒースが丘〉と呼ばれていましてよ」
「ヒース……って、何でしょうか?」
「ヨーロッパの荒れ地によく生えている植物ですって」
ここはダイアナも人ごとのようにのみ語ります。
「あの丘の上には古いお城みたいなお屋敷があって、そこの最初の主人が持って来たんですって」
「あ、あの……〈ブルーブラッド家〉の人が……」
「そりゃそうか。あの金髪は本物だ」
ふたりもそれぞれに頷いていました。
「ほら、見てください。丘の上は森になっていますでしょう? でも不思議なことに……」
「あ!」
「何だこりゃ?」
タブレットにはその部分だけ何も映っていない。あるいは、黒いもやがかかっていた。
「〝下界〟の人はこの森を、〈ふかしの森〉こと『パイパーズフォレスト』と呼んでいますの。〝ふかし〟はパイプをくゆらせることと〝見えない〟こととのダブルミーニングですって」
「知らなかったな。てゆーか、この家にとってはあたしら下界に住んでいるのか。お高くとまってやがるな。まあ、仕方なくもあるか。お城住まいだしなあ」
「私も知りませんでした」
ふたりはそれぞれに嘆息します。
「けど、何者だよ。お城を建てたなんて」
「どんな方なのですか?」
「ヴィクトリア朝時代にこちらに渡航された方が建てられたんですって」
「急に歴史の勉強になったな。いつだよ。あと、どこだよ」
「大英帝国! 時代は十九世紀後半! 歴史だったらほら、日英同盟の直前の頃でしょう?」
「説明されても今いちピンとこないな。ええと、英国から誰か来たんだな? あってる?」
「それを今説明していましてよ」
「スミマセン……」
きびしいふりをするダイアナと、なぜか恐縮するA子。
「この国の造園技術に惚れこんで渡海されたそうで、あちらの技法と混ぜて発展させ成功されたそうですの」
「だろうな」
「お城を建てるほど成功する努力って、すごいな~~」
「ええ。そのあとこちらの華族と姻戚関係を結ばれて、爵位を賜られたそうですの。たしか伯爵とか」
「華族って、昔の貴族みたいなものか。士族が武士の流れだよな。そこだけ歴史を覚えているけど、伯爵って聞いても何だかわからないな」
「お城と領地と領民を持っている貴族のことですって」
「ぴったりだな。たしかあそこって丘の上に田園が築かれてあって自活できるとか。滅多に降りてこないしなあ、あそこの住人って。だから、誰が住んでいるかなんてさっぱりだし」
「その、お城を建てた人が今もいらっしゃるのですか?」
「本国に帰国されたみたいですの。その後何代かあって、今の家督は若い世代が受け継がれているとか」
「話し好きの主婦みたいだよな、ダイアナって」
「A子は茶化さないの!」
「スミマセン」
「今は何をされているのですか?」
「果樹園とか。あとは薔薇園に力を入れているみたい。薔薇のエキスで香水をつくって、それがかなりの収入だとか。先々代の造園業も途絶えさせずに、迷路みたいになっていると聞きますけど」
「香水ってめちゃくちゃ高価だしな。けど、誰も見ていないし、見えもしないのによくも知った風に語れるよな」
「A子さん?」
「あ、一般論です」
「おふたりって仲良しさんで羨ましいな」
「えへへ。褒められて嬉しいな」
「まあ、幼なじみだしなあ」
妙なところに感心する彼方と、やたらと喜ぶふたり。
「あ、だとするとトワってハーフとかクォーターなのでしょうか?」
「さあ……。ほとんど〝下界〟と交流が無かったのでわからないみたい」
「〈霧が森〉自体が新興住宅地だしな」
「あ、ほんとだ」
「そのことですけど!」
急にダイアナがカナタに迫ります。
うろたえる彼方。抑えようとするA子。
「どのことだよ?」
「ご招待を受けましたでしょう? 個人的なことを詮索するのは礼儀知らずかもですけど、正式なお招きにはエスコートする人が要りましょう? 彼方さんって、どなたか特定の方はいらっしゃいますの?」
「え?」
少し固まった彼方が、しばらくして真っ赤になる。
「い、いません! 私、お付き合いとかそ-ゆーのは……」
「でしたら、ね! A子!」
「だから何が、『ね!』だよ。伝わってないぞ?」
「A子がタキシードでもお召しになって、彼方さんをエスコートされてはいかがってこと。その時に、こっそりあの執事さんのお写真をたくさん撮ってくださいな」
「何だそりゃ。彼方さん引いてるだろ。スミマセン。ダイアナって古い時代のコスプレとか大好きで、その流れで入れ込んでてさあ……」
「ふふふのふ。ふふふのふふ~~。私、執事には細かくてよ?」
「すごいと思います。あ、でももしかすると執事さんがトワといっしょにいたってことは、今のお城の所有者って……トワ?聞きなれない言葉だったけど、現館主って今のお屋敷の持ち主ってこと?」
「ああ~~! お若い方ですので考えもしませんでしたの。でも、きっとそうですの!」
「かもな。あの貫禄は、そこらにはいないな」
「……貫禄?」
彼方は少し異を唱えたい風でしたが黙っていました。
「でも素敵だな~~。誰でも眠る前のひと時に、考えますでしょう? ある日馬車に乗ったお城の使いが私を迎えに来ますの。別世界の出来事が、ほんとになる日が来るなんて」
「ええ。私も思いました。おとぎ話みたいって」
「まあ、なくもないよな。おままごとの世界だけどさ」
「ね! A子もそう思うでしょ? ある日フェニックスに牽かれた馬車に乗った若きファラオが迎えに来るとか」
「それは無い」
「でもでも、彼方さんはご招待をお受けするのでしょう? このような機会はめったにないことですし」
熱く語るダイアナ。
「どう……しようかなって……」
迷い中の彼方。
「ついさっきのことですし、そもそもなぜ私がお誘いを受けたのかさっぱりだし、あと、そこまで大きなお屋敷に招待されても御礼の品とか用意できないし……」
「あら。上流階級では、お茶会に招き招かれが日常なので、贈り物の交換などはそれなりの時を除いてあえて控えるものでしてよ?」
「え? そうなの? でも、ドレスコードとかもわからないし」
「ふふふのふ、ですのよ。彼方さん、ご招待はいつでしょう?」
「えっと……次の土曜日なので……十月の終りかと。あ、ハロウィンだ!」
「そう! ハロウィンの由来は昔のヨーロッパの季節の変わり目を祝うお祭りなので、きっとあのお城でも本格的なお祝い事を開くと思いますの。彼方さんはそれに招待されましたの」
「え? あたし、ずっとハロウィンって十一月一日だと思ってたぞ?」
「ヨーロッパのお祭りは全部、前夜祭が一番盛り上がると決まっていますの。クリスマスだってクリスマスイブニング、略してクリスマスイブが本番でしょ?」
「それもそうか。けど、ハロウィンだと何がどうなる?」
「本物の貴族を前にいくら着飾っても気後れしますけど、ハロウィンの余興でしたらコスプレっぽくすれば、何とかなりますの」
「お! 賢いな。それだったら多少外しても〝コスプレでーす〟で乗り切れるかも。彼方さんも、それだったらどうかな?」
「あ、はい。ハロウィンのお祭りに呼ばれたのでしたら……。でも、今から仮装の用意って難しいかも……」
「それは気にしない。うちのダイアナは親がデザイナーで本人もコスプレ衣装の製作が趣味だから貸倉庫を埋め尽くすほどある」
「ふふふのふ、ですのよ。いかようにもお見立ていたしますの」
「あ、ありがとうございます。でも……まだ行くとは……」
少し顔を下に傾ける彼方。
それに合わせてツインテールが前に揺れると、その右耳にティアドロップ型の〈ブラッドストーン〉のイヤリングが煌めく。
「あ!」
「あ!」
ふたり同時に目を奪われていました。
「おお、かっこいいな! 今の今まで気付かなかったけど、彼方さんのそのイヤリング。血みたいに赤くて妖しく光っててさ」
「そのような褒め方がありますか! でも、ほんとうにお美しい……」
A子はいきり立ち、ダイアナはうっとりし、彼方は途惑います。
「え? イヤリングって……私、してませんけど……」
慌てて両手で左右の耳を触っても、何も手に感触は無し。
ふたりも呆然とします。
A子は目をこすって「ありり? さっきたしかに見えたけど?」と、念入りに見返します。
「そうですわ。でも、今見ても何もありませんし、後ろの景色と混ざったのでしょうか?」
「光の加減かな? あとは、たまたま通行人の何かと重なったとか」
「……多分そうだと思います」
三者三様に首を捻りました。
「血みたいに赤くて、輝いていて……」
「ティアドロップ型でしたわ。金具は金細工の……」
「えっと、えっと……私、知りませんけど……」
彼方が困っているのを見て、机の下でダイアナがA子の膝を叩きます。
A子もその意を汲み取って、かすかに頷きます。
「まあ、急な誘いだし断るのももっともだよな。最近はハロウィンが大ごとになり過ぎて、ここらでも道路が封鎖されてたりするから、あたしらだけでする?」
「あら、それが良いかも。ぜひ、ごいっしょしませんか? 彼方さん!」
ふたりが妙な雰囲気にしてしまった詫びめいて身を乗り出すと、頷きつつも彼方は後ろに身を引き、考えます。
「あ、でも……」
窓の外に目をやると、乱立する高層建造物と対比して、窓の端にはたしかにそこだけ異様な木々にくるまれた高台が遥拝しえたのでした。
「せっかくのお招きですし……こんな機会は一生に一度かもなので……行ってみるのも悪くないかもって……」
「おお!」
「ぜひ、そうしましょう!」
ふたりはいっぺんに舞い上がり、彼方の手を取りました。
彼方が、いささかたじろぐほどの勢いをもって……
少し落ち着いたあと。
「もしよかったらだけど〈ブルーブラッド家〉の招待状ってやつ、見せてもらえないかな?」
「A子、偉い! 私も見たいと思っていましたの」
「あ、えっと、どうぞ。これです……」
彼方が差し出す招待状をまじまじと覗き込むふたり。
「すげー! この縁取りって印刷ではなくて凹凸がつくる陰影になってる。紙質も超上等だし、本格的だな」
「封蠟にあるのは〈ブルーブラッド家〉の紋章ですわ。〈血の薔薇〉ですの」
「あ、本物の薔薇も添えられてありました」
「ひゃあ。正式の招待って感じだな。ほんと、彼方さんって何をどうしたらこうなった? それこそ、お城のお姫様を助けたとか?」
「私も、何がどうしたらこうなっているのか……ですけど……」
「でも、そうと決まれば彼方さん!」
「はい」
「一度、うちにいらっしゃいませんか? 採寸したりしないと。A子も!」
「うぃ~~っす……って、あたしもかよ? 一枚の招待状で三人も行けるものかな?」
「お城のある貴族がその程度で揺らぎますか。敷地なんてうちの学園より大規模ですのよ?」
「それもそうか。貴族なんて人をもてなすのが役目みたいなものだしな。ひゃ~~〈ヒースが丘〉ってどんなだろ?」
「私、〈パイパーズフォレスト〉をこの目で拝見したくありますの」
「〈薔薇の迷路〉って入れるのかな……」
やはり三者三様、思いを巡らせていました。




