第二章 第一幕 ~初登校~ その2
「ええ、来月の文化祭についてですが……」
トワとメイドが立ち去ってしばらくして、先生は何も無かったかのように話しを再開し、しかし生徒たちは虚ろな目のままぼんやりと聞いていました。そのすぐあとのチャイムの音に「ああ、終わりですか……」と、他人事のように呟き先生が退室するのを見て、意外な身のこなしで先程のおっとりした子が立ち上がり、目を輝かせて「ほら、A子! 彼方さん!」と呼びながら、窓際に走って校庭を見おろしました。
「何があるって?」
A子と呼ばれた子はすっと立ち上がります。
「え……」
彼方もおどろきつつ、同時に立っていました。
そして呼ぶ声につられて、未だぼんやりしている他の生徒たちをすり抜けて、ふたりも窓の下を見てみました。
「え!? 何だあれ!」
「わぁ……馬車でしょうか?」
「ええ、そうだと思いましたの!」
校門には、時代錯誤なまでにも現実を疑うほどの格式張った本物の馬車が停まっていて、そこに先程のトワとメイドが立っていたのでした。
トワの前には、遠目でも恰幅の良さが見てとれる黒い礼服を纏った蝶ネクタイの人物が、トワに対する敬意を溢れかえらせつつ控えていました。
「うひゃあ~~。まさかあれって〝執事〟ってやつか? いるところにはいるものだな」
「ええ。ですが『執事‐バトラー』が屋敷を顧みずに近隣の往来をうろちょろしているはずもありませんので、『執事』であり同時に『従者‐ヴァレット』でもある方なのですわ」
「近所って、知ってるのか?」
「存じはしませんが、大体わかっていますの」
「あ……」
ふたりのやり取りをよそに、窓から顔を突き出して見ている三人を、校庭にいたメイドが目に留めて身体を彼方たちに向け、その場で作法に則った形の良い礼を流麗にこなし、それに気付いたトワが跳びはねるように彼方に手を振っていました。
三人も、何となくいっしょの動作で窓枠の上で会釈をしていました。
馬車が去ると、一斉に思い出したかのように息を吐き、三人で顔を見合わせて、何だか急に楽しくなって「うふふ」「ひゃあ」「あはっ」とお互いを見ていました。
そのまま、流れのままに彼方は自分の席に戻り、ふたりはその傍に立ちました。
「お伺いしてもよろしいかしら。巫さんは、あの方とお知り合いですの?」
おっとりした子がそれを覆す勢いをもって、前のめりに訊ねます。
「まあ待てよ。彼方さんも面喰ってるだろ? まずは自己紹介しようぜ? あたしは、天女英子な」
「あら、そうでした。私は姫小路月妃。〝月のお妃様〟と書いて〝ダイアナ〟と読みます。どうぞよろしくお願いしますの」
おっとりした子はぺこりと頭を下げます。
彼方もつられて頭を下げました。
茶髪の子が胸を張ります。
「あたしはA子って呼ばれてて……」
「ほんとは英子なの。でも英子って感じではないのでA子なの。なので彼方さんもA子でどうぞ」
喰い気味にダイアナが口を挟みます。
「それ通じないだろ……」
やれやれとした目のA子。
「あ、何となくわかります」
頷く彼方。
「え? わかるの?」
おどろくA子。
「ええ、何となくですけど」
「ダイアナがあたしのことをA子って呼ぶから、あたしもダイアナを〝D子〟って呼んでみたけど、全然定着しなかったんだよな」
「それは……ダイアナさんが〝D子〟っぽくなかったからだと思います」
「なるほど……って、どこがなるほどか知らないけどさ」
ダイアナは目を輝かせてふたりを交互に見遣りますが、何かに気付いたようにすっと割って入ります。
「彼方さんって、もしかしてA子に遠慮してますか? ほら、A子ってこんな格好してるけど、これってファッションで本気ではありませんのよ? この子、こう見えても全然怖くないの! ほら、こうして叩いても怒ったりしないの、ほらほら」
ダイアナは無造作にぺちぺちとA子の二の腕を叩きます。
「そりゃ、ダイアナだから怒らないんだよ! いくら非力でも、生後三ヵ月の仔猫の体あたりより少し強いくらいには痛いぞ?」
ダイアナは首を振ります。
「でも、怒らないの。ね?」
「何が、『ね?』だよ。はた迷惑な……。ああ、ダイアナのことは気にしなくて結構だな。あたしら幼なじみなので遠慮しないってだけで……痛てて……」
ダイアナは、さらに、丸めた手でぽんぽんと叩きます。
「ほら、怒らないの!」
「あの、わかりましたのでその辺りで……」
ふたりのよくわからないやり取りに困惑した彼方が止めに入ります。
「それで……」
ダイアナは、今度はおでこをぶつけるほどに近付けて彼方に迫ります。
「彼方さんって、あのトワさんと交流がある方なのでしょうか?」
「え? 全然! 今日初めて会った人です」
これも心底正直に伝えます。
「なので私も、何が何だか……。でも、ダイアナさんはご存知みたいな感じでしたけど」
「えっと……」
妙なところで考え込みます。
そして、まるで神託でも告げるかのように仰々しく語ります。
「私、閃きましたの!」
さらに一瞬の高揚状態が去ったのち、ふと頭の外に抜けかけていた知性を取り戻したかのようにダイアナが冷静に訊ねます。
「彼方さんは街外れの高台はわかりますか?」
「え? ええ。引っ越しの日に目に入りました。あ、もしかしてトワって……あの丘の上の敷地の……」
「〈ブルーブラッド家〉と聞いて気付きましたの! あの家でしたら存じていますのよ。だって、あれほどの名家ですし……」
その時、予鈴が聞こえました。
「ああん、せっかくお近づきになれた彼方さんともっとお話ししたいのに……そうだ。今日、うちにいらっしゃいませんか?」
ほんのり浮かれるダイアナ。
「え?」
急なことに途惑う彼方。
「待てよ。会ってすぐ距離を詰めようとするなよなあ。彼方さんが困るだろ」
極めて常識的なA子。
「でもでも、たくさんお話ししたいのに……」
「彼方さんってここに来たてだろ? どーゆーところにあたしらが集まるかとか案内しようか?」
「あ、それはぜひ、お願いします」
「ほらな。学校が終わったら三人でファミレスにでも行こうぜ、な!」
「はいはい! それ賛成! A子、偉い!」
「そりゃどうも」




