第一章 第四幕 ~復活~ 終幕 ~日曜日のケーキ~
第四幕 ~復活~
黄昏の街の十字路に、ゆらゆらといくつもの影が立っていた。
「そろそろだな」
見え隠れする影が呟く。
「めんどくせえことは、手っ取り早く済ましやがれってんだ」
尖った影が喚く。
「すべからくは、その世々のまつりごとはねんごろにすべきかな」
巨大な影が断ずる。
「早くお姉さまを目覚めさせるです!」「デス!」
ふたつの影が浮かれる。
十字路のそれぞれに、四体の影が――そのうちひとつはふたつにひとつに揺れながら――幽遠なままに立っていた。
「では、今回は僕が音頭を取らせてもらうよ」
最初の影が闇に溶け入る声で呟く。
どこにも異存は生まれない。
影の手が上がる。それに合わせて、他の手も上がった。
「ふふ……『私は視た。そこには四体の獣がいた』ってところかな」
「うむ。如何にもよな」
「けっ。何を戯れてやがる」
「四人ではなく五人です!」「デス!」
幼い声が飛ぶが、批難はそちらに飛び火する。
「けけ、どこがだよ。ふたりでひとりで沢山だ」
「む~~! ひどいのです!」「デス!」
「何でもよかろう。続けてくれ」
「了解したよ……。『私はさらに視た。すべての獣に羽ありき。羽の後ろにも前にも眼ありき。その獣らの絶えず唱え続けるは、聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな……』」
「うけけ、何だか楽しいな。それ、聖なるかなってか」
「聖なる言葉は三度唱えてこそだよ」
「かったるいな。それ――」
闇に聖句が三度唱和されて……
不意に大地が震動した。
十字路にひびが入り、その四方向すべてに割れていった。
地の底から風が吹き上がり、それらは混じり合い、うねり合い、黄昏の街を鬼哭啾々と、鬼すら痛嘆する如くに凄まじくも天地を轟かせた。
「ふう……今回も霊廟の蓋は、とどこおりなく開いたってことで……解散とゆこうか?」
「その通りよな。時の終りは即ち饗宴の開始に等しきものよ」
「けっ。面倒な奴が近付いているから、早く帰りたいってことだろ」
「賛成なのです!」「デス!」
影たちは揺れ、吹き巻く強風の中に消え隠れして、やがてすべて溶け去った。
第五幕 ~ケーキのゆくえ~
唐突に、空間がぐにゃりとたわんで、その子が現れたのでした。
「あっれ~~? お兄様、敗っけましたか~~?」
全体的に、白くも白まみれ、肌も色素が乏しい感じの少女でした。
サンタクロースを真っ白にしたような、ふわふわのノースリーブのコートにショートヘアの上の大きな真っ白な毛糸の帽子。ファッション性の高い大きめのヘッドフォンを首に掛け、幼い棒みたいな脚をシンプルなブーツが包んでいました。
その少女が乱雑に、街を構成していた名残りの破片が累積するいたるところが壊れかけのこの廃墟を、ポケットに両手を入れたままひょいひょいと、何も無いかのように歩いてくるのです。
その先に、仕方なさげに立って待っている御刀代は、少し気の毒な気配を漂わせていたのでした。
少女は、御刀代のかすかな懊悩と葛藤に目もくれず軽快に歩いていましたが、ゆく先にそれなりに大きな瓦礫が転がっているのを見て目をひそめます。そして何気なしに身体を後ろに傾けると、不自然なまでに斜めのまま少女は浮かび上がっていました。
まるで、見えざる何かがお姫様抱っこしているかのように、足場の悪い箇所をふわふわと運ばれたままやり過ごし、それを過ぎるとひょいっと降りては、再び両手を下にひろげてバランスを取るかのように、ひょいひょいとリズミカルに跳ねながら歩いていました。
その異様な存在が、通りすがりに『剣の部』『鏡の部』『珠の部』の横をするすると通り抜けてゆくも、誰ひとりとしてその子に反応せず、気付いているのかいないのか不明なまま、お互いが不干渉を守り合っていたのでした。
「ちっ……」
御刀代は銅剣を左手に持ち替え、人差し指と中指を揃えて残りを軽く丸めた祓いの『刀印』をもって、目の前の空間を斜めに切り裂きました。
途端、翳りゆく夕日に染まっていた街はのっぺりとした白黒モノトーンに姿を変え、そこには御刀代とその女の子しかいなくなっていたのです。
それすら気にもせず、ちょこんと足を揃えて下に降ろした手首を軽く外に跳ねさせ、見上げても御刀代の腰止まりの少女が、にぱっと両目を横倒しの三日月に変え、気持ち身体を傾けながら、愉悦に溢れてさあ茶化そうと覗き込むように見上げていました。
「お兄様だっさ~~! 敗けてやんの~~。超かっこ悪いの~~」
肩をすくめて、女の子をどうしたものかと見下ろす御刀代。
「『ヴァニラ』か……。なぜ、こんなところに? 今は取り込み中だぞ」
「お兄様のお役目の見学ですぅ~~♪あはぁ~~♪ほんと、ださださ~~。本家って、これで何連敗ですか~~?」
御刀代は目を閉じて首を振る。
「勝敗は、どちらにもないさ。お互いに死力を尽くしてやり合うことはない。我ら〈カムナガラ〉は、この国を陰から霊的に守護する任を仰せつかっている。それを外威に揺るがせにされて見過ごすことはできない。さりとて、全力でやり合っては被害が隠しきれない。そこで双方暗黙の裡に申し合わせての……この次第なのだよ」
「や~~な外交戦略みたいなの! ほ~んと、権謀術策ってやだやだ。ヴァニラがペリシテの貢ぎ物取立人をけしかけたら簡単だし~~」
「ほんとうに困るのだよ」
だだっ子をなだめるそのままに、御刀代は苦言を呈する。
「ヴァニラは我々の切り札なのだ。それがのこのこと動き廻られては迷惑だ」
「知らないし~~。聞く耳持たないし~~」
ヴァニラは、うすいミトンにくるまれた両手で形のみ耳を隠して身体全体を捩じって揺らします。
「聞こえませ~~ん!」
「……予約が半年先まで埋まっているパティスリーに顔が利くけど……連れていってやろうか?」
「行く! ヴァニラ行きます!」
目を輝かせて、御刀代をからかうことなど頭から消え去って跳びはねるヴァニラ。
「オレの口利きだからな? どうする?」
御刀代も、あいての程度に合わせていたずらっぽく交渉します。
「は~~い! お兄様、好き好き大好き~~♪」
「お調子者め……」
「あ~~何それ! べ、別にお兄様なんか頼らなくても自分で何とかするし!」
「どうかな? ヴァニラって、ひとりで電車にも乗れないだろ? オレが付き添わないとな」
「はぁ!?」
色素のうすい顔が真っ赤になる。
「乗れるし!? 予約とかふつうにできるし! お兄様なんて頼らなくてもひとりで何でもできるし!」
「わかったわかった。だったら予約はキャンセル……」
「や~だ~!」
御刀代の腕を引っ張ってぶんぶん振り廻す。
「パティスリー、連れてってください! お願いします!」
「正直でよろしい」
全くの荷物を背負わされて、不承不承御刀代は、状況を切り上げこの煩わしいが無下にはできない秘密兵器に向かい合っていました。
「ああ、そうだ。誰か見なかったか? ヴァニラの他にあとふたつ、夾雑物が結界を踏み越えて侵入してきたのだが、いくら時の移り変わりの時であれ、予想外過ぎてこちらも困惑しているのだが」
「いたよ? ヴァニラ見てたし」
あっけらかんと答えます。
「見ただと!? 何を見た? 我が部の民の鏡の遠見の術まで掻い潜った何者かだぞ」
「猫と女の子」
ぽんと口から転げ落ちます。
「ねえ、そんなことより早くケーキ~~!」
「それどころでは……」
「わかったし。ケーキ食べながら話すし~~」
「……仕方ないな。事後処理を済ませるので、しばし待っていろ」
「早くしてね、お兄様♪」
「うむ……」
再び刀印を切ると風景が黄昏の街に戻り、御刀代はその中に溶け込んでゆきました。
それを見送るかのように、黄昏の終幕の中には「♪ある朝私は目覚めたの~~」の軽やかな声が、遠ざかりつつもすぐ近くに聞こえていたのでした……
「ほら……動かないの。怖くないのよ……あと少し……」
彼方は廃墟の上に登ってしまった猫を追いかけて、自分もその上に乗っていました。
文化文明との係留を失った被造物は累卵の覚束なさで、その足の下はグラグラと揺れていたのです。
「もう少し……あ――」
その手の先が猫の毛並みに届いた瞬間、瓦礫が崩れ塀の上の卵の如き運命が稲妻のように彼方の上に降り立ったのでした。
猫は特に何も無く建物の破片だらけの道路に降り立ち、寂しげに横に投げ出された腕の周りをうろうろしながら長い声で鳴いていました。
「ふむ……良いものと悪いものとをひとつ時に見てしまったものじゃな」
猫が顔を上げると、ひょいっとそれを抱きかかえて、影の中の影が倒れ伏したるものに憐憫の眼差しを捧げたのです。
「お嬢様。いかがされましたか?」
黄昏の街に、さらにもうひとつ影が加わりました。
辺りはすっかり夕映えの時を過ぎ、闇がそのとばりを横溢し、何もかも黒く塗りつぶして威勢を誇っていた時でした。
その両者はされど、仔細を気にもせず、闇の中を自在に振る舞うのです。
「わらわの罪なのじゃ。されど、まだ間に合いそうなのじゃ。ペリカンの如くに我が胸を切り裂くべきかな、なのじゃ」
「お嬢様の御心のままに、でございましょう」
「ふむなのじゃ」
先に現れた影が膝をつき、彼方の口に息を吹き込み、そのあと耳をひと撫でし、そこにも何かを囁きました。
「では、あとはわたくしが……」
あとに現れた影が倒れた彼方を抱き上げて、顔を巡らせ「出口はあちらのようです」と先に立って歩いてゆきました。
終幕 ~日曜日のケーキ~
駅前ひろばの噴水横の白堊のおしゃれなあずま屋の中で、彼方は目を覚ましました。
いつの間にか駅前は賑わいを取り戻し、昼過ぎの天高く遠い秋はそのままでした。
「あれれ? 私……なぜこんなところに?」
首を捻っても、何も思い出せません。
きょろきょろと周りを見廻して、無意識に髪をかき上げた時、右手が何かにあたります。
「何だろ……これ……」
耳たぶに〈ブラッドストーン〉のイヤリングが輝いていたのですが、ふっと彼方の目の光が消え、すぐに戻るとそのことは頭から消え去り、変わって膝の上にあるものを見詰めていました。
膝の上には凝ったデザインのケーキの箱がちょこんと乗っていました。
彼方は首を捻りつつ、そこに印刷されていた文字を読みます。
「『un autre monde』……あ、これって半年先まで予約が埋まってるケーキ屋さんだ。……あれれ? でも、ここは無理だからやめたつもりだったのに……変だな? いつの間に……。あれ? カードが入ってる!」
そこには、達筆の手書きにて「巫彼方様」と、自分の名が記されたメッセージカードが添えられてありました。
ですが、彼方はいつまでも首を左右に揺らしていたのです。




