第五章 第一幕 ~Bランク聖騎士カナタ誕生!~ その2
「お待ちしておりました、お嬢様」
キャラメイクを終えた彼方がギルドの外に立つと、やはり慇懃なまでに畏まったハンスが上体を折り曲げ、入り口で出迎えてくれたのです。
「はい。ありがとうございます」
頷きつつふと周りを見ると、あちこちの姿が変わっていました。
「おう! お嬢さんは聖なる騎士ってところか? なかなか様になっているな」
すぐ前にいた銀月が自分の顎を撫でながら頷きます。
「はい! えっと、『パラディン』を選択しました! おすすめ装備はプレートアーマーだそうなので、それにしました」
「む? 髪の色まで変わっていないか?」
「はい。『設定』のところに『髪の色』があったので、あり得なさそうな黄緑色を選んでみたらこうなりました。これって、どうなっているのでしょうか?」
「さあてなあ。まあ、余興ってことで、そのようなものなのだろうな」
「このままだったらどうしましょう……」
彼方は首を捻って我が身を顧みます。
頭部は、毛髪の色が明度の高い黄緑色に変化して、かつツインテールが大きく膨れ上がったこと以外そのままでした。ただし、コスプレ用のティアラはいつの間にか消えていました。
上半身は首の前に宝玉が埋め込まれ、胸の中央に百合の花と槍の穂先を合わせた紋章の浮かぶ胸部鎧。
両肩は鈴蘭の花びらを二重に重ねたような唐草模様入りの肩あて。
腰の周りは極めて簡略化された小さな前掛けめいた草摺。
両手は籠手。
両脚は具足。
左手には先が細まった長い楯を持っていました。
鎧の基本色は銀色でしたが、なぜか光があたると淡いピンク色に輝く仕様となっていました。
「銀月さんは、えっと……『拳法使い』とかに見えますが……」
銀月は、全体的にはほぼそのままでしたが、両の拳だけナックルガードのある革のグローブを装備していました。上半身は無造作なままでしたが、腹部にベルト代わりにか数枚の大布を巻いて、よく見ると足先は草履でした。
「おう! オレは『炎の拳士』だな!」
ちから強く豪語すると、やおら気合を込めて「むんっ!」と左右の拳を交互に繰り出しました。
すると、その拳の周辺の空気が歪み、赤い炎が揺らめいたのです。
「わ! ぴったりです!」
彼方は、楯を腰に立て掛けて、両手で拍手しました。
「けけっ。女の着替えと買い物は長いんだよな」
不意に、空中で座禅を組んだまま逆立ちした黒夜叉が、彼方の頭の先に自分の頭の先を合わせるかのように真上に浮かんでいました。
「え? きゃ!? あ、黒夜叉さん?」
さすがに彼方も、のけ反ります。
「殿下? どなたに対しても目の毒なお姿を最も見えにくいところに吊るされるのは大変殊勝なお心掛けですが、どうせでしたら地球十個分ほど昇ってくださいますと、誰もがしあわせですが?」
姿勢を崩した彼方を支えながら、クレアが黒夜叉を見上げて別れを惜しむかのように左右に手を振ります。
「おう! 月までの昇り方を教えてくれたらとっとと行って来るぜ! 何だったら証拠に月のウサギとダンスしてくるかな」
「のう水蓮。夜叉の字が月までのゆき方を知りたいそうだぞ」
だらけて浮かぶ黒夜叉を眺めていた銀月が、水蓮に向って砕けた声を掛けます。
ふわりと立った水蓮が、こちらも輪を掛けて楽し気に上を見ます。
「そうだな。まず早起きして草を伝う朝露を集めることだよ。それを全身に振りかけて朝日を待つとあら不思議、蒸気といっしょにゆらりゆらりと月旅行としゃれこむことができるだろうさ」
「お聞きになりましたか殿下? とっとと月まで行って来てください。あ、お土産は月の石で結構です」
「やなこった!」
黒夜叉は振り子のように揺れていました。
全体的に格好は前のものに近かったのですが、襟も袖口も革靴も、何もかもが尖って大きくなっていて、後ろの襟はふたつに割れたマントみたいに背中になびいていました。
「あの……黒夜叉さんのクラスって何なのでしょうか? あと……いくらハロウィンの余興でも……どうやって浮いているのですか?」
彼方は〈ブルーブラッド家〉同士の戯れごとよりも、目の前の異常に目を奪われていました。
「殿下は、いつだって浮いているのです」
ふらふらしている黒夜叉に代わってクレアが答えます。
「あと、『悪魔使い』だそうです。まあ、殿下そのものと大して変わりはありませんが」
「けけっ! そーゆーこった!」
浮かんでいる黒夜叉が身を翻すと、今まで黒夜叉がいた場所にうっすらと黒夜叉が残っていました。すっと、身体を動かすと、ぞろりと自分自身が残るのです。
「え? ええ?」
彼方ひとりが仰天していました。
次に、急激に扇をひろげるかのように黒夜叉の姿が無限にずれてゆき、そのあと末端から消えてゆき、気が付くと点に見えるほど遠くまで飛んで行ってしまっていました。
「い、今のって……」
彼方が大混乱していますと、ふと背後にトワが立っていました。
「どうも彼方は、『異世界』の作法を感得し受け入れることが為し切れてはおらぬようじゃな」
「え?」
振り返ると、急接近したトワが彼方のおでこに自分のそれをあてて、その唇の前で自分の唇を動かして「ここは異世界なのじゃぞ? ローマにありてはローマ人の如くに振舞うのじゃ」と囁きました。
彼方とトワの目と目がまっすぐに合います。
すると彼方の目が一瞬ぽわんとして、半開きになり、閉じ、目を開けると一層煌めいて、何となく頷きました。
「うむ。それでよいのじゃ」
彼方の後ろに廻って、トワも嬉しそうに頷くのでした。
「えっと……」
あてもなく景色の上を滑っていった彼方の目は、黒い服の上にさらにだぼっとした裾の長い外套めいた服を纏い、読めない記号が連なった細長い長方形の白と黒のニ色の布を下げた先端が膨らんだ木製の杖をたずさえた、真っ黒尽くめの水蓮に止まります。
「水蓮さんは、何のクラスですか?」
「僕は『ダークプリースト』さ。サポートに廻るつもりなので、よろしく。戦闘面では期待しないこと」
「あ、はい……」
何の宣言なのかわからない彼方は、とりあえず頷いていました。




