第四章 第三幕 ~異世界RPGルールブック~ その2
しばらくの間、彼方は本を持って呆然として立ち尽くしていました。
やがて、黄金色の雲が去ると、景色は今まで通りのどこかの風景に戻っていました。
はっとして、彼方はそばに佇んでいたトワに勢い込んで訊ねます。
「今の……演出も……その――〝ハロウィンの余興〟のひとつ?」
「うむなのじゃ」
トワは大きく頷きます。
「これは……?」
彼方は手の中にふわりと収まった、今も金色の輝きを残したままの大き目な本をトワに見せます。
「それについては、水蓮兄ぃの領分なのじゃ。水蓮兄ぃに教わるのじゃな」
「え? あ、はい……」
彼方は向きを変え、水蓮に訊ねます。
「今日って、何をする集まりなのでしょうか? この本は一体……」
彼方は、その表題。特に『RPG』に目を留めながら首を捻りました。
水蓮は、線が細いままにおだやかに頷きます。
「彼方さんは――『RPG』についてどのような感想をお持ちでしょうか?」
ふわりと、予想もしなかったことを訊かれて彼方は一時停止します。
「えっと……よくは存じませんが……奇妙なコスプレをした人たちが集団となって森とかお城とかを冒険するゲーム……でしょうか?」
水蓮はにこやかに、かつ感心した風に頷きます。
「ええ、その解釈で結構です」
「……あ!」
今頃気付いて彼方ははっとしました。
「奇妙なコスプレ……」
見廻すと、ゴシック様式のトワが目に入りました。
「集団……」
そのトワを筆頭に、それぞれが目に映ります。
「森……お城……」
森はそこら中にありました。お城は……あれほどのものがどこに隠れたのか見えなくなっていましたが、たしかにほんの少し前まではこれ以上ないほどの、そびえ立つ古式ゆかしい複数の形式を混ぜ合わせた奇怪な城めいた屋敷があったはずです。
「もしかして……今回のハロウィンの〈饗宴〉って、ここで『RPG』を執り行うことでしょうか?」
「その通りですよ。一般にはコンピュータ上で実演するコンピュータRPGが主流ですが、本来の『RPG』とは機械を介さず、人と人とのやり取りによって成立するパーティーゲームのことでした。なのでか、『RPG』を行う集団のことを、今でも〝パーティ〟と呼称します」
「あ、えっと、もしかすると今の私たちのこの状態が……〝RPGのパーティ〟なのでしょうか?」
「ええ、そう呼んでさしつかえないと思いますよ」
水蓮は、温容なままに頷きます。
「その由来を踏まえ、以降『RPG』とはアナログタイプの古典的RPGのこととします。さて、『RPG』には様々なプレイスタイルがありますが、今回のこれはひとりずつがキャラを受け持ってプレイする様子を実演する『ライブRPG』と呼ばれるスタイルに近いものです」
「〝ライブ〟って……本人がゲームに参加するアスレチックとかオリエンテーリングみたいなものでしょうか? それか、アミューズメントパークにある映画とかに入り込む系のアトラクションみたいなもの? ではなくて、推理物好きが船とかに集められて謎解きゲームをする、みたいな?」
水蓮は、そのひとつずつに感嘆するかのように頷き続けました。
「ええ。それらすべてを合わせたものと捉えられてよろしいかと。『RPG』とは、演ずる人間の数だけ無限の可能性を秘めているのです。わかりにくければ〝設定強めのコスプレイヤーが、その設定通りに振る舞えるかどうかを競うゲーム〟と思ってください」
「あ、はい……」
頷いてはみたものの、わからないことだらけでした。
『ハロウィン』として招かれていたので、その余興でしたらいくらでも参加するつもりではありましたが、あまりにも予想外過ぎて自分の上限を超えていました。
けど、何となく今まで体験したことの無い〝楽しそうなこと〟らしいとは思えます。
なので、興味は湧き上がっていました。
何より、ここまでお膳立てしてもらって誘われては、嬉しくもなります。
ですがそれよりもまず、〝でも、ハロウィンのイベントにここまで手を掛けるなんて、さすがお城みたいな家に住んでいるだけのことはあるなあ〟と、こっそり感心してもいましたが。
「わ、わかりました! せっかくのご招待なので、及ばずながら私も『RPG』?を楽しませていただきます……あれ?」
決意表明中の彼方が途中で止まって首を捻ります。
水蓮も合わせて首を微妙に傾けます。
「どうかしましたか?」
「あの、ゲームでも競争でもルールがありますけど、私『RPG』のルールを知りませんけど」
「ルールは、それですよ」
水蓮が、彼方の手の中の輝く本を見ます。
「え? これって……これが『RPG』のルールブックですか? あ、ほんとだ。『異世界RPGルールブック』って書いてあります。でも、降ってきましたけど?」
「まあ、滅多には降ってこないものですけど、今日はたまたまですよ」
「……えっと、ハロウィンだからでしょうか?」
「まあ、そうかもしれません」
「それで、そもそも『RPG』って何をするものですか?」
「簡単ですよ。誰でも何かになりたがるでしょう? ヒーローごっことかお姫様ごっことか。それらは名乗ったもの勝ちの自由な楽しみですが、そこに演劇論と高度なゲーム性を融合させたのが『RPG』なのです。要するに『ルールのあるごっこ』が『RPG』のすべてです」
「それって、つまりどうしたら勝ちなのでしょうか?」
水蓮は胸奥に輝く信念に従って、大きく首を振ります。
「『RPG』に勝敗は無いよ。ただひとつあるとしたら、全員で楽しむことかな」
「不思議なゲームです……」
「やってみれば、すぐわかりますよ」
「は……い……」
彼方は首を傾けつつ、何となく頷きました。




