第四章 第二幕 ~異世界の扉開く時~ その2
「改めて――改めるまでもないかもじゃが、自己紹介をば致すのじゃ」
トワが傲然とするまでに、この歴々の中央に立って宣言しました。
両脇では、執事とメイドが目を伏せつつ頷きます。
「では、まずは銀月兄ぃなのじゃ」
ずいっと前に現れたのは、着慣れた武道着を纏った、全身にエネルギーを溢れさせながらもそれを静謐なまでに抑え込む大男でした。
「オレだな。よう! お嬢さん。ちょいとひと間の久しさだな。『銀月』だ。今日はトワのわがままに巻き込まれて災難だが、まあ余興として楽しんでもらえたら何よりだ。よろしくな」
磊落なまでに、巨大な岩がそのまま語ってくるかのようにおおらかに銀月が、がっしりとした膂力に溢れる右腕を上げました。
「あ、はい。こちらこそ、今日はお招きに預かり感謝します」
彼方も、お辞儀をしました。
「ふむふむ。銀月兄ぃを知っておったのじゃな」
「ええ、拳法の練習みたいなのをされていました」
「うむ。銀月兄ぃは世のことわりをその身に再現せむと試みておるのじゃな。次は……」
「まどろっこしいんだよ、とっとと済ませようぜ!」
ひょいっと宙から湧き上がったかのように身体をぴったりと包み込むピエロめいた黒一色の胸元のあいた革服に、部分的にシルバーアクセサリーをじゃらつかせて、やはりどうにも目を見開き過ぎて三白眼の『黒夜叉』が、せわしなさげに彼方に顔を近付けました。
「ひゃっ!」
さりげなくメイドが間に入って事なきを得ましたが、彼方はしばし礼儀もかなぐり捨てて後ろに下がっていました。
「オレ様は次男坊の『黒夜叉』……って、まあさっき会ってるし今さらだな。あんたは鬱陶しくないから気に入ったよ。気の毒だけどな」
「はいはい。殿下はそれ以上お口をお開きになることをお控えください。はた迷惑にも甚だしいので」
「けけけ。全くだ」
メイドが彼方の前に立ちますが黒夜叉はさらりとそれを受け流して、頭の後ろで手を組みながらひょいひょいと跳びはねる格好で下がりました。
「おお、黒夜叉兄ぃにも面通し済みじゃったか」
「ええ。あの……サーカスみたいなことをされていました」
「ふわふわと、取りとめのない兄なのじゃが、よしなにな」
「はい」
「続けて……こたびの〈饗宴〉の趣向は、これなる『水蓮』兄ぃの提案によるものなのじゃ」
「あ、これって水蓮さんが……」
「ほう。水蓮兄ぃにも会っておったのじゃな」
「あとは僕が――」
これ程の明々白々な天日にさらされても、どこにいたのか空気にでも溶け込んでいた水蓮が、ひょいっと彼方の前にシーツを被ったような正体不明の民族衣装めいたものを纏った身体を滑り込ませました。
日の下で見るとさらに際立つ腺病質めいた青白い顔は、前髪で半分がた隠れ、頽廃の気配を漂わせていました。
水蓮は、そうして色合いのはっきりしない瞳で、じっと彼方を見詰めます。彼方は細かく揺れる妙に質感に乏しい霞んだ目に見られて目のやりどころに困っていましたがそれも一瞬のこと、水蓮の目は温かい眼差しに変りました。
「あなたは――きっとこちら側の人間だと思いましたよ」
「え……」
水蓮のさらりとした声に、彼方は途惑います。
「こちら側って……どちら側でしょう……」
「すぐにわかりますよ」
「……?はい……」
彼方は頭の上に〝疑問符〟をたくさん浮かべてぼんやりしていました。
「さて、次は流れではわらわなのじゃが、今さらじゃな?」
「え? え? え?」
彼方は激しくかぶりを振ります。
「先日教室でお会いしただけで、何も知らないようなものですけど?」
「そうじゃったかのう?」
首を捻ると、横でメイドも頷きます。
「巫様にとってはトワ様は、ほぼ初対面のようなものです」
「では、わらわも名乗るのじゃ」
ざっと、執事とメイドが後ろに控えます。
トワは、赤と黒のゴシック様式のドレスを纏い、露顕した肩口と首筋に生の薔薇をあしらい、裾の長いスカートを翻していました。
何よりその髪は、先に学校で会った時より一段と色鮮やかにゆるやかに艶美に腰のあたりまで流れてはひろがり、金髪でありながら太陽光のあたる部分は朱に赤に、燃え上がっていました。
「我こそは〈ブルーアイズ・ブルーブラッド家〉の現館主、トワなのじゃ。そなたの猫を救わんとした献身の振る舞いに心打たれたのじゃな。重ねて、以後よしなに願い奉るものなのじゃ」
「……ね……こ……?」
彼方はじっと黙り込み、顎先に手を添え、首を傾けます。
「あれ? 猫……猫……私、さっきまで猫を追い掛けていたような……」
今さらながら辺りを見渡したところで、猫の影ひとつありはしませんでした。
トワは何も気にしないかのように続けます。
「ゆえに、親睦をうるべく今宵の〈饗宴〉の儀に招かせていただいた次第なのじゃな」
「えっと……」
彼方は遠慮気味にトワを見詰めます。
「さっきからよく聞く〈饗宴〉って何でしょうか? 見たところ何も無いような……」
「すぐにわかるのじゃ」
「……はい……」
首を傾けながらも、彼方は頷きました。
「では、取りは継承第五位の『灰神楽』なのじゃ」
「はいです!」「デス!」
紹介されるまでわくわくしながらじっと耐えていた灰神楽たちは、大喜びで跳び上がって左右から彼方にぶら下がりました。
そうしてよく見ると、ふたりは左右に立った時に一番見映えが良くなるように、ほぼ同じデザインの服でありながら、頭部の大きなリボンは左右対称に、白カグラのそれは僅かに右に傾き、黒カグラのそれはそれと同じ角度で左に傾き、首元のこちらもさらに大きなリボンは色を白黒入れ替えて、人形が着る服をそのまま大きくして着込んだかのような、幼い頃以外はとても着こなせない極端な可愛さで、かつそれをわきまえて左右に揺れていました。
「『灰神楽』なのです!」「デス!」
愛嬌と人懐っこさを溢れさせて彼方の手を引く灰神楽たちでしたが、それでも自分の知っていることはすべて彼方も知っていると思い込んでいるかのように、紹介はあっさりとしていました。
「あの、今さらですけど……」
もじもじしながら彼方は、訊きにくそうに水を向けます。
「おふたりって……どのようにお呼びすればよろしいのでしょうか?」
それを聞いて、有頂天の極みに達したふたりはぴょこぴょこ跳ね廻り、くるくる回転してスカートをふたつの逆廻りの回転円に変えました。
「ふたりで灰神楽なのです!」「デス!」
「え……あの……はい……わかりました」
彼方は、どうにもこの世には受け入れるしかないことがあることを悟り、自分の不明こそ羞じるべきかのように頭を下げました。
「よいな。この五人が〈ブルーアイズ・ブルーブラッド家〉の正統の系譜を継ぐ者であり、わらわはその中の嫡嗣の座にあるものなのじゃ」
ざっ……と――
鋭い風が青草の上を走ってゆきました。
細い草が、逆撫でに地を這ってそのまま天に向ってスロープを駆け上ってゆきます。
その、風に浄められた舞台の上で〈ブルーブラッド家〉の面々は誇らしげに胸を張り、佇立していたのです。
その中で、彼方のみ一瞬草の舞いにたじろぎ、右手の甲で目の上を抑えていました。
目を開けると、整然とした様子に戻っていて、トワの左右には執事とメイドとが畏まって控えていました。
「このふたりは、わらわとこの家とに仕える者たちなのじゃ。わらわに仕えるとは即ち、彼方に仕えるのと同じことなのじゃ。遠慮仮借なく、頼ってよいのじゃ」
「え? あ、はい。どうも……」
彼方はどうにも身に余る扱いに慣れずに、強くは頷けずにいました。
それをゆるやかに受け、双方いずれも僅かに身を傾けます。
一瞬の後――
ふっと練達の呼吸を受けメイドが整っている姿勢をさらに正しました。
「では、僭越ながらまずはわたくしが……」
メイドが膝をかすかに曲げ、礼儀に叶った仕草をします。
つられて、彼方も同じ礼を返します。
「わたくしは〈ブルーブラッド家〉のメイド長を承る、シンクレアと申します。趣味はスイーツづくりです。どうぞ、クレアとお呼びください」
「はい。クレアさん。こちらこそよろしくお願いします」
彼方は、にこやかに返しました。
メイドが下がって軽く首の動きで促すと、変わって紳士が謹厳をその姿にそっくり移し替えた立ち姿で威儀を表し、あらゆる誇りを威風に変えて、されど控えめに名乗りを上げたのです。
「わたくしは〈ブルーブラッド家〉の家令、執事、及びトワ様の従者を拝命つかまつるハンス・シュタイナーと申します」
美しいまでに形よく頭を下げながら、それが戻った時その表情には、はち切れんほどの喜悦が――誇りが溢れていました。
ハンスが、意識すらせずに胸を張ったのです。
それと同時に、礼服の中の肉と肉とが、倍にも膨れ上がり、破裂しそうなまでに盛り上がっていました。
「趣味は筋肉です。どうぞ『でかい! 切れてる! 大胸筋がチョモランマ!』とお呼びください」
ロマンスグレーの佇まいは一糸乱れず、ハンスは熱く、彼方に訴えました。
「はい。ハンスさん。どうぞよろしくお願いします」
彼方は、やんわりと受け流しました。
軽くいなされてしまったハンスでしたが明朗さは失わず、されどパンプアップの名残りは、礼服の下でぴくぴく揺れていました。




