第四章 第二幕 ~異世界の扉開く時~ その1
第二幕 ~異世界の扉開く時~
「トワ!」
円形劇場を独唱台として――
すべての巨大立石を音響効果の道具立てとして――
あらゆる世界が消え去り、今ここに、その〝呼び声〟しか存在しないかのように彼方の声が天地に轟きました。
一斉に、ストーンサークルの上にいた影と影とが彼方を見ました。
それこそ、柩の中のトワさえも……
すると、その声に合わせて天と地とが揺らぎ、いつしか廻転しつつあったのです。
上に立ち込めていた木々の立ち昇らせる黒い煙と、下に澱んでいた薔薇のくゆらせるうす桃色の香気とが、捩れて蠢いて撓んで軋んで戦慄いて…………混じらずに交じり合って無限の積層を成して、次第に上も下も近くも遠くもありとあらゆるすべてを呑み込んで、包み込んでいました。
彼方は……そのめくるめくこの世の変遷に抗い得ず、いつしか気を失ってしまっていたのです――――
× × ×
「彼方! 目を覚ますのじゃ!」
気が付くと、彼方は自分がトワの膝に頭を預けて横になっていることを知りました。
「あれ……?」
彼方はしばらくぼんやりしていましたが、目の焦点が合った途端、跳ね起きました。
「トワさん!?」
慌ててトワの顔を覗き込み、そのあとその足先を見ました。
「どうかしたのかな、なのじゃ」
トワはまるで動じず、その様子を目を細めて見守っていました。
「え……でも、さっき……あれ……?」
彼方のみ動揺したままふと、トワの背後を見てはっとして立ち上がりました。
「ここって……どこ?」
景色がまるで変っていました。
『パイパーズフォレスト』の名の通りの黒い煙はきれいさっぱり拭い去られ、青くも青い晴天が眩しくも輝いていました。
ぽつぽつと浮かぶ白い雲は、その高さごとに異なる速さで流れてゆきます。
森も変わっていました。ひたすら尖り続けた針葉樹はどこかに消え、代わりに親しみやすそうなおだやかな果樹園めいた植生になっていました。
足の下も、白と黒の砂利まみれだったのが、ほどよい牧草めいた青草がどこまでも連なっていたのです。
「ここは、〈異世界〉なのじゃ」
トワは問われるまでに、軽やかに答えていました。
「いせ……かい?」
反射的に、問いを重ねていました。
「左様。今宵はサウィンの祭りゆえ、たやすく世界はその姿を移し変えるのじゃ」
「サウィン……って、ハロウィンのこと?」
何となく最初の体勢のまま、トワに背中を預ける格好で彼方は訊ねます。
「いかにもじゃな。我ら〈ブルーブラッド〉の血に連なる者は、時の時、定められた巡り合わせに呼ばれて〈饗宴〉を開く宿命を授かっておるのじゃ」
「えっと……ハロウィンに催しごとを開くのが恒例行事ってこと?」
「うむなのじゃ! 此度はその吉例、めでたい日に彼方が我らの招待を受けてくれたのじゃな」
「え……でも……」
彼方は、はにかみます。
「身内だけの集まりに赤の他人が呼ばれるのは気が引けるけど……」
「他人などとは、つれないのじゃ。わらわが是非にと願ったのじゃ!」
「え? あの……」
トワは途惑い顔の彼方に艶然としてその首に手を廻し、すっと右のツインテールを掻き上げました。
その手が彼方の右耳の〈ブラッドストーン〉に触れた時、彼方は全身に電流が走ったようにびくんとなり、一瞬目がぼんやりして、しかしすぐに光を取り戻しました。
彼方は首を少し廻しました。
そして改めて風景を見遣ると、特に変わった感じは受けなくなっていました。
「ハロウィンって、別の世界とつながる日って聞いたけど……だから妖怪とか変なものが溢れてたのか……」
彼方は、自分の声を他人事のように聞き、それを抱きかかえる格好のままのトワは、ひとつずつに頷いていました。
「あ、でも私たち、一枚の招待状で三人も……」
ふっと、ここまでのあれこれを思い返した時、彼方は脳裏に閃く光景を思い出します。
〈断罪の門〉……〈ヒースが丘〉……〈薔薇の迷路〉……そしてベンチで休んでいるふたり……
「彼方――」
トワが彼方の顔をじっと覗き込みました。
「〝客人〟は別室にてお休み中じゃ」
彼方は再びぽんやりして、ゆっくり頷きます。
「お心遣い……感謝します……」
「うむなのじゃ」
トワは慈しみの眼差しで、いつまでも彼方を見ていたのです。
しばらく、どちらつかずの駘蕩としたぬるま湯のような時間が流れました。
ですが、長い眠りから揺り起こされたかのように、彼方の意識も揺れ惑い、おぼろげにも鮮明にも振れていました。
「あの……」
彼方が、どうにも理解の外にあることだらけなので何か訊ねようと再度じっとトワを見詰めた時です。
「お姉さま~~!」
不意にふたつの影が彼方にぎゅっとじゃれてきました。
「あっ? ああ……灰神楽さん?」
「なのです!」「デス!」
そうして辺りを見ると、いつの間にか周りをすべて見知った顔が包んでいたのです。
「ふむ。既に我が兄妹と面識があったのじゃな。さすが彼方なのじゃ」
「えっと……はい……」
あらゆることがうやむやになりつつも、やはりこの何が何だかさっぱりな状況であれ、とりあえずはひと通り顔見知りなことに彼方はほっとしました。
トワを執事が、彼方をクレアがそれぞれ助け起こし、灰神楽たちをぶら下げたまま、全員でなんとなくひとまずそれらしい見晴らしの良い場所にそぞろ歩きで移動しました。




