第四章 第一幕 ~開門の儀式~
第四章 ~異世界の扉開く時~
第一幕 ~開門の儀式~
薔薇の点在する庭を抜けた先に立つ彼方の前には、複雑な意匠を施された長い年月を感じさせる巨大な扉が、それのみとしてあったのです。
象でも行進して通れそうな横幅でした。
上はアーチ形をしています。
両脇は溢れ返るほどの大きな木の幹となっていました。
下にはやはり薔薇のつたが無限に入り組み、そのすべての隙間に大小さまざまな真紅の薔薇が咲いていたのです。
彼方は不思議とその扉を見て、〝開きそう〟と思っていたのです。
閂すらなく、ひたすらに形式上の扉としてあるのみに思えました。
なので「失礼します」と、押してみたのです。
開いた先は、意外にもさらなる薔薇の通路でした。
扉と同じ形に上が半円形となっていましたが、完全に遮蔽されてはおらず、太陽光がそこかしこからすり抜けて、光の粒子があちこちに乱舞していました。
「薔薇のトンネルみたい……」
彼方はどちらを見ても鮮やかな薔薇に包まれて、何よりその芳香にとろけるようにうっとりしながら上滑りするように歩いてゆきました。
しばらく歩くと不意に、トンネルは途切れました。
入ってきた門を縮小したかのような、形のみの区切り線としての扉がありました。
それを押して、さらに奥に入ってゆきます。
薔薇の通路が終わった時、彼方は息を吞んで目の前の光景を全身で受け止めたのです。
遠景は、深山幽谷そのままの森の中でした。
その木々は、あまりにも緑色が濃過ぎて暗褐色になるまで重なり合い、その黒色が木の葉の呼吸に合わせて湯気となり霊気となり周りの光まで吸収しながら森のすぐ上でたむろっていたのです。
あたかもこの森全体が、澱んだ煙に塞がれているかのようでした。
「煙に閉ざされて見えない森――『パイパーズフォレスト』って、これのことでしょうか?」
たしかに、密閉した部屋で大勢がパイプを吹かしたかのような、先の見通せない煙の層が遠くに近くにわだかまっているのでした。
ですが、彼方が目を動かせなくなったのは、その〝下〟でした。
扉の先は、妙に荒れ果てていました。
まるで乾燥した軽石を粉々に砕いてちりばめ、そこに燃え尽きた火山岩をこちらも乱雑に砕いて散らばらせたような、白だらけに点々とくっきりした黒が浮かび上がる、目に痛いほどのモノトーンの世界がひろがっていました。
さらに、その先でした。
そこには古代ギリシャ遺跡のような円形劇場めいた巨大構造物が、すり鉢状に削られた大地の底に孤高にもひるがえっていたのです。
それらは自然の岩に支えられていて、歳月によって劣化した円柱は、こちらも巨石を削り上げて造ったものでした。
劇場――と見えたものはじつのところ、環状列石と呼ばれる儀礼台を模していたのです。
巨石は、いわゆる立石であり、柱状に立てられている上に梁のように横向きに長い巨石が乗せられていました。
「ええと……古代史の……コロッセオとかストーンヘンジだったかな? さすが、大きなお屋敷って変わったものがあるなあ……」
感心して、彼方はそれを見ていました。
その、ぼんやりしたひと時が、ふと途切れました。
不意に、風が吹いたのでした。
塵と埃が舞い上がり、思わず手の甲で目を塞ぎます。
しばらくして目を開けると、眼下の様子が一変していました。
ストーンサークルは半分がた既に崩落していたのですが、僅かに残った柱の上に乗る人の姿があったのです。
そのひとつの上に立つ者は、威厳に溢れて君臨していました。
そしてその人物を、彼方は既に見知っている気がしたのです。
「『銀月』さん……?」
遠目にも、その姿ははっきりと視認できました。
その時計廻りに右隣には、片足立ちで空中に座禅しているかのような斜めにかしいだ人影がありました。
「『黒夜叉』さんでしょうか……?」
さらに右隣りには、煙と風とにすら溶けて消えてしまいそうな、おぼろげな人物が腰を下ろしていました。
「あ……『水蓮』さん……」
そのさらに次を見ると大きなリボンが真っ先に目に入る、ドレスにくるまれた小さな人の形がひとつになったりふたつになったりしていました。
「『灰神楽』さんたちだ……」
それらはそれぞれに均等の距離を取り、互いに対面し合っていました。
その時でした。
上空に全くの無音、予告なしの稲妻――霹靂が走ったのです。
黒い煙越しの光のみの稲妻は、不可思議なハレーションを乱反射させ、あたかも天と地を鏡とし、煙と風とを色取り取りのガラス細工に変えて人に下し賜えたカレイドスコープであるかのように、辺りを千変万化の光耀の奔流に変えたのです。
見上げた彼方の瞳も、あらゆる色の幾何学模様に染められて見開かれていました。その影までも、その一瞬のみ黒ではなくなっていました。
ですが、幻燈に浮かぶ妖しの模様めいた光と影の乱舞は、目を開け、それを閉じ、再び開けるまでのひと時に拭い去られていたのです。
目をパチパチとまばたきさせて、彼方は何が起こったのかと上を見ました。しかし、『パイパーズフォレスト』の膨れ上がった煙は、そのままたむろっているだけでした。
目を、下に降ろします。
すると今度こそ、彼方の思考は停止してしまったのです。
今の今まで、ストーンサークルの中央には何も無かったはずです。
なのに、今は三人――いました。
ひとりは、柩を担ぎ上げていました。
ひとりは、その傍に控えていました。
ひとりは、その柩に横たわっていました。
彼方は見ました。
その柩の中に――『トワ』がいるのを……




