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『チート全盛りで異世界転生希望? 即死ですね』~元OL女神は転生案内をしながら異世界グルメ巡り~  作者: 識原 佳乃


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第9話【元OL女神、神通力に目醒める】

 ――神界『異世界転生案内課』、16時50分。

 定時退社まであと10分。


 私はデスクの上を丁寧に片付けながら、ポツリと独り言を漏らしていた。


「あぁ……先日のお忍び視察で、ルメル開拓村の山田くんが食べていた炭火焼きの魔獣ステーキ、本当に美味しそうだったなぁ……。それに、清らかな湧き水でキンキンに冷やした自家製ワイン……今週の金曜日に定時退社したら、こっそりお持ち帰りだけできないかしら……」


 ふと、あの香ばしい肉の焦げる匂いと、果実酒の甘酸っぱい味わいを頭の中で強くイメージした――その瞬間だった。


 ――ぽんっ!


 神界の静寂を切り裂くような、あまりにも間の抜けた効果音とともに、ピカピカに磨き上げられた私のデスクの中央に『何か』が唐突に出現した。


「……え?」


 そこにあったのは、今まさに焼き上がったかのように、湯気を立ち上らせながらジュージューと食欲をそそる音を響かせている、分厚い巨大魔獣肉のステーキ。


 そしてその傍らには、表面にうっすらと水滴が浮かんだ、キンキンに冷えた木彫りのジョッキに入った極上の自家製ワインが鎮座していた。


「……え? な、なにこれ? デリバリー注文なんてシステム、この執務室に導入した覚えはないんだけれど……?」


 目の前に現れた謎すぎる美味なる物体(いや、完全に実物だ)を前に、私はフリーズしていた。


「レナ〜!? 今また何か面白そうなことしたでしょ〜? なんか間抜けな音がフロアに響いてたわよ〜」


 すると、高級神聖ワインのボトルを片手に私の執務室へと入ってきたヴィー先輩が、半笑いを浮かべていたと思ったら、目の前の光景に一瞬で表情を凍りつかせた。そして、あまりの動揺からか、持っていたグラスをガシャーン! と床に落とした。


 ……グラスも割れたし、ワインも盛大に溢れてる……後で絶対にヴィー先輩に掃除させよう。


「ちょ、ちょっとレナ! あんた今、いったい何やったのよ!?」

「え? 何って……『この前に見たステーキとワインが美味しそうだったな、今すぐ現地で食べたいな』って、ほんの少し強く思い出していただけですが――」

「――レナ、やったじゃない! 空間召喚術――『神通力(じんつうりき)』の完全発動よ! これでワイン飲み放題になったわよ〜!」

「……え?」


 ヴィー先輩の歓喜の雄叫びが、静かな案内課のフロアに響き渡った。


 ……神通力ってあの神だけが使えるとされている、摩訶不思議な能力のことかしら?


 ――そのただならぬ騒ぎに反応して、個室の奥から「なんじゃなんじゃ!? 一体何の騒ぎじゃ!?」と、白髪交じりの最高神がすっ飛んできた。


 デスクの上のジュージューと音を立てるステーキと冷えたブドウ酒、図らずも自由すぎる空間召喚術とやらを実行したことに呆然と固まる私を交互に見据えた最高神は、ハッとしたように自分の額をペチッと叩き、手をポンと打った。


「おお……! なんということじゃ! 玲奈、お主ついに自分の内なる『神通力』に目覚めたか!」

「じんつうりき……神様の起こす奇跡みたいなものでしょうか?」

「そうじゃ! 神界の女神というものはな、下界の人間から感謝されたり、信仰を集めたりすると、その想いが神力(しんりょく)として蓄えられるんじゃ! お主の場合、転生者たちから寄せられた感謝の念や民の信仰心が、CS評価という形で数値化されておったわけじゃ! そして、その神力を使えば、空間転移や物質召喚といった様々な奇跡――つまり神通力を行使できるようになるんじゃよ! お主が先週まで送り出した転生者たちのCS評価が、なぜか異様に高かったじゃろ? その評価の高さに比例して、神力もたっぷり蓄積されておったというわけじゃ!」


 最高神の得意げな説明を聞き、私はスッと目を細め、静かに首をかしげた。


 ……そもそも神通力の説明なんて受けていないわよね? どう考えてもこの能力は重要なものだと思うのだけれど……


「あの……最高神様」

「ん? なんじゃ?」

「私、この案内課に採用されてから、一度もそんな特殊能力について教わった覚えがありませんし、業務マニュアルにも一言も記載されていませんでしたが?」


 私の氷のように冷ややかな視線を受けた最高神は、ピキリと顔の筋肉を硬直させた。


「あ……」

「あ、じゃありません」

「……そ、そういえば、玲奈って神界初の元・人間からの採用じゃったな……」

「ええ、タピオカ看板の下敷きになって即死した、生粋の元・社畜OLですが、何か?」

「生粋の神々なら生まれつき本能で知っておる基礎知識じゃから……元人間の玲奈に『神通力の覚醒方法と基本的な使い方』を教えねばならんこと、すっかり綺麗さっぱり忘れとったわい!」

「…………」


 私の纏うオーラだけで、執務室の空気が絶対零度にまで凍りついた。


 そんな中、最高神は自分の額をペシッと軽く叩き、なぜかシワシワのヒゲを引っ張りながら、無理やり可愛い笑顔(ただし全く可愛くない)を作ってみせた。


「てへぺろっ☆」

「『てへぺろ☆』じゃねぇんだよクソジジイィィィッ!!」


 普段は冷静沈着をモットーとする私だが、その瞬間、前世の営業部で培った何かが弾け飛んだ。


 理不尽な顧客の無茶振り。責任転嫁。謝罪の強要。数々の修羅場をくぐり抜けてきた私の中で、封印されていた営業職の闘争本能が目を覚ます。


 そして――神界の静寂をぶち破る、ドス黒い怒声が炸裂した。


「職務放棄ですか!? 労働基準法……じゃなくて神界労働法違反ですよ! そもそも、従業員に業務上必要な知識と技能を習得させるのは、管理者として最低限の責務でしょうが! それに、安全配慮義務違反でもあります! 神通力の使い方も、力の制御方法も、エネルギー切れのリスクも、何ひとつ説明されていないんですよ!? 重要事項の指導漏れなんて、前世のブラック企業でも聞いたことがありません! 一歩間違えれば、私の精神と肉体が負荷に耐え切れず、消滅していた可能性だってあるのではないですか!? それどころか、神界の業務に重大な支障をきたしていたかもしれません! 新人教育の基本中の基本でしょうが! 入社初日に業務マニュアルを渡すどころか、業務そのものの存在を隠しておく会社がどこにあるんですか!」


 ……我ながらめちゃくちゃキレた。

 それはもう怒涛のマジギレラッシュ。


「ひぃぃぃ! ごめんちゃい! うっかり新人教育のカリキュラムから抜け落ちておったんじゃ! 許してくりぃぃぃ!!」


 私の放つ凄まじい怒気に圧倒され、最高神はガタガタと情けなく震え上がりながら、扉の陰へと全速力で隠れてしまった。


 一方、ヴィー先輩は自分の席で腹を抱えて大爆笑しながら、プルプルと震える手で私の肩をポンポンと叩いた。


「ひーっひっひっひ! いやぁ、さすがはレナね! 最高神をここまでビビらせる新人なんて、神界の歴史始まって以来よ! ……でもね、レナ。これ、実はめちゃくちゃ凄いことなのよ?」

「何がですか、ヴィー先輩?」

「だって、普通の女神が初めて目覚める神通力なんて、せいぜい『そこらの埃を消す』とか『消しゴムを召喚する』程度の、至極地味な能力よ? それなのにあんた、いきなり異世界ルメル開拓村の特産品を、空間を超えてピンポイントに召喚しちゃったのよ! しかも『美味しそうだから食べたい』っていう欲望だけで!」


 ヴィー先輩の言葉に、私はデスクの上のステーキと自家製ワインにふと目を落とした。


 元人間の私でも、異世界での地道なCS実績と、美味しいものへの執念を積み重ねれば、こんな風に自分の『神スキル』として還元されるシステムというわけね……


 確かに、これさえ使いこなせるようになれば、毎週末にわざわざ『異世界自由アクセス権』を行使しなくても、デスクにいながらカグランディア各地の美食を堪能できるかもしれない。


 ……そう考えると、この「てへぺろっ☆」事件も悪くない話に思えてきた。


「……ちょっと待ってください。せっかくですから、今のうちにこの『神通力』の出力テストを行っておきましょうか」

「おっ、実証実験ね! 面白そうじゃない、やってみなさいよ!」


 私は気を取り直し、デスクの前にしっかりと姿勢を正して座り直した。


 先ほどはステーキとワインだったが、今度はもう少し難易度の高そうなものに挑戦してみよう。

 例えば、バクーガ領特産の『何層にも折り重なった焼きたてクロワッサン』と『熟成チーズ』あたりはどうだろうか。クロワッサンは実際には食べておらず、遠目から見たイメージだけでの挑戦となる。


 イメージは……外側はサクサクで、バターの香りがふわりと鼻を抜ける焼きたてのクロワッサン。そして、濃厚なチーズがとろける最高の軽食……!


 私は脳内で最高級のグルメ映像を再生し、指先に力を込めて、お取り寄せの念を送った。


 ――ぽんっ!


 再び小さな効果音とともに、私の目の前に現れたのは――見事なまでに黄金色に輝く、焼きたてのクロワッサンと、芳醇な香りを漂わせる熟成チーズだった。


 ほんのりと温かい湯気が立ち上り、バターの芳醇な香りが執務室全体にパーッと広がる。


「うそっ……一発で成功したわよ!? あんた、天才的センスの塊じゃない! ……それにしても珍妙な音が鳴るのはレナのイメージによるものなのかしら?」

「ふふ……どうやら、私の『美味しいものを食べたい』という執念のベクトルが、空間召喚術と完璧にシンクロしているようですね」


 私は優雅にクロワッサンを半分に割り、片割れをヴィー先輩に。もう一方は自分でパクリ……


「――レナッ! これ最高よ! 本当に焼きたての、ベストコンディションのクロワッサンだわ!」

「……美味しいですね」


 サクッとした食感のあとに、芳醇なバターの風味が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩みそうになるのを必死の営業スマイルで押し留めた。


 扉の陰から、おそるおそる顔を出した最高神が、潤んだ目で拍手を送ってくる。


「す、素晴らしいのう……。まさか、一瞬で特産品を取り寄せるほどの神通力を発揮するとは……」

「ところで、最高神様。神通力には何か制限があるんですか?」


 私はクロワッサンをもう一口かじりながら、ふと思いついた疑問を口にした。


「うむ。もちろん無制限というわけではない。召喚する物の大きさや重量、そして召喚元までの距離によって、消費する神力も変わってくるのじゃ」

「なるほど。では、あまり大きなものや遠くにあるものは、召喚が難しいということですね?」

「最初のうちはな。じゃが、そなたの場合は少々事情が違う。下界の人々から寄せられた感謝の念が、すでに相当量の神力として蓄えられておるからのう。普通の女神よりも、かなり余裕があるはずじゃ」

「つまり、今の私はエネルギー残量が豊富ということですか?」

「そういうことじゃ。とはいえ、無駄遣いは禁物じゃぞ。神力が尽きれば、しばらくは神通力を使えなくなるからの」

「ちなみに、召喚する物にも条件はあるんですか?」

「うむ。そなたが実際に見たことのある物、あるいは食べたことのある物など、具体的にイメージできる物に限られるのじゃ。存在すら知らぬ物を、いきなり召喚することはできぬ」

「つまり、カグランディアの名産品を取り寄せるには、まず現地で見たり食べたりする必要があるということですね?」

「そういうことじゃ。もっとも、一度経験してしまえば、いつでも召喚できるようになるはずじゃぞ」


 最高神の説明に、私は小さく頷いた。


 ふむ……。距離と重量で消費量が変わるなら、まずは軽くて高価な食材から試すべきね。大都市ヴェルザリアの黒エールに、バクーガ領の熟成チーズ、ルメル開拓村のブドウ酒……。


 ――でも、具体的にイメージできない物は召喚できないのよね?


 ということは、まだ見ぬ名産品をお取り寄せするには、まず現地に赴いて実物を見て、味わい、香り、食感までしっかり記憶に刻み込む必要があるということだ。


 ……なるほど。


 つまり、カグランディア全土を巡るグルメ旅行が必要不可欠というわけね!


 大都市の高級酒場から、辺境の小さな村にある隠れた名店まで。各地の絶品料理を食べ歩き、世界中の特産品を制覇する。そうして得た経験を神力による空間召喚術で再現すれば、神界にいながらいつでも異世界グルメを堪能できるのだ。


 私の頭の中では、すでにカグランディア全土を巻き込んだ、壮大なグルメ旅行計画が始まっていた。


「……お、お主。何やら目が怪しく輝いておるぞ?」

「気のせいです。これは業務改善および福利厚生の拡充に向けた前向きな検討を脳内でシミュレートしているだけです」

「絶対に違うじゃろ!」


 最高神が何か言っている気がするけれど、私の脳内はグルメ制覇への最適解を探ることにフル回転していた。


「最高神様、今回の指導漏れという大失態は、この便利な『お取り寄せスキル』が開花したので特別に許してあげましょう。ただし――」


 私はクロワッサンを口に含んだまま、ビシッと最高神を指さした。


「今後は指導漏れが絶対に起きぬよう、全項目を網羅した『神通力発動マニュアル』の即日作成と、私に対する毎月の福利厚生の拡充を強く要求します」

「は、はいぃぃぃ! 喜んで全力でマニュアルを作成するのじゃぁぁぁ! それにグルメ召喚にも何も文句は言わんから許してくりぃぃぃ!」


 こうして、最高神のうっかりにより突如として発覚した、私の『神通力』の才能。


 定時退社を勝ち取るための業務効率化に加え、今後は『さらなるCS評価の向上による、絶品異世界グルメのお取り寄せ(空間召喚)』という、社畜人生ならぬ女神人生において最強すぎる福利厚生が追加されたのだった。


 ……とはいえ、まだ見ぬ絶品グルメを召喚するには、まず自分の舌で確かめる必要がある。


 ならば、案内課の業務を効率化し、定時退社を徹底することが最優先事項だ。

 その先に待つのは、カグランディア全土を巡る夢のグルメ旅行!


 ちょうど17時のチャイムが鳴ったので、私は冷えたワインを喉に流し込みながら、さらなる高み(次の名産品)を目指して静かに闘志を燃やすのだった。

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