第10話【お取り寄せだけじゃない!? 神通力の性能検証で港町グルメツアー!】
昨日の『てへぺろ事件』から一夜明け、神界『異世界転生案内課』、午前9時。
私は手元のメモ帳にペンを走らせていた。
「よし……それじゃあ、覚醒した『神通力』の性能検証を始めましょうか」
「朝から精が出るわねぇ」
当然のように私の執務室内のソファーに座り、ティーカップを持ち、まるでモーニングコーヒーかのように神聖ワインを嗜んでいたヴィー先輩が、興味深そうにこちらを眺めていた。
「はい。最高神様の説明が適当すぎたので、自分で仕様を把握しておこうかと。顧客満足度や信仰心によって解放されたこの特殊能力……単なるグルメのお取り寄せだけじゃなさそうなんですよね」
「……確かにその通りよ。それで、まずは何から試すの?」
「当たり前ですが基本操作からです。いきなり高負荷の実験をするのは、システム検証の基本に反しますから」
私は深呼吸をしてから集中し、頭の中で『デスクの上の消しゴムを10センチ右へ移動させる』というイメージを浮かべた。
――スッ。
消しゴムが空中に浮き、なめらかに移動して着地する。
「おぉ〜! レナ、もう念動力もできるのね!」
「えぇ。さらに……」
今度は、遠く離れたバクーガ領のカフェテラスをイメージする。
すると、私の手のひらの上に直径10センチほどの小さな空間の割れ目が現れた。
その向こう側には、カフェテラスのテーブルに突っ伏して気持ちよさそうに昼寝をしている、悪役令嬢志望だった小林さんの姿が映し出されていた。
「……小林さんは相変わらずニート生活を満喫していますね」
「ちょ、ちょっとレナ!? それ、覗き見じゃないの!?」
「失礼な。これはあくまで空間接続の動作確認です。対象者のプライバシーには十分配慮して――」
その瞬間、向こう側の小林さんが寝言なのか『レナエル様ぁぁぁ』と結構な声量で口にした。
――私は背中にゾクリとしたものを感じ、即座に空間の割れ目を閉じた。
「――検証終了です」
「今、絶対に見ちゃいけないものを見たって顔をしてたわよ?」
「業務上の偶発的な事象です。報告書には記載しません」
「いや、記載しなさいよ!」
どうやら、念動力だけでなく、遠視(空間の覗き見)や空間転移まで可能らしい。
――思った以上に万能ね。
実績が上がれば上がるほど神力が蓄積されて、有効範囲や出力が上がり、できることも広がっていく仕組みのなのかしら。
いずれにせよ神通力は可能性が無限大で、素晴らしいということは確かなようね。
「これは凄い特殊能力ですね」
「えぇ。それにしてもレナはすごいわ……。生粋の女神でも、そこまで器用に扱えるようになるには数百年から下手すると数千年もかかるのに。元OLの業務改善スキルと天性の才能、恐るべし……ね」
「いえ、単に仕様の把握と操作の最適化をしているだけです。業務で培ったPDCAサイクルが、まさか神通力にまで適用できるとは思いませんでしたけど」
「……神界の女神って、そんなことまで考えながら能力を使わないのよねぇ」
ヴィー先輩は感心したように頷くと、悪戯っぽい笑みを浮かべて私の肩を突いた。
「ねえレナ。それだけ神通力が使えるようになったなら……今日の定時後、ちょっと遠くの新しい街までお忍びで行ってみない?」
「遠くの街、ですか?」
「そう! 港町『マルセリア』よ! 王都から馬車を乗り継いで1ヶ月かかる南にある港町なんだけど、レナの神力と私の転移魔法を組み合わせれば一瞬で行けるわ! 獲れたての巨大魔導エビと白ワインが最高なのよ〜!」
「……ぜひ行きましょう。絶対に定時退勤します」
美味しい海鮮と白ワインのためにも、提示退勤はマストね。
性能検証の追加項目と新たなるグルメを求める異世界訪問が決まった瞬間だった。
◇◆◇
17時01分。
私たちは夕暮れの港町マルセリアの埠頭に、無事降り立っていた。
「……わぁ」
思わず、感嘆の声が漏れた。
目の前に広がっていたのは、神界の整然としたオフィス街とも、これまで訪れた開拓村ののどかな風景ともまるで異なる、活気に満ちた異世界の港町だった。
視界いっぱいに広がる青い海。夕陽を受けて黄金色に輝く水面には、大小さまざまな帆船が浮かび、白い帆を畳んだ船がゆっくりと埠頭へ戻ってくる。船体には見慣れない紋章が刻まれ、マストの先端では、魔力を帯びた小さな青い灯火がチカチカと瞬いていた。
夕方だというのに港には、魚を満載した木箱が次々と運び込まれている。威勢のいい漁師たちの掛け声、荷揚げ用のクレーンが軋む音、商人たちの値切り交渉。あちこちから聞こえてくる喧騒が、まるで街全体の鼓動のように響いていた。
石畳の道沿いには、白い漆喰壁に青い屋根を載せた建物が並び、窓辺には色鮮やかな花々が飾られている。軒先に吊るされたランタンは、夕暮れの薄暗さに合わせて淡い魔力の光を灯し始めていた。
そして何より――。
潮の香りに混じって漂ってくる、網焼きにされた海鮮の香ばしい匂い。
ガーリックとバターの濃厚な香り。炭火で焼かれる魚の皮が弾ける音。どこかの酒場から漏れ聞こえてくる陽気な歌声。
……ああ、これは駄目だ。
私の胃袋がグルメを求めて活発に動き出したようで、途端にお腹が空いてきた。
「どう? マルセリアいいところでしょ?」
隣でヴィー先輩が、得意げに胸を張った。
「はい……! 想像していた以上に素敵な街ですね。まさか異世界に、こんな本格的な港町があるなんて……」
「でしょ〜? しかも、ここは海産物の宝庫なのよ! 巨大魔導エビに、クラーケンのゲソ焼き、海竜の煮付けまで! お酒好きには天国みたいな場所なんだから!」
「……なるほど。観光資源としても、食文化としても、非常に優秀な地域ですね」
私は目の前を通り過ぎていく、巨大な魚を担いだ漁師を見つめた。
……いや、正直に言えば、今すぐあの魚の調理方法を確認したい。
神通力のお取り寄せ対象を増やすためにも、現地の食文化の調査は必要不可欠なのだ。
これは遊びではない。
立派な業務改善のための現地調査である。
「さあ、まずは海沿いの有名なバル『青い海竜亭』に行きましょう! テラス席から海を眺めながら飲む白ワインが最高なのよ〜!」
「はい! ぜひお願いします!」
私たちは、港の広場を抜けて海沿いの石畳を歩き始めた。
やがて目に入ったのは、青い海竜の看板を掲げた、3階建ての木造建築だった。建物の外壁には白い貝殻の装飾が施され、開け放たれた窓からは、陽気な音楽と人々の笑い声が漏れ聞こえてくる。
海に面したテラスには、白いクロスを敷いたテーブルが並び、夕陽を浴びながら食事を楽しむ客たちの姿があった。
……うん。
これは、間違いなく当たりのお店だ。
私たちはさっそく、海を一望できるテラス席を陣取って、最速で注文を通した。
程なくして――
「――ぷはぁぁあ! やっぱり港町の白ワインは五臓六腑に染み渡るわねぇ!!」
「ん〜っ! この『クラーケンのゲソのガーリックバター焼き』、身がぷりっぷりで味も食感も最高です……!」
卓上に並ぶのは、本日のオススメ鮮魚のカルパッチョ、巨大魔導エビのグリル、クラーケンのゲソ焼き、そしてキンキンに冷えた白ワイン。
神通力の検証と転生者案内で頭を使った後のご褒美としては、完璧すぎるラインナップだった。
ちなみに、経費精算については「異世界転生案内課の能力検証に伴う現地調査費用」として申請する予定である。
……もちろん、承認者は最高神だ。
後で何か言われたら、昨日の指導漏れ事件を蒸し返して黙らせればいい。
うむ……我ながら、実に合理的な計画である。
そんなこんなで私とヴィー先輩が至福の時間を過ごしていると、ふと港の奥の競り場付近から――不穏な叫び声が上がった。




