第11話【神通力の出力テストで全力を出してみた】
「うわぁぁあ! で、出たぞ! 港の中に『Aランク魔獣の大王クラーケン』が侵入してきたぞ!」
「なんでこんなところに!?」
「こ、殺されるぅ!」
「ぎゃぁぁぁ! 誰か助けてくれぇぇぇ!」
「船が沈められるぞぉぉぉ! 総員退避ー!」
競り場から逃げ出してくる人の波が見えた。
――なに? 大王クラーケン? 今食べているクラーケンの親玉みたいなイカのことかしら?
「クソッ! このままじゃ船の荷揚げが途中で止まっちまう! 誰か腕利きの冒険者を呼んでこい!」
「災害級の危険度を持つAランク魔獣に即応できる冒険者パーティーなんてこの町にはいないっすよ!」
「どうすりゃいいんだ……軍は動けないのか!?」
「ダメっす! この辺りの軍ごときじゃ手に負えないっす!」
港が騒然となった。
事態を把握しようと競り場を見ていたら、海水面から極太の触手が何本も伸び、水揚げ用のクレーンや木箱をなぎ倒そうとしていた。
「あらあら、大変ねぇ。せっかくの酒盛りが台無しになっちゃうわ」
ヴィー先輩が困ったように眉をひそめる。
その時、私は厨房の方へ視線を向けた。
……あれ?
私たちの『特製ウニとクラーケンの濃厚パスタ』が、魔獣出現の緊急事態により調理されていないようだ。
な、なんてこと! メインディッシュで1番楽しみにしていたのに……
……あの巨大イカ、私のパスタを邪魔するなんて、いい度胸ね。
静かにワイングラスを置き、そっと立ち上がった。
「レナ?」
「ヴィー先輩、覚醒した神通力の『出力テスト』をちょっとだけしてきます」
「えっ、今!? あの大王クラーケン相手に!?」
「はい。ちょうどいい実験対象が現れましたので、全力を出してみたいと思います」
私は人の波を逆らうように港の端へと歩み寄った。
眼前では、巨大なイカの触手が荒れ狂い、埠頭を破壊しながら漁船を締め上げている。
悲鳴と怒号。砕け散る木材。飛び散る海水。
その混沌の中心にいる大王クラーケンを、私は静かに見据えた。
そして、右手をゆっくりと掲げる。
――さて、神通力、全力行使!
まずは念動力の応用。
対象の運動エネルギーを、存在するその場に縫い留める。
イメージするのは、神界端末の処理を一時停止するようなもの。
暴走するプログラムを強制停止させる。例外処理は認めない。
私は右手の指先に意識を集中させた。
『対象を固定。運動を停止。現状を維持せよ』
その瞬間――。
空気が、凍りついた。
荒れ狂っていた海面が一瞬にして静まり、飛び散る海水の雫が空中に留まる。
そして、数十本もの極太触手が、まるで世界そのものに拒絶されたかのようにピタリと静止した。
大王クラーケンの動きを完全に封じ込めた……うまくいっているみたいね。
「お、おい!」
「な、なんだ!?」
「今度は一体何が起こってやがる!?」
逃げ惑っていた漁師たちが、足を止めた。
ある者は腰を抜かし、ある者は手にしていた銛を取り落とす。
埠頭を破壊していた大王クラーケンが、突如として動きを止めたのだ。誰もが目の前の光景を理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「こ、こんなことが……!」
「魔法か!? いや、詠唱もなしに……!」
「これは……理を超えた超位魔法か!?」
誰かが叫んだその言葉に、周囲の漁師たちが息を呑む。
「ちょ、超位魔法だと!?」
「人間はおろか、魔法に精通したエルフですら発現できない神域のもんだぞ……!?」
「でも大王クラーケンの触手が……止まったんだぞ? 超位魔法以外ありえねぇ!」
「で、でも――あれを……あの神々しい御姿を見てみろよ!」
その声に導かれるように、人々の視線が一斉に私へと向けられた。
先程まで大王クラーケンに向けられていた恐怖の眼差しは、今や驚愕と畏怖へと変わっている。
私を中心に、黄金の神光が幾重にも渦を巻く。
空間には無数の光粒が舞い、まるで世界そのものが神の降臨を祝福するかのように、幻想的な輝きを放っていた。
……いや、ちょっと待って。何これ?
――やめて! なんなの、この謎の演出!
ただの運動停止処理なのに、神界の広報担当が勝手に盛ったみたいなエフェクトが発生してるんですけど!?
……まぁ、いいわ。
今はツッコミを入れている場合じゃない。
私は静止した大王クラーケンへと視線を向け、さらに神通力を集中させる。
次は空間制御。
対象の巨体のみを他の空間と遮断、周囲の港や漁船には一切干渉させない。
そのまま固定しながら、空間召喚術と同じ要領で座標を指定。
――港の外、目視できる限界の沖合数キロ。
そこまでの直線移動を、限りなく速やかに完了するイメージで確定させた。
……大丈夫。
今朝消しゴムで試したのと同じ。
対象物が巨大化したのと、移動速度アップがどこまでいけるのか分からないけれど、恐らく問題なくできるはずだわ。
『対象を隔離。座標を固定。転送を実行』
イメージを形にするように右手を、わずかに上へあげた。
その動きに呼応するように、空間が低く唸る。
――ギギギ……!
大王クラーケンの巨体が、見えない巨大な手に掴まれたかのように、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。
10本の触手は微動だにせず、巨体だけが重力から解き放たれたように浮遊していく。
そのあまりにも異様な光景に、港の人々は息を呑んだ。
そして――大王クラーケンの巨体は、――ポンッ! という音を立てたかと思うと、ものすごい勢いで指定座標へと飛んでいった。残像が見えるレベルの速さって……この全速力は人には使えないわね……
港に残されたのは、静まり返った海面と、破壊された埠頭や帆船。
そして、私を見つめる漁師たちの呆然とした顔だけだった。
所要時間、わずか5秒。
人的被害、ゼロ。
なお、魔獣の生死については――不明。
「ふぅ……これでパスタが届きますね」
私は何事もなかったかのように営業スマイルを浮かべ、ヴィー先輩の待つテーブルへ戻ろうとした。
――その時だった。
「お、お頭……! 見ましたか、あの黒髪の綺麗なお召し物の姉ちゃん……!」
「ああ……見たとも!」
「右手をわずかに動かしただけで、Aランク魔獣を海の彼方へ弾き飛ばしやがった……!」
「しかもあの超位魔法発動時の見たこともねぇ神々しいオーラ……」
「あぁ、ちがいねぇ。ありゃ……」
競り場にいたベテラン船長や荒くれ者の漁師たちが、私を取り囲むようにゾロゾロと駆け寄ってきた。
彼らは私の前で足を止めると、その場に膝をついた。
「あ、あの……不躾ながらお尋ねいたしやす! あなたは……いや、あなた様はもしや……王都や開拓村でも噂の、迷える魂を導き、邪悪な魔獣を即座に退けるという……『嵐と大海の守護女神レナエル』様でいらっしゃいますか!?」
「「……え?」」
私とヴィー先輩の声が重なった。いつもの嫌なハモリだった。
ちょっと待って。
嵐と大海の守護女神って何??
なんで王都から遠く離れた港町にまで、地域限定仕様の二つ名が先回りしてるの?
いや、そもそも私はただの異世界転生案内課の職員なのだ。
女神としての業務は真面目にこなしているけれど、守護女神を名乗った覚えは一切ない。
「おい、みんな! 神降臨だぁぁあ! 伝説の女神レナエル様が、我が港のパスタを守るために降臨されたぞ!!」
「「「なぁんだってぇぇぇえええ!!??」」」
……いや、別にパスタを守ったわけじゃない。
調理をしてもらうために大王クラーケンを港から追い出しただけだ。ついでに言うと、神通力の最大限出力テストもしたかっただけである。
しかし、そんな私の心の声など届くはずもなく、港全体が大歓声に包まれた。
漁師たちが次々と高級な海鮮やヴィンテージ物のワインを「ご加護をー!」と叫びながら、私たちのテーブルへ捧げ始めてしまった。
隣を見ると、案の定ヴィー先輩が白ワインを吹き出し、お腹を抱えてテーブルを叩きながら大爆笑していた。
「ひーっひっひっひ!! レナ、今度は『海の守護女神』になっちゃったわよ!! 実験ついでに街一つ救っちゃうなんて最高すぎるわ!!」
「笑ってないでワイン注いでくださいヴィー先輩! 料理が山積みになってきちゃいました!!」
「だってぇ! あんた、神通力の性能検証をしに来たんでしょ!? まさか検証結果が『海の守護女神』の誕生になるなんて、誰が予想できるのよ!!」
「私も予想してませんよ!!」
……結局、私たちは港の人々から山のような海鮮とワインを献上され、パスタどころか宴会そのものを始めるハメになった。
性能検証の結果、神通力の出力は無限大なのかもしれない。
そして現地住民からの信仰が想定外に上昇したので、私の神力はうなぎのぼりになっていることでしょう……
――なお、経費精算については、最高神に提出する報告書の文面を慎重に検討する必要がありそうだ。
こうして、覚醒した神通力の性能検証ツアーは、またしても現地で盛大に新たな『レナエル伝説』を打ち立てるという、お約束の展開で幕を閉じるのだった。
◇◆◇
そして異世界から戻った神界時間の深夜。
山盛りの高級海鮮をお土産を手にホクホク顔で自室に戻ろうとした私を待っていたのは、涙目の最高神だった。
「玲奈ぁぁあ! 神通力が高まったお主を見込んで、緊急の案件じゃ! 次は『二人同時にやってきたイキりバカップル』と『社会をナメくさった生意気な小学生転生者』の案内を明日頼みたいんじゃが……!!」
「……」
私は静かに高級エビの瓶詰めをデスクに置いた。
そして、冷徹な営業スマイルを深める。
「最高神様」
「な、なんじゃ……?」
「神通力指導漏れの件、まだ解決していませんよね?」
「ひぃぃぃ!! そ、それはもうマニュアルを作成中じゃ! 今度こそ完璧な新人教育を――!」
「その前に、まずは明日の案件の詳細と、対応マニュアルを提出してください。あと、追加の福利厚生についても、引き続き検討をお願いします」
「は、はいぃぃぃ!!」
……どうやら、神界の業務改善はまだまだ終わりそうにない。
しかし、私の脳内ではすでに次の案件に対する対応策が、猛烈な勢いでシミュレートされ始めていた。
イキりバカップルに、生意気な小学生。
……うん。
これは、明日の定時退社までに片付けるには、なかなか骨の折れる案件になりそうね。




