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『チート全盛りで異世界転生希望? 即死ですね』~元OL女神は転生案内をしながら異世界グルメ巡り~  作者: 識原 佳乃


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8/11

第8話【元ニートの開拓村へお忍び視察! 汗を流す青年にニヤリとしていたらまたバレた】

 ――金曜日の定時退社直後。


 『異世界自由アクセス権』を行使し、私とヴィー先輩は『カグランディア』へと降り立った。木々の梢はそよ風に揺れ、草木の香りを含んだ空気が、私たちを優しく包み込んでいた。


「へぇ……ここが例のニートくんを送り出した『ルメル開拓村』ねぇ。空気はウマいし、森の緑も目に優しいじゃない」


 私の隣では、私服風の軽装に身を包んだ先輩女神のヴィー先輩が、早くも現地の果実酒が入ったマイ水筒をトントンと叩いている。

 休日だからか、いつにも増してやさぐれオーラが全開で、今にも一杯始めそうな雰囲気を醸し出していた。


 それにしてもヴィー先輩、いつの間に果実酒を手に入れたのかしら……


「ええ。案内時は『働いたら絶対に負けだ!』と絶叫していた山田様ですが……神界端末の行動ログを見る限り、驚くほど真面目に開拓に励んでいるようです」


 木々の隙間から木漏れ日が差し込む小道を抜けると、目の前が一気に開けた。


 そこには、豊かな森林を切り開いて作られた見事な開拓地が広がっていた。


 敷地の中央に鎮座しているのは、太く重厚な丸太が隙間なく組み上げられた、立派すぎる二階建てのログハウス。

 周囲には整然と柵が打ち込まれ、ほのかに青く光る『初心者用防御結界』の魔導杭が完璧な陣形で配置されている。


 そして、その庭先では――汗だくになった一人の青年が、鬼気迫る勢いで巨大な斧を振り下ろしていた。


 ――カーン! カンッ!


「よしっ! これで今日の防壁補強用の丸太確保完了! 『作業効率5倍補正』のおかげで丸太割りがサクサク進むぜ! 次は結界杭の打ち直しだ!」


 額の汗を拳で爽やかに拭い、白い歯を見せて笑うその青年は……間違いなく月曜の朝にボサボサ頭で「働きたくない」と、ダダをこねていた元ニートの山田賢太くん――転生先ではケンタくんと呼ばれている青年だった。


 かつての陰気で引きこもりがちだった面影は跡形もなく消え去り、その眼差しには、自分の手で安全な拠点を築き上げる男のロマンと、勤労の喜びが満ち溢れていた。


「すごすぎるじゃない……あんなに死んだ魚の目をしていたニートが、たった1ヶ月(・・・)で立派なキコリ兼スーパー大工になってるわよ」

「自らの手で絶対安全圏(セーフハウス)を築き上げる楽しさに目覚めたようですね。カスタマーサポート(CS)冥利に尽きるというものです。……ところでヴィー先輩、今回は彼が転生してから1ヶ月経っているということですね?」


 ヴィー先輩の気まぐれなのか、以前も時間軸がズレた状態で異世界に来たことがあるけれど、どういうことなのか気になったので聞いてみた。


「え? ――あぁ、そういえばレナにちゃんと説明したことなかったわね! 『異世界自由アクセス権』って便利なのはいいんだけど、時間軸を100万年先まで設定できるのよ。ほら、ものすごく大きな定規で、ほんのわずかな長さを測ろうとするとかなり難しいでしょ? あれと同じで、1日単位でピンポイントに設定するのが、ちょっと難しいのよ」

「なるほど。大陸全体が収まる縮尺の地図で、道端の小石の位置を正確に指定するのが難しい、みたいなことですね」

「そうなの! だからそれを1ヶ月程度の誤差で収められる私は、相当デキる女神ってわけなのよ!」


 ヴィー先輩は得意気に胸を張って「エッヘン!」という効果音が似合うポーズを決めている。

 この先輩可愛いなと思ったのだが、次の瞬間には片手に持ったマイ水筒の果実酒をガブ飲みし始め「ぷはーっ! さぁ、褒めるなら今よ!」と酒臭い呼気で話しかけてきたので、一瞬にしてその気持ちは綺麗サッパリ消え失せた。


「……さて、山田様は移動するみたいですね」

「えっ! 完全スルー!? およよ……デキる女神ことヴィー先輩はヤケ酒に走っちゃうんだから!」


 草っぱらに腰を下ろしてさらに酒を煽り始めたヴィー先輩を無視して、山田くんの様子を見ていると、手際よく割った丸太を抱えてまとめ、完成したばかりのログハウスのウッドテラス席へと向かっていった。


 手作りの木製テーブルの上には、自作と思われる重厚な木彫りジョッキと、香ばしい煙を立てて焼き上がった巨大な魔獣肉のステーキが並べられている。


「くぅ〜っ! 一仕事終えた後の湧き水でキンキンに冷やした自家製ワインと炙り肉は本当に最高だな! 自分で一生懸命に汗水垂らして働いた後に食うメシって、なんでこんなにウマいんだよ……! 働いたら負けじゃなくて、働いた後の酒が勝ちなんじゃないか!?」


 ガツガツと分厚い肉を喰らい、冷えたブドウ酒をゴクゴクと飲み干して、至福の表情で空を仰ぐ山田くん。


 そのあまりに清々しい改心ぶりに、私はどこか親心のような温かい満足感を覚えていた。


 よしよし。

 ちゃんと『本当の不労時間』と『安全な拠点』の価値を理解してくれたようですね。


 私が木陰から温かい眼差し(※10%増しの営業スマイル)で見守っていた、その時だった。

 不意に森の風が強く吹き抜け、私のスーツ風ブレザーの裾が風をはらんで揺れた。


 その微かな気配に反応したのか、肉を噛みちぎっていた山田くんがふとこちらへ視線を向けた。


 ……まさか、気配察知スキルまで身につけたの?


「――あっ」


 ばっちりと、目が合ってしまった。


 山田くんは肉を咥えたままピキリと硬直し、手に持っていた木彫りのジョッキをポロリと床に落とした。


「め、女神……様……!?」

「あ」


 ――しまった。

 彼にとっては1ヶ月前の出来事だとしても「ギガント・ゴブリンに頭からバリボリ噛み砕かれて即死します」と、冷徹に宣告してきた相手の顔をいくらなんでも忘れるはずがない。


 山田くんは慌てて口の中の肉を飲み込むと、開拓地の柵を軽々と飛び越え、まるで主を見つけた忠犬のような勢いでこちらの元へと駆け寄ってきた。


「ま、間違いない! 女神玲奈様じゃないですか! どうしてこんな開拓村の奥地にまで!?」

「静かに、山田様――いえ、ケンタ様。本日は私的なお忍び視察ですので、大声はお控えください。……ちなみに、こちらの世界では私の本名は伏せております」

「そうだったんですね! 失礼しました……じゃあ、なんてお呼びすれば?」


 私は口元に人差し指を添えて「静かに」と合図し、そのまま営業スマイルを顔面に貼り付けながら言葉を繋げた。


「この世界では『レナエル』とお呼びください」

「は、はい! レナエル様!!」


 山田くん――いや、本当にコイツ何してくれているのかしら?

 どうして「静かに」と言ったのに、全力で私の名前を呼ぶのよ……


 ――そしてその声は静かな開拓村の中では十分すぎる声量だった。


 近くの森で開拓作業をしていた村人たちが、山田くんの声に反応して鍬や斧を片手に持ったまま次々とこちらへ駆け寄ってきた。


「な、なんだって……!? 今、ケンタの奴『レナエル様』とお呼びしたか!?」

「レナエル様って言ったら……あの王都ヴェルザリアやバクーガ領でも噂の!?」

「んだんだ! あのレナエル様だべ!」

「ぐうたらで不気味な引きこもり若者に『ギガント・ゴブリンにバリボリ食われて即死するぞ』という恐ろしい神託を下し、一夜にして至高の開拓者へと覚醒させたという『勤労と開拓の女神レナエル』様かぁぁあ!?」


「「……え?」」


 草っぱらに寝転んで果実酒を飲んでいたヴィー先輩と、木陰に立っていた私の声が、綺麗にハモった。

 もう何度目になるかわからないこのハモリと、嫌な予感がビシビシと伝わってくる空気。


 私のお忍び異世界グルメ旅行が終わりを告げた瞬間だった……


「おーいみんな! 女神様の降臨だ! 『勤労と開拓の女神レナエル』様が、ケンタの開拓拠点をご視察になられているぞ!!」

「「「なぁんだってぇぇぇえええ!!???」」」


 いや、ちょっと待ちなさい。

 当然のように「勤労と開拓の女神」って言ってるけれど、毎回少しずつ都合良く変わっているのはなんなのよ。

 ちゃんと統一しなさいよ……いや、そもそもそんな恥ずかしい通り名みたいなのやめてくれないかしら。

 それとなんでそんなピンポイントかつ無駄にリアルな尾ひれがついて伝わってるの?

 というか、ギガント・ゴブリンのくだりまで神聖化されてるの何でなのよ……


 地鳴りのような歓声とともに、森の奥から続々と開拓民たちが押し寄せてきた。


 老若男女を問わず、彼らは私たちの足元を取り囲むようにして、大地にひれ伏し始めた。もう何度見てきた光景か……


「おおお……なんという輝き……! あんなに不気味で家から出てこなかったケンタが、急に『丸太拾いは魂の救済だー!』と叫んで大活躍し始めたと思ったら、女神様のご指導があったからなのか……!」

「『生きたままバリボリ食われる前に城を築け』という神託……! なんと恐ろしくも慈愛に満ちた導きなんじゃ……!」

「レナエル様! どうか我が村の開拓事業とログハウス建築にも、その『生餌回避のご加護』をぉぉお!!」


 ひれ伏す開拓民たちの中心で、山田くんもぼろぼろと涙を流しながら、深く頭を下げていた。


「レナエル様……! 俺に『本当の労働の喜び』と『絶対に破られない拠点の必要性』を教えてくださり、本当にありがとうございました! 俺、この村一番いや、この世界で頂点のクラフターになって、誰にも食われない最強の要塞を作ってみせます!!」


 いや違うのよ山田くん。それ、ただのリスク説明だから……それに生餌回避のご加護って何なのよ!


 思わず心の中で怒涛のセルフツッコミを繰り出していると、隣から「くふっ……ヒヒッ……!」という怪しい漏れ出し音が聞こえてきた。


 見ると、ヴィー先輩が腹筋を完全に崩壊させ、近くの太い木に抱きつきながら必死に口を押さえて震えていた。


「あぁ、もうダメッ! ひーっひっひっひ! お腹痛い、お腹痛いわレナ! 今度は『勤労と開拓の女神』になっちゃったわよ! 働いたら負けとか言ってた筋金入りのニートを、丸太割りの鬼に仕立て上げた伝説の女神様ですって!!」

「笑い事じゃないですよ、ヴィー先輩! 私はただ静かに、美味しそうな炙り肉と自家製ワインを楽しみに来ただけなのに! なんで毎回こうなるんですか!」

「『生餌回避のご加護』って最高ねぇ! 来週からのCS面談で積極的に使っていきなさいよ〜!」

「絶対に使いません!」


 大爆笑するやさぐれ先輩と、山田くんの熱い宣言に感極まった開拓民たちは、涙を流しながら「丸太万歳!」と三唱し始めた。


 結局その日は、村人たちから「聖なる試食」として献上された山盛りの炙り魔獣肉と、冷えた極上ワインを嫌というほど振る舞われる羽目になった。


 お肉もブドウ酒もほっぺたが落ちるほど美味しかったのだが……周囲を囲む村人たちの熱い信仰の視線が痛すぎて、味を100%堪能できたとは言い難い。


 ……定時退社して、ひそかに美味しいものを食べたいだけなのに。どうしてこうなるのかしら……


 元ニート青年の健全な成長を見届けるはずだったお忍び視察は、またしても現地で盛大に崇め奉られるという、すっかりお約束となった展開で幕を閉じるのだった。


 何か対策を考えなきゃ……

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