第4話【創世神話の女神降臨!】
「――レ、レナエルだって!?」
その瞬間、店主のドワーフの手から、肉を返していた金属製のトングがガタリと音を立てて床へ落ちた。
その音は喧騒にまみれたはずの店内でも広がり、周囲の者たちが「なんだ?」とこちらを伺うように顔を向けてきた。
「な、なんてこった……!? カグラザ神話の古文書に記されし……無秩序な世界に平穏をもたらし、迷える愚かな魂を正しき道へと導く伝説の導き手――『秩序の女神レナエル』様でいらっしゃいますかぁぁぁ!?」
「「……え?」」
ドワーフ店主の言葉に私とヴィー先輩の声が、見事にハモった。
……え? なんですって?
カグラザ神話なんてそもそも知らないし、ましてや『秩序の女神レナエル』ってなに!?
「お、おいみんな! 大変だ! 俺の店に本物の女神レナエル様がいらっしゃったぞ! 神降臨だぁぁあ!!」
「「「「「な、なぁんだってぇぇぇえええ!?」」」」」
店主の怒号のような叫びが一瞬で店内に響き渡り、酒を飲んでいた冒険者や商人、様々な種族の者たちが一斉にガタッと立ち上がった。
そして次の瞬間、波が押し寄せるように全員が私たちのカウンター席へ押し寄せ、床に頭を擦り付けんばかりの勢いでひれ伏し始めたのだ。
「レナエル様ぁぁぁ!」
「おぉぉ……! なんという崇高で美しく、静謐なお姿……!」
「拝め! 拝めるだけ拝むんだ! 生きているうちにレナエル様にお目にかかれるなんて、ご先祖様に感謝しかねぇぞ!!」
「おい見ろ、あの佇まい! エールを片手に佇んでいるだけで、店内の空気が聖域化してやがる……! 俺の長年の肩こりと腰痛が治ってきた気がするぞ!!」
「見なさい、あの周囲に揺らめく美しすぎる神聖な魔法を……あれこそ女神様である証拠に違いない!」
「私のような者には眩しすぎて直視すらできません……! ただエールを召し上がっておられるだけなのに、まるで世界樹の雫を嗜んでおられるかのような神々しさだ……っ!」
「マジかよ……! 俺のパーティーのダチのイキリ新人が『それ以上要求すると頭が破裂して即死するからやめとけ』って女神様に理路整然と諭されて改心したって言ってたが……あの時の伝説の女神様か!?」
「あいつ、改心してから『俺は地味な生活魔法でコツコツ生きるんだ』って言って、今じゃギルドで一番堅実な薬草採取のプロになってるんだぞ! まさに人生を救われたんだ!」
「えっ、俺がギルドで聞いた噂だと『ロジックによる言の葉雷撃で脳みそを直接物理攻撃された』って言ってたぞ!?」
「おいおい、俺の聞いた話じゃ『言葉の刃でメンタルをズタズタに切り刻まれた後、慈愛の光で完全回復させられて改心した』って……!」
「「「なんておそろし……いや、ありがたいお方なんだぁぁぁ!!」」」
周囲の冒険者たちが、興奮冷めやらぬ様子で矢継ぎ早に語りかけてくる。
その噂話には尾ひれもつきまくりで、もはや新たな信仰が生まれそう……いや、よく聞くとそんなに間違ったことは言っていないような……
ドワーフの店主は涙を目に浮かべながら、厨房から高級そうな酒瓶や、できたての豪勢な料理を次々とカウンターへ並べ始めた。
「レナエル様! 我が『オークの酒樽亭』へようこそお越しくださいました! 代金など一銅貨たりともいただきません! どうか我が店に……我が一族に永久のご加護を……!!」
「――ちょっと待ちなさい!」
「「「「「ははぁーーっ! レナエル様!」」」」」
私は思わず前世の冷静さをかなぐり捨ててツッコミを入れた。
……私の本名をちょっと文字って適当な思い付きの偽名を名乗っただけなのに、なんでそんな古代神話の最高位女神扱いされてるの? しかもつい数時間前に転生させた佐藤くんの改心劇が、なんで『奇跡の改心伝説』として既に冒険者ギルドで美化されて語り継がれてるのよ!?
混乱する私の横で、ヴィー先輩は木樽のジョッキを抱え込み、腹を抱えて椅子から転げ落ちそうになりながら大爆笑していた。
「ひーっひっひっひっ! 笑い過ぎてお腹痛い! レナちゃん、あんたが適当につけた偽名、この国に古くから伝わる創世神話の『秩序の女神』と奇跡的に完全一致したみたいよ! しかもさっきのイキリ高校生の口コミが、もう冒険者の間で神の啓示として広まってるじゃない…………あっ、私達が異世界転生する時、イキリ高校生の転移1年後の時間軸に設定してたの伝え忘れてたわっ! ――でも面白いことになったからこれでいいわね! ひーっひっひっひっ!」
「笑い事じゃないですよヴィー先輩! なんで1年後に設定してるんですか!? いやそもそも、これじゃ静かにお忍びでタダ酒とご飯を楽しめないじゃないですか!」
私は心の中でヴィー先輩に怒号を叩きつけつつ、引きつりそうになる口元を必死に抑えて完璧な「営業スマイル」を顔面に張り付けた。
幸いなことに、私たちが交わしている超小声の小競り合いは神界の言語で処理されているようで、周囲の現地民には一切理解できていない。
……理解できていない――のだが、それが完全に裏目に出た。
「お、おい……聴いたか……? 今の、お二人が交わされていたお言葉……っ!」
「ああ……あんな美しくも厳かな神界語、生まれてこの方一度も聴いたことがねぇ……!」
「あれが神界語……まるで神託の言霊のようだわ!」
また勝手に勘違いして『信仰』が『進行』している……うまいこと言ってる場合じゃないのよ!
でも、もう心の中でふざけたツッコミでも呟いていないと、正気を保てる気がしない。
「いいじゃないのタダ飯なんだから! ほら、レナエル様ぁ〜、お店の人が最高級の竜肉ステーキ運んできてくれたわよ〜?」
「ヴィー先輩、後で絶対に覚えといてくださいね……っ!」
私の焦りなど露知らず、店の喧噪はとどまることを知らなかった。
「レナエル様! 俺の剣にも聖なる祝福を……!」
「レナエル様! ウチの息子の病気が治るよう、どうか一言お恵みを……!」
「皆さん落ち着いてください! 私はただの――」
言いかけた私の言葉を遮るように、ドワーフの店主が深々と頭を下げて叫んだ。
「――ああ……なんという奥ゆかしさ! 全知全能の女神様でありながら、ご自分を『ただの者』と称されるとは……! これぞ真の『秩序と謙虚の女神』の御姿だぁぁあ!!」
「「「「「レナエル様万歳!! レナエル様万歳!!」」」」」
店内に割れんばかりの歓声と、地鳴りのような万歳三唱が巻き起こる。
カウンターの奥ではドワーフの店主までが感涙にむせびながらバンザイを繰り返していた。
もはや何を聞いても、何を否定しても、勝手に「ありがたい神のお導き」として都合よく解釈される無敵モードに入っていた。
……だめだわ、これ。何を言っても余計に信仰心が深まる悪循環に入ってる……!
私は遠い目になりながら、出された最高級竜肉ステーキをそっと口に運んだ。
――悔しいけれど、とびきり美味しい。極上の肉汁が口いっぱいに広がり、鼻に抜ける香辛料の香りが絶品だった。
「どう? 美味しいでしょ、レナエル様?」
「……ええ、とっても美味しいです。ヴィー先輩」
私は諦めたように半目を向けつつ、ジョッキのエールを一気に煽った。
定時退社で手に入れた至福のお忍び異世界グルメ旅行だったのに……初日から現地住民たちにガッツリと最高位の神として崇め奉られるという、大波乱の幕開けとなったのだった。




