第三話:白の記憶
東州新聞の社用車を走らせ、遼は大きな川の流れる静かな地方の町へと入っていた。
都市部のきらびやかな喧騒や、冷徹な県庁の空気とは対照的な、どこか懐かしい風景。
だが、こののどかな町こそが、議長・山下速夫の絶対的な地盤だった。
遼は車を降り、錆びついたクレーンが並ぶ小さな建設会社の事務所を訪ねた。
応対したのは、作業着を着た、初老の社長だった。名刺を差し出すと、社長の顔から警戒の色が消え、深い溜息が漏れた。
「山下先生のことでしょ。テレビじゃ、五人衆がトンチンカンな会見したとか、失笑されてる。ただの悪徳議員だって、みんな叩いとるね」
社長は、湯呑みでお茶を啜りながら、遠い目をした。
「でもね、有馬さん。15年前、この地域が集中豪雨で壊滅しかけたとき、うちらの会社も倒産寸前だった。大きな会社に仕事を買い叩かれて、明日をも知れない状況だったんだ」
社長のゴツゴツとした手が、机を低く叩く。
「それを救ってくれたのが、若き日の山下先生だった。先生は国や県を相手に怒鳴り散らして予算を分捕ってきてな。地元の小さな業者が集まる席で、頭を下げたんだ。『泥は俺が被る。裏取引だと言われても構わん。だからお前ら、地元の手でこの街を、道路を、一刻も早く直してくれ』ってな。先生が強引に裏で仕切ってくれんかったら、うちらの会社は潰れて、この街の復旧も何年も遅れとった」
遼は黙ってノートにペンを走らせた。
綺麗事だけを並べ、予算が届かないのを制度のせいにして見捨てる「白い正義」よりも、泥を被って地域を守る「黒衣」を、この街の人々は選んだのだ。
取材を終え、夕暮れの堤防に立つ。
冷たい川風が、遼のコートを激しく揺らしていた。
オフィスのデスクでは、同期の佐藤が「巨悪を眠らせるな!」と正義のペンを激しく振るい、世間は五人衆の情けない姿を笑いものにしている。
しかし、この地方の現実を知った今、遼にはその「白い正義」が、酷く薄っぺらく、残酷なものに思えてならなかった。
山下速夫は、確かにこの街の救世主だった。
だが、なぜ彼はそこから変わり、自分の利益や親族の会社に金を流すだけの、ただの利権の亡者になり下がってしまったのか。
守るべきもののためにまとったはずの黒衣が、いつしか彼自身の肌に張り付き、心を侵食してしまったのだろうか。
答えを出すためには、もう、あの老いた議長自身の前に立つしか残されていなかった。
遼は手帳をポケットに仕舞い、車のエンジンをかけた。
闇が静かに、街を包み込もうとしていた。




