第二話:五人の影
県知事の裏切りによって、突如として設置された調査委員会。
それをきっかけに、議場を包む空気は一気に冷え切っていった。
遼は、県庁の記者会見室の片隅に立っていた。
無数のフラッシュが放たれるその中心にいるのは、山下議長の手下である「五人衆」のうちの二人だった。
裏取引の決定的な証拠を突きつけられ、二人は事実上の「トカゲの尻尾切り」として辞任に追い込まれたのだ。
だが、マイクを向けられた議員が口にしたのは、謝罪ではなく、哀れなほどの言い訳だった。
「私は辞任しますが、山下議長への信頼はいささかも揺らぎません。議長は、この県の未来のために戦っておられる。すべては誤解です!」
続くもう一人の議員の口からは、さらにトンチンカンな弁明が飛び出した。
「ワンヘルス、つまり動物の健康を守ることこそが、結果的に県民の疑惑を晴らすことに繋がるのです。私はそう確信しております」
会見室に白けた沈黙が流れる。
質問をした同僚の佐藤が、呆れたように鼻で笑った。
テレビの生中継を見た県民からは、ネットを通じて
「何を言っているのか全く意味がわからない」
「まるでお笑いコントだ」
と、激しい失笑と批判の声が渦巻いていた。
だが、遼の目は笑っていなかった。
切り捨てられた二人が、どれだけ世間の失笑を買おうとも、山下への忠誠を誓い続ける姿に、議会という場所の底知れない歪みを感じていたからだ。
「笑い事じゃないな、有馬」
夜、デスクにコーヒーを置いた高根編集長が、静かに言った。
「尻尾を切られた奴らがこれだけ狂っているんだ。ボスの山下や、まだ残っている五人衆の筆頭・尾木たちは、いよいよ後がなくなって何をしてくるか分からないぞ」
「……はい。表向きは綺麗な言葉で遊んでいますが、裏はかなり野蛮です」
実際、遼の身辺には不穏な影が差し始めていた。
取材の帰り道、街灯の少ない夜道で、何度も見覚えのない黒い車が遼の横をゆっくりと通り過ぎていく。
尾木の息がかかった地元の乱暴な組織が、これ以上の告発を潰すために動き出しているのは明白だった。
泥仕合はさらに激しくなっていく。
知事は自分の身を守るために完全に逃げ腰になり、今や国政の議員たちと裏で手を結び、「山下をどうやって綺麗に葬るか」の話し合いを重ねているという。
誰もが自分の席と、自分の身を守るために、相手を泥の中に突き落とそうとしている。
翌朝、遼はデスクで次の取材の準備を始めていた。
同期の佐藤は「あとはボスの山下にトドメを刺すだけだ!」と、正義感に燃えてパソコンを叩いている。
しかし、遼の胸には、元議員の吉田が言った言葉が残っていた。
――山下は最初から怪物だったわけじゃない。
失笑を買うような会見をしてまで、あの老いた議長を守ろうとした男たち。
彼らをそこまで狂わせた、かつての山下速夫の「白き記憶」とは一体何だったのか。
答えを求めるように、遼は冷たい冬の雨が降る街へと、再び取材の手帳を携えて歩き出した。




