第一話:よどみの告発
【※本作はフィクションです。実在の地域や団体等とは一切関係ありません】
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本作は、異世界で大暴れした山下議長の過去を描く、前日譚となる物語です。
主人公は、若き人情派の新聞記者・有馬遼。
議会という巨大な利権構造に振り回されながら、白から黒へと染まっていった大人たちの情なくも切ない『生き様』を描く、静かで重厚なシリアス・ミステリーとなっています。
異世界編の山下議長が持っていた「黒衣の覚悟」の原点がここにあります。ぜひ最後まで見届けていただければ幸いです。
「最初は、みんな白だった。――この議場に入るまでは」
かつて、この県議会でトップに上り詰めた政治家が残した言葉だ。
東州新聞社の記者、有馬 遼は、深夜の誰もいないオフィスでその言葉を思い出していた。
28歳。記者になって4年目。
要領よく立ち回る同僚を尻目に、遼はいつも泥臭く歩き、名もない人々の声を拾い続けてきた。
静まり返った部屋で、遼はパソコンの画面を見つめていた。
数時間前、自分の机に置かれていた、名前の書かれていない封筒。
その中には、1本のUSBメモリが入っていた。
中身は、内部告発のデータだった。
現・県議会議長の山下 速夫が進める、環境と医療のクリーンな政策――「ワンヘルス運動」。
その耳ざわりの良い言葉の裏で行われていた、巨額の談合(裏取引)の動かぬ証拠だった。
山下の手下である「五人衆」と呼ばれる議員たちが、特定の建設会社へ利益を流すための、生々しい数字が並んでいる。
翌朝、遼は差出人の手がかりを頼りに、古いマンションの一室を訪ねた。
そこにいたのは、かつて山下と激しく権力を争い、政治の世界を去った元議員の吉田だった。
「山下はな、最初から怪物だったわけじゃない」
吉田は、窓の外の冷たい雨を見つめながら、静かに語り始めた。
「15年前、地元の豪雨災害のとき、国は予算を出し渋った。山下は被災した住民を救うため、泥水をすすぐようにして地元の建設業者と裏で手を握り、無理やり工事を間に合わせたんだ。あのときの奴の目は、確かに白かった」
吉田は寂しそうに息を吐き出す。
「だが、今の山下は違う。綺麗な看板を掲げながら、裏では自分の親族の会社に金を流すだけの、ただの利権の亡者になり下がった。有馬君。あの議場の席は、座り続けるうちに人の心を黒く染め上げるんだ」
会社に戻り、編集長の高根に相談している最中、事態は急激に動き出した。
山下の別の金銭スキャンダルが、他誌で一斉にスクープされたのだ。
圧倒的だった山下の権力が、音を立てて崩れ始める。
これまで山下の言いなりだった県知事は、自分の保身のために手のひらを返し、山下一派から逃げ出した。
国政の議員たちも「山下切り」に動き、政治の世界は醜い泥仕合のようになっていく。
「チャンスが来たな、有馬」
編集長の高根が言った。
「知事も国会議員も、みんな自分が可愛いだけだ。この泥仕合の隙を突き、山下の本当の闇をあぶり出せ」
「……はい」
遼は短く応じ、席を立った。
しかし、山下議長一派もただでは倒れない。
五人衆のリーダー格である尾木をはじめとする面々は、裏の告発者を特定しようと、遼の周囲を執拗に嗅ぎ回り始めていた。
夜道で遼の背後に迫る、男たちの足音。
正義、理想、清廉。
それらはすべて、あの席に座るための『入場券』に過ぎない。
気がつけば誰もが、自らの意志で黒衣(黒い服)をまとう。
その暗闇の深みへ向かって、遼は静かに一歩を踏み出した。




