第二章 黒猫の魔法
二年二組のタイガは、とてもやんちゃな男の子です。授業中でも先生の言うことは一回や二回ではきかないし、宿題はいつもやってこないし、おとなしいクラスメイトをむりやりドッジボールにさそっては、ボールをがんがん当ててくるのです。
たくさんのクラスメイトが、タイガを怖がっていました。タイガは短気でわがままでもあったので、いつ何のせいで怒り出すか分からなかったからです。先生たちも、ほとほと手を焼いていました。
六月のある日、タイガは学校の玄関の前で、一匹の黒猫がお昼寝をしているのを見つけました。今はちょうどお昼休みです。きっと黒猫は、その日の給食のおかずの焼き魚をもらって、おなかいっぱいなのでしょう。
タイガはおもむろにそとばきをぬぎ、猫に投げつけました。猫はぎゃっとさけんで、よたよた歩きで逃げていきます。タイガはわめきちらしながら、その後を追いかけました。
いっしょうけんめい逃げていた黒猫が、ぴたっと立ち止まり、タイガに向き直ります。そして、思わず立ち止まったタイガに向かって、変な声で鳴きました。それを聞くとなんだかタイガは変な気分になってしまい、その場にしゃがみこみました。
チャイムが鳴りました。昼休みが終わったのです。顔を上げると、黒猫はもういませんでした。けれども、もっと変なことが、タイガに起きていました。
タイガの体が、小さく縮んでいたのです。たとえば夜、ふとんの中でねむたくなるのをじっと待っていると、なんだか体がぐんぐん縮んでいくような気分になることがありますが、タイガの身にまさに同じことが起きていました。顔も手足も胴体も髪の毛も服も、同じ速さで縮んでいき――このままだとミジンコのような「点」になってしまうとタイガが心底怖くなった時、縮むのが止まりました。ほっとしましたが、なんとそのときタイガは、そのへんに生えているシロツメクサの花よりも小さくなってしまっていたのです。
掃除も終わり、次の授業が始まったのにタイガがいないので、二組の児童や先生たちが探しに来ました。その足音が重たく、大きく地面に響くので、タイガは恐ろしくなって草むらにかくれました。タイガのこしやむねまである虫たちがうろつき回る草むらもやはり恐ろしい場所で、タイガはまた走って逃げ、とうとう校庭にたどりつきました。いつも小さい小さいと馬鹿にしていた校庭も、今はサハラさばくのようにはてしなく広がっています。
たまたま体育の授業はなかったので、校庭には誰も来ません。安全ですが、たいくつでした。いじめる相手も、おちょくる相手もいませんでした。
タイガが大きな砂の粒をいじって時間をつぶしていると、だれかがさくさくと足音をたててやってきました。とっさにタイガは逃げようとしましたが、校庭をどれだけ走っても、かくれられる場所がありません。
足音の主は、タイガの前で立ち止まりました。
「タイガくん」
かがんで見下ろしていたのは、教頭先生でした。
教頭先生は、校庭の地面に座りこみ、タイガに何があったのかたずねました。タイガは教頭先生のひざの上にのぼり、黒猫のしわざだとうったえます。
「あの黒猫が、ヘンな魔法をかけたんだよ! 絶対そうだ。先生、あいつを捕まえて!」
「黒猫くんか」
教頭先生は、ため息をつきました。
「天神杜小学校には、もう一つ別の学校があってね。裏天神杜小学校とよばれ、学校の近くに住んでいる動物たちが魔法を習っているんだ。ちょうど今物を小さくする魔法を習っているそうだから、きっと君はそこの生徒に魔法をかけられたんだね」
「じゃあ、はやく魔法をといてよ!」
「その前に、タイガくん。君は何故その黒猫くんに魔法をかけられたのか、心当たりはあるかな?」
「ないよ」
「本当に?」
教頭先生は、じっとタイガを見つめました。タイガ相手でもちっとも怒ったことのない教頭先生ですが、いつもタイガが自分のしたことを認めるまで、こうして待つのです。
そのうち、小さなタイガは根負けしました。
「……ううん。ほんとは、黒猫にズックを投げたんだ」
「じゃあ、謝らないとね」
タイガはうなずきます。
教頭先生は、タイガを手のひらにのせて、裏天神杜小学校に行きました。
裏天神杜小学校に行くためには、校舎の最上階の、四階に行かなければなりません。四階には六年生の教室があるのですが、他の階ではちょうど音楽室や家庭科室、図工室などがあるはずの場所が、ちょうどぽっかりと何もない空間になっていました。__いいえ、そう見えるだけで、本当はそこに裏天神杜小学校があるのです。
四階まで階段を昇って、右手に曲がると六年生の教室が、左手に曲がると何も飾ってないただの廊下があります。教頭先生はその廊下をまっすぐ歩いていき、外へと通じる扉を開けました。
先生の手のひらにのったタイガは、扉を開けるとそこは外だと思いました。けれど、扉の向こうに広がっていたのは、天神杜の校舎とよく似た、でもずっと古ぼけた木の校舎です。
野良犬やむじなが鉛筆とノートを持って通りがかるのを、タイガはぽかんと口を開けて眺めました。
「おどろいたかな?」
教頭先生が、優しくたずねます。
「……うん。ここ、何?」
「ここが、裏天神杜小学校だよ」
コロッケのような色の毛並みをしたきつねが、教頭先生の足元で立ち止まり、見上げて言いました。
「こんちは、教頭先生!」
「こんにちは、コン二郎くん」
コン二郎が首をかしげます。
「何しにきたの?」
「黒猫くんに謝りに来たんだ。どこにいるか知ってる?」
「サンダーのこと? 知ってるよ。呼んでこようか」
「ありがとう」
コン二郎は駆け出し、すぐに黒猫を連れて戻ってきました。タイガを見るなり黒猫は背中の毛を逆立てて威嚇します。
おののくタイガを両手の指で包み、教頭先生がかがみこんで言いました。
「黒猫のサンダーくん、タイガくんが、君をいじめたようだね」
サンダーはシャーッとうなりました。
「嫌な思いをさせてごめんね。タイガくんも、すっかり反省したようだよ。だから、連れてきたんだ。仲直りできないかな」
教頭先生が両手をふわっと開きます。タイガは、目の前で怖い顔をする黒猫のサンダーと向き合いました。猫の、低いうなり声が漏れてくる口元がめくれ上がり、とがった牙が見えています。今にもぱくんと食べられてしまいそうで、タイガはその場で縮み上がりました。
「タイガくん」
教頭先生にうながされ、タイガはようやく言いました。
「……いじめて、ごめんなさい」
サンダーは口をむっとつぐみ、低い声で鳴きました。
「うにゃーおぉ」
コン二郎が口をはさみます。
「いいよ、って言ってるよ。サンダーはまだ人間の言葉がしゃべれないから」
「おや、そうなのか」
「こいつまだ、二年生だもん」
自分と同じだ……と、タイガは思いました。
「サンダーくん、タイガくんを元に戻してあげてくれるかな?」
「にゃにゃにゃ」
「戻し方がわかんないんだって。まだ習ってないんだよ」
「……それは困ったな」
タイガはしょんぼりしてしまいました。
「……オレ、元にもどれないの?」
その時、サンダーがタイガに鼻でそっと触れ、のどを鳴らしました。
「ごめんね、って言ってる」
コン二郎がこほんとせきばらいをします。
「よし、じゃあ、僕が大きくなる魔法をかけてあげよう」
「ほんと!?」
「ほんと、ほんと」
コン二郎は床に下りたタイガを見て、ケーンと一声鳴きました。するとタイガの体ははぐんぐんと伸びて、元の大きさに戻りました。
けれど、コン二郎の魔法は少し効き過ぎて、今までより身長が二十センチものびたそうですよ。




