#20 「桜木夜という少女」
少女、桜木夜はまさに天才だった。容姿端麗で成績優秀で性格も良く、ありとあらゆることにおいて他人に劣るものはない。まさにそんな少女だった。
そんな少女を支えているものは、内に秘めし飽くなき欲求。自分にどこまで出来るのかという、限界とその先を知りたいという底知れぬ欲求。
テストや試験で一位を取り、スポーツの記録で一位を取り、絵画など芸術でも賞を取り、少女は出来る限りのこと全てで頂点を手にしていた。
そんな少女にもまだ知らない世界があった。ロボットスポーツ、そしてアクトナイン。そこにあるただ一つの頂点、トップアクトレス。
全く未知の世界でその頂点に立つ。新しい夢を見つけた時、少女はかつて誰にも見せたことがないほど目を輝かせていた。
新しい夢を見つけた後、桜木夜は幼馴染である紅坂茜に夢のことを話した。
『茜ちゃん、私トップアクトレスになりたい!』
『トップアクトレス……?』
『そう、トップアクトレス! 最強のアクトレスに贈られる、頂点の称号』
『次はそれ、というわけですか。まあ、頑張ってくださいね』
『いやいやいや、アクトナインは二人一組が原則だから茜ちゃんにも来てもらうよ?』
『私も、ですか? けど、ロボットスポーツなんてしたことが……』
『出来るよ! だって、私たちに出来なかったことなんてないんだから。ね、お願い!』
『…………はあ、分かりました。特別ですからね』
完璧な天才少女である桜木夜が、唯一気を使わずに話せる相手。それが紅坂茜であり、果てしない努力で天才の後を追う少女。
これまで、何度も夜の無茶ぶりに努力することで応え続けた茜。しかしそれは挑んできたことが日常に含まれることだったから出来たのであり、未知の世界には不安もあった。
それでも茜は困惑しながらも真剣に考え、幼馴染の頼みであることや未だ進学を決められていなかったことから、夜の後を追うようにロボットスポーツの道へ進むことを決めた。
中学二年生の茜と中学三年生の夜。突然ロボットスポーツの世界に参戦した二人を待っていたのは、全くもって未知の体験だった。
『こんな感じかぁ……茜ちゃんはどう? ちゃんと動かせそう?』
『……何とか覚えました。ある程度なら動かせると思います』
様々なボタンが付いた操縦桿を握り、モニターと各計器を見ながら巨大な機体を操縦する。
二人にとって全く未知の体験だったが、夜は一度の練習で感覚を完全に掴み、茜はマニュアルを読みながらの反復練習を行うことで、二人は一瞬にして技術を物にした。
覚えの良さから即戦力として認められ、無事ロボットスポーツ部に入部した夜と茜。このままペアを組んで進んで行くのだと、二人はそう思っていた。
だが、それは叶わなかった。三年生の優先やその他様々な理由によって、残念ながらその年に茜がスタメンに入ることはなかった。
当初の目的は叶わなかったが、それでも夜はトップアクトレスを目指して戦った。中学三年生としての一年で、桜木夜はその名を轟かせることとなった。
あらゆる状況で敵機を圧倒する天性の戦闘能力と操縦技術。徹底した情報収集に加え、それを活かす作戦能力と判断力。
勝つべくして勝った。そう言われるのもおかしくない程に、桜木夜はあらゆる手を使って伝説級の連勝記録を生み出した。
その輝かしい記録は大人たちの目にも留まり、中でも早くから夜に注目していた神威重工は神威女学園推薦入学の話をしていた。
『推薦入学、ですか』
『そう、ニュートウキョウにある神威女学園。ロボットスポーツのためにある、アクトレスが集う場所』
『……そこなら、なれるんですか? トップアクトレスに』
『うん。トップアクトレスを目指すためにも、私は神威女学園に行くよ。そう決めた』
入学を決めなければいけない時期も迫り、夜は茜にそのことを話した。だが、茜の心境はいつもと違って素直に祝えないような複雑な気持ちだった。
結局この一年で二人が組むことは無く、二人の間にはいつからか見えない壁があった。それなのに物理的な距離も生まれたら、本当に離れてしまうのではないかという不安が茜の心にはあった。
それでも幼馴染だからと茜は自分の気持ちを箱の中に押し込め、いつか必ず追いついてみせるという思いも込めて言葉を口にした。
『……先に待っててください。その隣、私のために空けておいてくださいよ』
『茜ちゃん……うん、約束!』
茜と夜は約束を交わし、そして二人はそれぞれの道を行く。夜は神威女学園で頂点を目指し、茜は一人で密かに訓練を続ける。
そして時は経ち、高校一年生となった桜木夜は自らが立ち上げたチームココノエザクラで瞬く間に輝かしい結果を記録し続けた。
誰もが次のトップアクトレスは桜木夜になると期待する日々。だが、そんな中で最悪の悲劇が起こった。
『試合中に、夜が意識不明の重体に……!?』
茜がそれを知ったのは朝食中のことだった。いつも通りの朝、いつもと同じようにニュース番組を見ながら朝ご飯を食べていた時だった。
神威女学園での試合中、類を見ないほど白熱した戦いの影響でコアシステムの第三段階を偶然にも開放してしまった夜。
その凄まじい負荷は内部パーツからとてつもない熱を発生させ、その熱に耐えるためのコックピットブロックになっていないばっかりに内部が高温状態となってしまった。
あまりの事態にエンジニアの対応が遅れてしまったこともあり、一命こそ取り留めたものの結果として意識を失ってしまった夜。
それは誰にも防ぐことが出来なかったであろう偶然が積み重なった最悪の事故。桜木夜という少女が天才過ぎたあまりに起こってしまった悲劇。
この事件によって桜木夜の連勝記録と無敗記録は途絶えた上、高温状態のコックピットに長く居た影響で脳と身体には致命的な後遺症が残った。
トップアクトレスに最も近いと言われた少女は、この試合で積み上げてきた全てを失い、その道も途絶えることとなった。
だが、桜木夜は決して弱みを見せなかった。誰一人として悪者にさせることなく此度の責任や理由を全て背負い、一人静かに舞台から降りることを選んだ。
この悲劇は夜の立ち回りによって荒事になることなく終息し、この結末に対してこれ以上口を挟む者もいなかった。
紅坂茜、ただ一人を除いて。
少女は許せなかった。誰よりも優れている彼女が、たった一つの過ちでその全てを失うことになってしまったことが。
少女は許せなかった。桜木夜という天才が引き起こす想定外、それが考慮出来ていなかったばかりに事が起きてしまったことが。
そして何よりも許せなかったのは、その場に居ることが出来ずただこうして遠くから事の次第を眺めることしか出来ない自分自身だった。
茜は考えた。こんな自分に何が出来るのか、この場所から何が出来るのか。考えて考えて答えを見つけた少女は電話を手に取り、
『……聞こえますか?』
『…………うん、聞こえるよ。茜ちゃんの声、何だか久し――』
『私も、神威女学園に行きます。私が、貴女の戦い方でトップアクトレスになってみせます』
それは宣誓。何が出来るのか、それを考えた少女が見つけた一つの答え。桜木夜という少女の強さを紅坂茜が証明する方法。
傍から見ればこの言葉は、傷心を癒せることではないのかもしれない。けど、これなら夜の気持ちを晴らせると茜は信じていた。
『……そっか。私の代わりに、かぁ……』
『その、嫌だったならごめんなさい。けど、これぐらいしか私に出来ることが思いつかなくて――』
『ううん、すっごく嬉しい……ねえ、茜ちゃん。私からのお願い、聞いてくれる?』
『……はい、私に出来ることなら』
『……なって、トップアクトレスに。私の代わりに、茜ちゃんがなって』
夜は分かっていた。もうトップアクトレスを目指すことは難しいと。それどころか、もう今までのように何もかも上手く行く完璧で天才な桜木夜にはなれないと。
本当は自分で叶えたかった。でも、それはきっと叶わない。
悔しい気持ちはある。でも、それはきっとどうしようもない。
自分でその夢が見られないなら。知らない誰かがトップアクトレスになるくらいなら。
そんなことになるぐらいなら、目の前の幼馴染に頂点に立って欲しい。いや、彼女が頂点に立つ姿も見てみたい。いつからか、夜はそんなことを考えていた。
そうして夜の想いは願いとなり、茜が受け継いだ願望は二人を縛り付ける呪いとなった。
これが桜木夜と紅坂茜の過去、決して忘れられず囚われ続ける。しかし、二人の考えや状態がいつまでも変わらないわけではない。
過去に囚われたまま進み続ける茜と、過去に囚われながら未来を見つめ直した夜。目指す場所は変わらずとも、その進み方が違う二人はどう進むのか。
二人の道が再び交差した今、物語が動き出す。
――とあるアクトレスのちょっとした話#4
「今回は私たち二人についてのお話だね」
「……あの、どうして夜ちゃんがここに?」
「細かいことは気にしないで。とは言っても、本編内で殆ど私たちのことは話しちゃったから……もっと昔のことでも話そっか」
「……なら、最初の出会いとかどうでしょうか」
「いいね、それ。懐かしいね、一人で遊んでた茜ちゃんに私が声をかけて、そこから毎日遊ぶようになったよね」
「そうですね……思えば、あの時からずっと夜ちゃんのことを追ってばかりですね」
「今はどう? 今も同じ?」
「……変わりませんよ、ずっと。私の目標で、私の憧れで、今は私のライバルです」
「……そっか。そう思ってくれて嬉しいな。それじゃあそろそろ終わろうか。次回からはまた普通に戻るから、涼凪ちゃんの落書きコーナーをよろしくお願いしますね」




