決着―20.エルピスとヤミ
消された――神という存在の恐ろしさと共に、ヤミを助けられなかったという現実に海斗はただ呆然としていた。
「な、なんで………」
「なんでって、アイツはもう会話を拒絶した。それが全て」
そんな理由で消されたエルピスが不憫すぎる。
つい海斗も歩み寄ってしまった。感情の赴くままに、体が動くままに動いて、アーミラの前に立つ。
「今すぐ呼び戻せ! 消したんだからできるだろ」
一瞬だけ海斗の気迫くに押されたが、すぐに眉を寄せた。
「はあ。なんでそんなことしなくちゃならないのよ。第一、アタシがここに来た理由は、エルピスを消すこと。彼女が存在し続けると神にとって不都合なのよ」
「どんな?」
「それは………」
アーミラが言葉を濁し始める。
「どんな不都合なのか、教えろよ!」
迷いはしたもののアーミラは、すぐに「あぁもう、わかった」と言った。
「エルピスが生きてたら、ジークは死ぬことできない――つまり、諸星海斗が死んでもまた別の人格に生まれ変わり、また同じ戦争が起きる。流石に2度目はアタシが望んでいない」
「なんで、そんなことわかるんだよ」
「あぁ言ってなかったけ。アタシ未来から来たんだよ」
言葉を失った。
「900年前に会ったアーミラはその時代のアタシだけど、ここにいるアーミラは違う。これより遥か先の未来から来た」
「じゃあ、三度目の戦争はその時代に」
「いや、アタシがいる時代はもう終わった後で、同じ手助けをしている。ややこしいだろうけど、神にとって未来も過去も全部現在なのよ――全て一緒」
そんなことはどうでもいいか――そう言いながら水色の水晶版にアーミラは何かを打ち込む。
「まぁこれで仕事は終わったし、アタシは帰るよ」
「待てよ。まだエルピスが」
「だーかーらー、エルピスを戻したら同じことが繰り返されるの。何度も言わせないでくれる。アタシそういうの嫌いだから」
「だったら、俺がここで解決する――って言ったらどうする?」
「解決?」
喉を鳴らして、アーミラは考えた。ブツブツと詠唱のように独り言を唱えながら、しばし脳をフル回転に動かす。
「まさか、アンタできるって言うの?」
「かもしれねぇ」
「はぁー? どうやったらそんな自信が湧くの。不思議な男ね」
「でも、このまま『消したので全て終わり』なんてあんまりだろ。この空間でずっと居たエルピスも報われないし…………だったら、解決したい」
「まぁ一理あるなぁ」
顎を撫でて考えていたアーミラが突然、「わかった」と相槌をうった。
「今まで十分アンタも頑張ってきたし、少しぐらい言う事を聞こうじゃないか。神の余裕ってやつだね」
すぐさまエルピスが姿を現す。
「大丈夫か!」
海斗はつい寄ってしまうが、雰囲気が違う。
「殺す……殺す………殺す………殺す………」
殺意を言葉で表し、姿かたちが変化する。青のドレスは黒いヘドロとして彼女の体にまとわりつき、白の髪は黒に染まって王冠となった。
そこにいるのは、まさに王である。だが、カルラートやカルミアのような王ではない。命を握る神のように海斗は見えた。
「あちゃー。死神になっちゃったか。これで三度目の戦争が開始されちゃう」
「えぇ」
「あーあ、こうなるとめんどいんだよなぁ」
アーミラは頭に手を抑え、斜め上へと顔を上げる。
〈アーミラ。お前がジークをそそのかし、戦争ヲさせた。コロス〉
「そんなことで殺してほしくないな」
アーミラの手に『ドラゴンスレイヤー』と同じ光が手に現れ、剣へと変化する。大きさは『ドラゴンスレイヤー』よりもはるかに小さいが、色と形はそっくりだ。
「じゃあ海斗。アンタは下がってて。こっからは神と神の勝負だから」
エルピスは黒い魔球を空に浮かばせ、放った。アーミラはそれを容易くよけ、地面を殴る。現れたのは光で、それは槍のように姿を変え、エルピスに向けて放たれた。
彼女はそれをバリアで防ぐこともせず、逆に利用し、アーミラへ跳ね返す。
「マジかよ」
神の戦いに着いてこれないケンイチは、愕然としていた。
その間、アーミラは視界から消え現れたかと思えば、エルピスの横腹に蹴りを入れる。
そして、アーミラは馬乗りとなり剣を突き刺したが、そこにはエルピスはいない――幻だった。
「…………!」
気付けば、本物の神の頭に手をかざすエルピス。その手には紫の光の弾が込められており、瞬間爆発した。流石に効いたのか、アーミラはよろけた。
それから体勢を立て直すかのように、ずれた眼鏡をかけ直す。
「今のは痛かった。でも、中途半端な攻撃だね」
アーミラは光の速さで移動し、エルピスを斜めに切る。そして、右斜め方向に剣を投げた。
飛んで行く剣がエルピスに刺さる寸前、空間が移動する。それはつまり、エルピスが立っていた位置にアーミラが立ったということだ。
「…………ッ!」
自分で投げた剣が背中に刺さる。体が貫通し、口から血を流し、膝をついた。
「あぁ今のは、効いた。凄く痛い」
余裕そうな表情はそのままであるが、確実に致命傷だ。このまま続けるのは危険――海斗はそう判断し、『ドラゴンスレイヤー』を呼ぶ。しかし、反応はない。
剣が来ないのだ。
戸惑っているが、今にもエルピスの殺されそうなアーミラ。しかし、
「アタシは、ただの定義よ。死ぬわけないじゃない」
目の前に立つエルピスの背中に剣が刺さった。それは鉄板のように大きく、剣と言うには不格好だ。
見覚えがあって、実際に握っている剣とどこか似ている。もしかして――。
「『ドラゴンスレイヤー』………」
海斗の意思ではなく、アーミラの意思に反応することがわかっていないまま、エルピスの顔に手を近づける。
手から光のビームが放たれ、エルピスの顔を焼き切った。
顔が無い肉体は膝から崩れ落ち、地面に倒れる。
「終わり」
「…………」
その刹那の間に行われた行動を理解するのに時間がかかり、理解したころにはもう遅い。顔が無いエルピスの死体がそこにあった。
「あああああああああ!!!」
海斗は顔に手を抑え、悲鳴をあげる。
エルピスが死んでしまった――記憶の中に居るあのエルピスがもういない。
ユリに続いて助けられなかったことが悔しく、自責が続いた。
そこにアーミラが近づき、
「別に殺しちゃいないよ。ほら」
指さした方向はエルピスが居た。無くなっていたはずの顔は元に戻り、スヤスヤと寝ている。
「中途半端な状態で溜め込んでいたらいつか暴走しかねないから、発散させた」
「じゃあ……」
「生きてるよ。でも、助けることはできない。もう力を使ったんだ。中間の存在にはなれないから、これからも今までと同じくヤミとして彼女は生きる」
海斗はその言葉を呑み込もうとしたとき、言葉が聞こえる。
〈エルピスと話せ〉――と。その声はどこか懐かしく、まるで自分の声だと思った。
「いや、方法はあるかもしれない……ちょっと、行ってくる」
「すきにすれば。アタシはここから見ているから」
海斗は近づいて、膝を折る。そして、眠っているエルピスの頭を抱えた。
「エルピス……エルピス……」
何度か揺さぶり、呼びかけたら、瞼が微かに動いた。
それを合図として、
「エルピス……俺がわかるか」
と声をかける。
「ジ……ク」
「俺は諸星海斗」
「かい……と」
ようやくわかったのか、顔を見た瞬間エルピスは微笑んだ。
今までと同じ青白い顔で、暗黒の目をしながら。
「ごめんなさい。ワタシ気が動転して……」
「知っているから大丈夫」
彼女が前世の自分を殺しているその映像だけは、脳裏に焼き付いている。
空を見るジークを正面から、ナイフを突き刺す。いまのような表情のまま――いま?
「…………」
海斗は、気付いた。
エルピスじゃない――と。
戦争が終結したということは、エルピスが救われたのかと思ったが、実際は救えていない。彼女を救うことなく戦争が終わってしまい、結果としてジークは英雄からほど遠い存在のまま彼女に殺された。
どういう経緯で殺されたのか――海斗は流れる記憶で推理し、結論を出す。
それは、元々エルピスが死神だった――ということだ。
死神。
それも生まれたその瞬間からエルピスは死神であり、『なってしまう』のではなく『元々なっていた』が正しい。それをジークは緩和させることを目的としたのか、あるいは発現した死神の力を消滅させることが目的であったのか、『ドラゴンスレイヤー』では見えないからわかっていないが、1つ言えることはエルピスを救えず、ただただ神のいいように働かされた――ことだ。
アーミラに目を向ける。彼女は水晶版に集中しており、気付いていない。
今ならできるか――そう考えたが、手を握られる。
「無理よ。アーミラを殺すことはできない」
「それは概念だからってことだろ」
「それもあるんだけど、彼女は――死んで居るから」
「えっ」
海斗はわからず、困惑した。
「アーミラは、900年前に殺した――丁度ジークが死んだ場所に彼女が居たから、背中からナイフを刺して」
地面に転がっているナイフは、ジークが渡したものと全く同じだ。というか、本物なのだろう。
「だから、もう彼女はいない。でも、アーミラが言った通り『神は存在しない』の。それはつまり、死亡していることも正解であり不正解でもある」
「………」
死んでいるが死んでいない。ただ生きていると見せかけて死んでいる。
不死身か。
「神がだれかを殺すことはできるけど、殺されることはできない。だから、無理」
「じゃあどうすれば……」
「もう許すしかない――義信のようにね」
ニコッと笑った瞬間、エルピスの手足が透けて消えていく。
アーミラはその状態に気付いたのか、水晶版から目を離しこちらに向けてくる。
「最後に海斗と話せてよかった。おかげで、ボクは死ぬことができそうだよ。ありがとう」
「そうか」
エルピスの手を握る。
彼女の救済は、死ぬことだった。本来はどこかで死んで居たのだろう。しかし、それができないままこの暗黒世界で生かされ続けていた。
もう終わってもいい。十分、長生きしたのだから。
「本当に殺したことは謝る。ごめんなさい」
「いいんだ。気にしないでくれ」
殺された人間は自分ではあるけど、それはいまの自分ではないから恨みも憎しみもない。あるのは、今から消えていくエルピスに向けて悲しいと言う感情だけだ。
「じゃあ、さよなら」
エルピスは消滅した。
彼女がどこに行ったのかわからない。けれど、死ぬことができたのは確かのようである。
「エルピスが死んだ……」
アーミラは驚きを隠せていない。口をパクパク動かし、目を真ん丸に開いている。
「うっそ、ありえない……なんで」
「それは簡単なことだ、アーミラ。ヤミがエルピスを思い出し、エルピスは最後自分に戻った。ただそれだけ」
アーミラは理解し、笑った。
「その喋り方ジークっぽい」
と。
腹を抱えて笑う神の声は、腹に響いた。




