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決着―19.暗黒の世界

無限に広がる真っ黒の世界は、全てを包み込んでいた。たった2人だけを点灯させ、それ以外のものは全て無へと消滅させる。


「………」


海斗が居ることに気付いたのか、背をむけていた女性が顔を上げる。彼女の名前は、ヤミだ。海斗に『ドラゴンスレイヤー』を渡し、異世界人のことを教えてくれた案内人のような人物。当初は不思議な人間で一体誰なのかわからなかったが、この空間に入った瞬間感じたもので海斗は理解した。

 ここに『ドラゴンスレイヤー』は無くても、それが可能だと言うことは精神的にリンクしているのか、と考えながらヤミに近づく。

 しかし、それを許さないのか、それとも許せないのか、彼女は強く睨みつけた。目の下は赤く腫れあがり、黒い渦の瞳から透明の粒が幾度となく落としながら。


「落ち着いて」


 その言葉がカギとなったのか、暗闇が不安定となった。2人の光が一瞬だけ消え、また灯される。

 彼女は、目の下に拳を添えて、赤子のようにワンワンと大泣きをする。


「わたしは、わたしは!!」


 今度は空間が揺れた。立つだけでも精いっぱいで海斗は倒れるが、そこにはヤミがいる。顔を上げ、さっきの場所に戻ろうとするも戻らない。どうやら、ここに感覚というものは無いらしい。上が下になったり、左が右になったりと常識では考えられないことが平気でまかり通る――それも、ヤミの精神によって。

 海斗はひとまずなだめることにした。


「とりあえず、一旦落ち着こう。な」


 ゆっくりと歩みを進め、ヤミに届く距離まで詰めることに成功した。しかし、ギュンと意識が遠のく感覚がしたかと思えば、開いていた。手を伸ばしても届かないし、さっきよりも明らかに遠い。ヤミの大きさが親指の大きさになっている。


「でも、私がやったんだもん。私が殺したんだから」


 ヤミの正体は、エルピス。ジークと共に冒険し、彼と恋仲となった女性だ。順風満帆な生活を送っていたが、冒険の途中彼女は死神になる運命へと変えられ、ジークはそれを変えるために戦争を起こした。だが、結局救うことはできず、ジークを殺した罪――あるいは、死神になれなかった者の運命として、彼女はこの暗い世界でただ1人、時間も過去も未来もない無の空間で一生を過ごすこととなった。

 ちなみに、クロユリが恨んでいる女性が彼女の事である。エルピスさえいなければジークと恋仲になれたかも、と考え、そこを悪魔に利用されてクロユリへと人格が変ってしまった悲しい人でもある。

 海斗は、『ドラゴンスレイヤー』から流れる感覚を元にそう推理した。


「…………」


 推理の海から抜け、無の空間で泣くエルピスへと目を向ける。

 そこにはまだ泣いている彼女の正体が――無の空間と言うこともあって、考え事をしてもそれはたかが一瞬にしかなっていないようだ。

 時間の感覚が狂いそうである。


「でも、あれは仕方ないと思う。俺がエルピスの立場なら――」


 正面だったものが、いつの間にか天井へと変わる。それと並行してヤミの位置も頭上へと移動していた。

 手を伸ばしても、ジャンプしても届かない。


「エルピス。俺の話を聞いてくれ」


「…………」


 返答が無い。

 それもそうだ。今度は、彼女の姿が足元にあったからだ。


「…………」


 このまま一生いたちごっこになるのだろうか、と考えていた矢先、ため息が聞こえる。

 とても退屈そうで、あまりにもめんどくさそうだ。


「いつまで、そうしておくつもりなんだ」


 ショートの赤い髪をし、眼鏡をかけた女性――アーミラだ。しかし、どこか違う。白い布を体に巻き付けているのは変わりないが、雰囲気と言うべきか。この暗闇の中でもハッキリとその輝きが見える。2人とは一味違う光だ。

 アーミラは、海斗の隣に立つなり、下を指さした。


「コイツには声なんて聞こえないよ。自分の世界にこもりやがった。こうなったらめんどくさい。神であるアタシでも手が焼くのよ」


 ほんと世話の焼ける子ね――アーミラは地面を踏んだ。それも力強く、まるで虫を踏み潰すかのように力いっぱいに足を叩きつける。

 特に変わるっていない…………そう結論つけたが、違った。いつの間にかヤミの背中がすぐそばまで来ている。それも手が届く範囲で。


「そんな取り乱しているってことは、全てを思い出したんだね。そうなんだろエルピス」


 その瞬間、アーミラの胸ぐらをつかんで押し倒した。


「お前さえいなければ、ジークも、ワタシもこうはならなかった! 殺してやる! 殺してやる!」


 海斗はなぜエルピスが怒っているのかわかっていない。見えなかったのだ。そこだけがどうしても頭に流れない。


「殺したければ殺してもいいけどさ。死神にも、人間にもなれないアンタが完全な神を殺せると思ってるの? 思い上がりもいいとこ」


 エルピスはアーミラの顔を殴る。

 鈍い音が響き、アーミラの顔が右向きとなる。

 しかし、


「そんなの効かないよ。だって、アタシ神だから」


 エルピスの腹部に手を添えた。その瞬間、彼女の体が後方へと吹き飛ばされる。

 小さくなり、米粒になったかと思ったその刹那頭上から降ってきた。


「……ッ!」


 漆黒の瞳で睨むエルピス。その目は恐怖で、見ているだけで吸い込まれそうになる。だが、アーミラはそれに臆することなく、顔を近づけた。


「反抗的な態度やめてくれる? アタシそういうの嫌いなのよね」


「……絶対に殺してやる」


 エルピスは立ち上がり、今度はヘビの彫刻をしたナイフを取り出した。どこから取り出したのかわからない。それは突然現れたようにも見えたし、事前から手に持っていたような感じもする。ただ1つ言えることは、そのナイフがジークを殺したときに使われたもので間違えないと言う点だけだ。


「………」


 力いっぱいに振ったナイフがアーミラのわき腹に刺さる。そして、そのまま強くナイフを押し込み、グリグリと捻りを加えた。

 海斗は止めに入ろうとするが、


「邪魔しないでくれるかな。今いいとこなんだよ」


 エルピスに冷たく言われた。ただ冷たく言われるのならまだいい。それは、恐怖の声だ。心にある勇気と言う動物を刺し殺せる、人間の動きを簡単に封じ込める力があった。

 海斗は声を出すこともできず、この無の空間に呑み込まれる。

 その間、エルピスはもう一度強く刺した。

 アーミラはその反動で口と刺し傷から血を流す。

 だが、その顔はニヒッと笑っていた。


「痛くなーい」


 その瞬間、場面が変わる。アーミラは少し離れた位置で、腕を組んでいた。エルピスに刺された傷も、流れていた液体も、何もかもが消え、ただただエルピスがナイフを手に持って突っ立っている。


「どうなってんだ」


 海斗はついに言葉が漏れる。それが合図のように、アーミラは犬歯を見せた。


「神は存在すると同時に存在してないのさ」


 状況を理解してない海斗に向けて、説明を続けた


「例えるなら数字の0に近い。リンゴが0個やミカンが0個のように、0という数字は定義として存在しているが、現実にはその数字は無い。誰も証明できない――それが神という種族」


 アーミラは自信満々に誇りをもって、自分の存在を明かした。


「…………」


 エルピスは、腹を立てたのか、それとも余裕な表情を浮かべるのに焦ったのか、またも同じようにナイフを持って走った。

 だが、


「無駄だって言ったじゃん」


 ため息を漏らして、手をかざす。たったそれだけの行動でエルピスの存在が抹消された。


「…………」


 どこに行ったのか知るために海斗は探した。この暗闇の中で光る彼女の存在を必死に目で見つけようとするが、そこにはいない。


「エルピスは、どうなったんだ」


 アーミラが海斗に振り向いた。


「存在ごと消したよ」

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