決戦――14.魔獣ロザリオ
ロビンは矢を放ち、ロザリオの攻撃を受け流す。
「…………」
いつも喋る魔獣が喋らないのは、狂気があり、不気味だ。
気持ち悪い――その言葉がぴったりと合う。
「待たせた!」
海斗がやってくる。
「大丈夫か?」
さっきの怪我を心配した。
「全然、大丈夫」
海斗は、なんともないと見せたいのかその場でピョンピョンと跳ねた。しかし、服の隙間から見える青黒い痣を見ると、痛々しい。並の人間ならぶっ倒れているだろう。
そう、並の人間ならば。
「カルミア様は無事か?」
「あぁもちろん。今は、ちょっと休んでいるが」
「そうか」
ロビンが安心したその表情を海斗は見逃していない。
「………」
魔獣を見て、海斗は色々とわかった。名前も、誰が宿主かも、知ったうえでどうするか考える。『ドラゴンスレイヤー』を通して何が必要か、フルで頭を動かした。
「悩んでいる暇はないぞ」
ロビンのその言葉で現実に戻った。
「……ッ」
ロザリオの手から光の玉が放たれる。ロビンは矢で撃ち落とし、海斗は大剣で弾く。
「行け、海斗!」
「あぁ」
突っ走る海斗。その背には、ロビンが弓を構えていた。
「ウガァァァァーーー!」
額から黒い煙が立ち上ったかと思えば、その後炎が吹き荒れる。轟々と音を立てる炎を前に海斗は躊躇しない。信頼しているからだ。
「オーテクト!」
斜め上に放たれた矢が地面に刺さり、大きな魔法陣を展開させる。魔法陣にはびっしりと文字が書かれており、全く読めないが、透明で青いそれはかっこよく、少年の心を刺激してくれる。
「海斗。その矢を抜け!」
ロビンの言葉通り、海斗は矢を掴む。魔法陣も少し動いたようにも見え、海斗はそのまま突進する。
ロザリオの炎は、ロビンのはなった矢と魔法陣によって防がれていた。
「……?」
ロザリオは防がれたことに気付き、炎の攻撃を止めた。
「ウガァ!」
両手に円盤の光を携え、海斗に向けて発射する。
「それもこれで余裕だな」
ロビンを信じていたが、当の彼は
「ばっか、海斗!」
と焦っている。
それに気づかず、そのまま突進した。
「………」
空を切り裂く円盤は、魔法陣と衝突する。
よし、これで――と息巻いた瞬間、魔法陣にヒビが入り、貫いた。
反射的に顔をずらしたからこそ致命傷にはならなかったが、もし遅れていたら鼻から上が切れて死んでいただろう。
危なかった。まさに危機一髪だった。
ロザリオは関係なく、何発も光の円盤を投げた。ロビンの魔法陣では防げないし、どうするかとテンパっている海斗。
そこにロビンが
「シューティング・スター!」
一直線に飛ぶ矢が撃ち落とした。
「進め、止まるな!」
次々と消えていく円盤を見て、海斗は前に出る。
ビビるな、臆するな、と自分に言い聞かせて、足を前に出す。
1歩進むごとに流れてくる記憶。これは過去の自分――つまり、前世である英雄ジークのものだ。
空は暗く、家はことごとく倒壊し、それを糧に烈火の炎が渦を巻いている。破滅した世界を思わせるような場所で、ボロボロのジークとロザリオが激しい戦闘をしていた。お互い1発殴れば殴られるように、ヘトヘトで力が残っていない。
それでも戦う理由――それは怒りだ。嵐のような荒々しい気持ちが怒涛に流れ、見ている自分に全てのしかかる。
このまま『ドラゴンスレイヤー』で切り殺すべきではないだろうか、許していいのだろうか、と負の感情が流れる。
「…………」
魔獣ロザリオに、エカルラートと同じ黒い炎が見える。
これを潰せば――そう考えたとき、海斗は呼ばれた。
「ロザリオが死ねばマリーが死ぬ。それが器となった人間の宿命だ」
つまり、ロザリオが生き続ける限りマリーは生きる――ということなのだろうか。
「…………」
それなら、切るわけにはいかない。しかし、切らなければ死ぬこととなる。
このまま悩みたいところだが、悩み暇はない。
ついにロザリオとの距離が短くなる。手に持つ『ドラゴンスレイヤー』は届き、彼と肉弾戦となる。
やむを得ない、海斗はボロボロになった魔法陣を地面に捨て、切りかかった。
ロザリオは、その巨体から想像できない反射神経で攻撃を交わし、反撃とばかりに足蹴りをかます。
「……ッ」
顎を蹴られ、一瞬視界が揺らぐ。その隙をついて、3発のパンチが胴体に入った。
「……ッ!」
気合で耐え、今度はお返しとばかりに、ロザリオの右頬を渾身の拳で叩きつける。
記憶と同じ肉弾戦が繰り広げられた。殴り殴られを繰り返し、ついにはお互いがボロボロとなる。
「海斗。耐えろ」
その言葉に反論するでもなく、ただただ返事をし、なんとかやってみる。
ここまで強くしてくれ、一緒に戦ったことがある彼を信じているからだ。
「…………」
ロビンは、弦をギリギリまで引いてそのときを待った。呪符を巻きつけた矢を放てるそのときが来るまで、引っ張り続ける。
「すまない海斗。本当は、僕がやるべきなのに……」
そう普通にロザリオが暴れただけならそのつもりだった。しかし、今は違う。ロザリオは悪魔によって暴走し、それを鎮火させるには彼が一番気に留めている状況――つまり、過去の決着をもう一度つけるしかなかったのだ。
もしここで出しゃばることをすれば、余計に状況が悪化することをロビンは理解していた。だから、ただただ待つしかない――ロザリオが気を落ち着かせるそのときまでを。
「………」
海斗とロザリオは、お互いボロボロになっている。口から血を垂らし、全身傷だらけで、ところどころ青黒い痣が体に浮いていた。
それでも拳で戦い続ける。
息も上がり、腕は鉛のように重くても、拳を握るその手は緩めない。絶対に絶対に止めない。
「オラぁ!」
力いっぱいに振り絞った拳がロザリオの顎を強く打つ。顔は揺れ、魔獣の膝は崩れ、とうとう地面に俯いた。
「ま、まけ……」
ロザリオがその言葉を吐いた瞬間、ロビンは引いていた弦を離す。一直線に飛ぶ矢が魔獣の首に刺さり、赤黒い血が噴水のように飛び散る。
それと同時にロビンは走り、馬乗りとなった。首元に両手を添え、ブツブツと周りに聞こえない声で連呼する。それも速く、言葉の列を長々と言ったあと、一度肺に空気を入れる。
「ウーフイ!!」
入れた空気を吐きだすように大声で言った。
「ぐ、グオオオオーーー!!」
絶叫し、魔獣ロザリオの上に魔法陣が浮き出て、文字が入り込む。1番目、2番目、と入り、最後に中心部分に大きな絵が描かれる。それはロザリオと同じ姿をしている。
「………」
苦しみだしたロザリオはやがて力を無くし、うつ伏せのまま小さくなる。徐々に徐々に小さくなり、姿も消え、見えてきたのはマリーだ。腹部に大きな目を出した黒髪の彼女は、素っ裸になっている。
海斗はとっさに視線を逸らす。
「………」
ロビンは来ていた上着を彼女にかぶせた。
「海斗。ありがとう」
その言葉を合図とし、海斗はその場で座り込んで、グーサインを見せる。
「良かった。ほんと良かった」
安心のまま言葉を出し、後ろから爆発音が聞こえる。
「行かなきゃ」
『ドラゴンスレイヤー』を杖のようにして立ち上がり、足を引きずった。
「ロザリオの封印でほとんどの魔力を使い切ってしまったから、助けには行けない。頑張ってくれ」
ロビンも疲れているのだと、一目でわかった。額から流れる汗。朦朧して定まらない視線。そして、なんと言っても息遣いだ。口から繰り返される呼吸は酷く大きい。
なんとか立っているだけで精いっぱいと言ったところだろう。
「あぁわかってるさ」
ボロボロの状態のままライラと真澄の元に向かって進む。
ユリを元に戻したい。とにかく、救いたかった。




