決戦――10.ジーク
目が覚めた――と言えばいいのだろうか。上下左右どこを見渡しても広がる真っ白の空間には、見覚えがあったが、思い出せない。
ここに来た理由を、ここに来ることになった経緯を思い出そうと必死に記憶を遡ってみる。しかし、記憶が無い。それどころか、名前も、自分がなんなのかも、出てこなかった。
――なぜだ。
疑問が思い浮かぶ。ただそれを解決しようと意識が動かない。
それでも、このまま居座るなんて選択肢はなかった。大事な何かを置いてきた気がするからだ。
突然、空間が動き、色が現れる。黒紫、オレンジ、緑、ベージュ色――他にもたくさんの色が広がって、世界を作った。
見えてきたのは、海だ。オレンジの光を反射させ、空に浮かぶ月を鏡映しにする。
――見覚えがある。
ただわからない。
これが何を意味するのか、知らない。
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。
音のなるほうへと目線を向けると、そこには1人の女性が立っていた。ショートに切られた赤い髪に、全身を白に包んだ女性は、男の近くで座り込んで口を動かす。
「すまないジーク。あんたを最後まで守れなかった」
ジーク……。
ジーク……。
そうか、と思い出す。
それは自分の事ではないか。
全てを思い出したジークは、自分の死体の近くに立つ女性――アーミラの話を聞く。
「一応、転生できるように道は作ったけど……約束は守れなかった」
アーミラが涙を流し、顔を抑える。
「世界を守ったのに……できなかった。ごめんなさい。ごめんなさい!!」
頬を伝う大粒の涙に全てが物語っている。
ということはつまり、
「エルピスは死んだのか」
アーミラの顔が上空へと向けられ、目が合う。
「そこに居るのは、ジーク!?」
「えっ」
死んで魂だけの状態になった。普通は見れないはずなのに、アーミラには見えている。
それもそうか、彼女は人間に近いが神の1人である。
「な、なんでジークがここにいるんだ。消滅したんじゃないのかよ!」
「そのはずだった。でも、何故かここに居るんだ」
「はぁ? なら転生するはずだろ。意味わかんねぇ」
同感だ、ジークはため息を吐く。
「それよりも、やはりエルピスは……」
「あぁそうだった。彼女は死んでしまった。お前を殺した罪の意識で」
やっぱりか。予想はしていたが、死なれるのはつらい。それも、最愛の人に死なれるのは悔しさしかない。
「ごめんなさい。アンタに全て任せたのに、あたしはできなかった……。償うよ」
ただ悲しんでいる暇はない。自分には何かやり残したことがあって、何かをするためにここに居るのだろうから。
「その必要はない」
「えっ」
「命あるもの全て最後は死ぬんだ。永遠の命なんてないのだから、気に病むことはない。それよりも、消滅しなかった理由に何か心当たりは無いか?」
「うーん。アタシの専門外だからわからないけど、もしかしたら……ってのはある」
「どんなものだ?」
「悪魔と契約した人間を聞いたことがある。内容は『死んだ魔力の復活』――ネクロマンサーになること」
対峙したことがある。魔物、人間、動物――生物問わず、死体であれば操ることができる生物のことを指す。
「で、そのネクロマンサーになる経緯がもしアンタの復活を望んでいたら……」
「消滅はされないな」
だろ、アーミラは指を立てた。
「でも、ネクロマンサーってそれほど強力か。俺の魂を意志のみでとどめるってこと不可能だと思うんだが」
「そこに悪魔が介入したんでしょ。たぶんな」
「だったら、あり得るかもな」
悪魔とは話したことはあるけれど、戦ったことがない。だからどれほど強いのかジークにはわからなかった。
考え込んでいると、突然何かがひらめいた。
「もしかして、エルピスが死んだのってそれに関係してないか」
「は? どうしてだ」
「いや、俺を生き返らせたいと望んだ人間が、殺した人を生かすはずないよなぁと思って」
「確かに」
「俺の魂を留めながら、ネクロマンサーになる事を望んだ。だったら、それなりの贄が必要となるだろ」
「えっちょっと待って、じゃあ、エルピスは死ぬことが決まっていたと言う事か」
「俺の考えではな」
彼女が死ぬということは、予想の域でしかないから詳しくはわからない。ただそれでも、この考えは良い線を言っていると思う。
アーミラは顎に手を置いて、深く考えながら物事の整理を始めた。
「ジークは消滅しなくて転生もしていない? で、それを阻止しているのが悪魔と契約者で、エルピスが死んだのはその人たちのせい――あっ!!!」
アーミラが大声を出す。
「わかった! 悪魔と契約した人間が、アタシわかっちゃった!!」
天才だなぁ、自惚れた言葉を無視して人物を聞いた。
「ユリだよ。ユリ!」
「えっ彼女が……」
一体なぜか、ジークにはわからなかった。
「鈍感だな。あの子は、恋をしてたんだよ。好きで好きでたまらなくて、死んだアンタを生き返らせたくて悪魔と契約した」
ユリの好意をジークは断った。
自分には思いを寄せている人がいる――と、キッパリと告げたのを覚えている。それからと言うのも彼女はいつも通りのユリとなったのだが……何が彼女に変化をもたらしたのだろう。
「アタシは神としての地位が低いからユリの行動は見れてないけどさ、つらかったと思うよ、好きな人が死ぬってのは……。しかも、それが誰かによって殺されたってのは、悔しいし憎いよ」
アーミラの表情に悲しみが宿る。
続けて、
「その解消として、十分な生贄として、彼女をささげたってのがアタシの考え」
ジークは、頷いた。
「それだけ強力な魂があれば、俺を留めることは可能だろうな……」
それだけのために殺されたのか。
怒りが湧く。もし本当にそれが正しいのであれば、ユリを許すことはできない。きっと殺しに行ってしまうだろう。
行き場のない怒りと悲しみが渦を巻く。
「アタシの予想だけどね。とりあえず、アンタはやるべきことがあるんじゃない。はやく戻ったらどう?」
「えっ……」
ため息を吐くアーミラ。
「さっき聞いたんだけど、アンタ、ジークじゃないでしょ」
「いや、俺はジークで……」
「それは前の話。そこに居るアンタはジークじゃない。諸星海斗……そうでしょ?」
「あっ」
全てを思い出した。
そうだ、自分は諸星海斗。カルミアのために戦うと決意した高校生だ。
「もう戻りなさい。あんま長居しすぎると本当に消滅するからさ」
「あっ、あぁ」
来た方法もよくわからないから、戻りかたがわからない。
「簡単に戻れるから、安心しなって。それはそうと、アタシの考え正解かどうか未来で確かめて。たぶんそのころのアタシは、もう少し地位が高いはずだから、見れてるはずだから」
「はあ」
「なにボサッとしてるんだよ。早く行け! ここはいまのアンタが居ていい場所じゃない」
「わ、わかった」
カルミアを思い出す。いや、彼女だけじゃない――真澄、ロビン、マリー、沙月、如月、と大切な人を想像した。
すると、黄金に輝く剣――『ドラゴンスレイヤー』が目の前に現れる。
「その武器は、ジークに関係するものに干渉して見せてくれる。だから、ここに来たんだと考える」
『ドラゴンスレイヤー』は反応するかのように、輝き続ける。
「あぁこんな長話している暇はない。アンタはアンタなんだから、ジークに縋るんじゃないよ。自分で終わらせなさい」
「わかった。ありがとう」
「いいのよ。ジークにはお世話になったから」
『ドラゴンスレイヤー』に触れた瞬間、光に包まれ、目が覚めるとクロユリが立っていた。
鞭を振り下ろそうとしている。ただここから防御するには間に合わない――どうするか。
「ジークのために死ね!!!」
鞭が放たれる瞬間、
「ユリ!!」
その名を叫んだ。
アーミラに聞いた名前を叫んだ。
「な、なんで……」
クロユリの手が止まる。
戸惑いを露わにし、足が後ろに下がった。
――動揺している?
そこで彼女の正体が、かつてジークの仲間であったユリなのだと察知する。
ここを隙とばかりに、もう一度
「ユリ」
と叫んだ。
口をパクパク動かし、何かしゃべろうとする。けれど、動揺が大きすぎてそれを言葉にできていない。
チャンスとばかりに、続けて
「わかったんだよ。お前の事が」
赤い瞳を輝かせて、高らかに言った。




