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決戦――08.再会


割れた窓ガラスからロビンは入った。勢いを殺すために前転をし、弓を構える。


「…………」


 海斗の姿も、ボスと思われる存在もいない。どうやらどこかに行ってしまったらしい。

 毒はあるが、自分がエルフとのハーフであるため効かない。

 毒を判断するために、嗅いでみる。独特な酸味のある臭いと鼻腔を刺激するピリピリとした痛さ――これはバルバラの花だ。深淵の森によく咲き、症状は吐き気、痺れ、筋力の低下だ。


 なぜこの毒を巻いたのか不思議に思ったまま、



「自然の(グリーン・ブリーズ)


 周りの毒を外へと放出させながら、消滅させた。

 辺りを刺激するものは無くなり、安全となる。

 ロビンは、そのまま進んで、倒れる2人を発見し、理解する。


「別の毒を流されたのか!」


 すぐにカルミアと真澄に近寄る。

 真澄は姿かわらずだが、カルミアは酷い。吐しゃ物に汚れ、血を流し、呼吸が浅い。なんの毒を流されたのかわからないが、ただの毒ではなさそうだ。

 解毒薬で治せるかどうか、怪しい。


「噛めますか?」


 カルミアに尋ねてみるも、返事が無い。魔力の低下もあって、真澄に対して回復魔法を流し込んでいたことが想像できる。

 やむを得ない――錠剤を手で砕いて、粉にする。そして、彼女の口を無理やりこじ開け、流し込んだ。


「あっ水も必要だ」


 急いで奥の厨房へと向かう。適当に置いてあった平べったい皿を持って、蛇口をひねる。水をある程度入れたら、そのままカルミアの元に戻り、彼女の口に流し込んだ。


「ゴクッ……ゴクッ」


 ただただ流される液体を彼女は喉に流し込む。みるみるうちに顔色がよくなる。

 流石マリーだ、彼女を褒めながら、体調を窺う。


「少しよくなった。ありがとう、ロビン」


「必要なことをやっただけです」


 寝ている真澄にも同じ行動をした。


「こ、ここは……」


「団子屋だ」


 ロビンが答えた。

 2人は無事で、ホッと一安心したのも束の間、背後から忍び寄る手をロビンは掴んだ。


「お前は……誰だ」


「気付かれちゃったか」


 黒いシルクハットをした男が立っている。


「ただの悪魔だ。気にしないほうがいい」


「悪魔だと……」


 なに適当なことを――過去の記憶がよみがえる。

 母が言っていたある言葉。


〈シルクハットの男に気を付けて〉


「…………」


 目の前の男ではないのだろうか。


「お前は、シェリーの息子か。母親そっくりじゃねぇか」


「は?」


「まぁお前は知らんだろう。ずっと昔の話だから」


「…………」


 ロビンと悪魔の間に、ピリピリとした空気が流れている。

 悪魔は気にすることなく、話を続ける。


「シェリーと会ったのは、お前が生まれる前の話だったっけ。まぁなんでもいいや。あいつらを滅ぼせたから、問題ないし」


「ほろ……ぼした……?」


 何を言っているのかわからず、つい繰り返してしまった。

 それが聴こえたのか、悪魔はニヤリと口角を上げる。


「そうだ。お前の母シェリーとジークが手を組んだことで、俺たち悪魔が生きにくくなってしまった。その腹いせ……としておこう」


「そんなことで……」


 ふざけんな、ロビンは怒りに任せて殴りかかった。だが、悪魔はそれをサッと受け止め、投げ飛ばした。


「今は半端者に用はない。あるのは、そこの王女」


 カルミアだ、悪魔は指さした。


「ワレだと……」


「そうだ。お前は、魔王エカルラ―トの生まれ変わりだからな」


「魔王……?」


 カルミアと真澄は、きょとんとしている。だが、ロビンは知っていた。聞いたことがある。

 史上最悪の魔王――ジークと戦い死んだと思っていたが、まさか、カルミアに生まれ変わっているとは思わなかった。


「何をする気だ、悪魔」


「ちょっと出てきてもらうだけだ」


 やめろ、ロビンはその言葉と共に弓を構え、矢を放つ。


「自然の束縛(グリーン・テンタクルズ)!」


 その魔法は矢を触手に変化させる――はずだった。ロビンが放った矢は姿が変わらず、悪魔は掴んだ。


「そんなマジック効かないねぇ♪」


 矢をへし折り、地面に捨てる。


「動かれると迷惑だ」


 悪魔はロビンに手をかざす。

 瞬間、彼は地面にうつ伏せとなった。まるで糸で縫われたように密着し、そのまま動けなくなった。


「な、何をする気なの」


 力が出ていないカルミアを守るように、真澄が前へ出る。


「ただの人間が」


 失せろ、悪魔が手をかざした。


「………?」


 真澄の右手が内回りに曲がっていく。どんなに反発しようとしても、言うことをきかない。


「や、やめろ……」


 カルミアは立ち上がり、悪魔の足元ですがるようにして訴えた。


「なら、さっさと魔王を呼び出せ。人間の右手が無くなる前に」


「……どうやって」


 今にも泣きそうな目で、悪魔を見る。

 しかし、悪魔は関係ない。涙も、痛みも、遠い感覚だ。


「知らん。自分で考えろ」


 カルミアを蹴飛ばし、続ける。

 そして、


 ぽきっ。


「ああああああああああああ!」


 真澄の肘が折れた。

 だらんと力なくぶら下がるが、それでも右手は回り続けた。

 真澄がどれだけ苦痛の声をあげても、悪魔は続ける。


「……どうすれば、どうすればいい」


 頭を抑え込み、とにかく自分に問いかける。


「…………」


 ロビンが悲痛な目を向ける。


「ボクにすればいいじゃないか」


 彼の訴えを鼻で笑う。


「お前じゃ役不足だ」


 ロビンに目もくれず、悪魔はずっとカルミアを見ていた。


「早くしろよ。じゃなきゃもう1本も同じようになるぞ」


 真澄の左手が横に伸びる。


「……ッ」


 彼女の顔が恐怖で引きつった。同じ痛みが来ることを想像し、歯を噛みしめ、涙を流す。

 耐えれば大丈夫、と言い聞かせているような覚悟を決めた目で。


「………」


 カルミアはそんな彼女の顔を見て、余計に自分を追い込んだ。


「魔王、魔王」


 とたった2つの言葉を連呼する。神に祈りを捧げるように手を握りしめ、訴え続けた。

 その間も真澄の右手は回り、とうとう手首の骨が外れる。


「ああああああああああ!」


 彼女の叫び声で身がビクッと動く。


「魔王、魔王、魔王、魔王……!」


 その言葉が届いたのか、ついに変化が訪れる。


「ンッ」


 早くなる心臓の鼓動。そして、グチャグチャに歪む視界。

 カルミアは顔を下に向け、力なく座り込む。


「やっと来たか」


 真澄から目線を外し、カルミアの傍による。


「目を覚ませ魔王」


 その言葉と共に、立ち上がるカルミア。いいや、もうカルミアなのだろうか。見た目は同じで変化はないが、その佇まいから感じる気配が違う。

 地面に横たわるロビンは、絶望の淵でそう感じていた。


「……フッ」


 顔を上に向け大笑いする彼女。


「魔王エカルラ―トの復活だ!!」


 炎を連想する赤紫の模様を顔に出現させたカルミア——いや、魔王は、真澄とロビンを見下ろした。

 活気のある目はそこにはない。あるのは殺戮と冷酷さを兼ね備えた赤い瞳だ。


「魔王、魔王の復活だ」


 悪魔は彼女と何かを離している。しかし、それはロビンにも聞き取れない不思議な言語だ――たぶん魔族の言葉だろう。

 その後、何かを理解したのか2人は頷いてここから飛んで行った。


「…………」


 立ち上がり、自分の不甲斐なさを感じる。ただ今は反省している時間ではない。

 ロビンは立ち上がり、真澄に近寄った。


「治してやる」


 ぞうきんのように絞られてないのが幸いだ。

 すぐに手をかざし、回復魔法を使う。


「ちょっと痛みが伴うけど、我慢しろ。スクラール」


 逆再生のように、右手が徐々に徐々に戻っていく。


「ウッ。あっ……」


 戻る痛みに声を漏らす真澄は、自分の口を手で抑えた。必死に声を押し殺し、足をばたつかせながら、耐える。とにかく耐えて、耐えて、耐え忍んだ。


「もう少しで終わる」


 それから数秒後、腕は完ぺきに元に戻った。


「ハァ」


 真澄がぐったりとした表情で横になる。


「真澄は隠れてろ。あとは、俺たちがやる」


 ロビンは背をむけ、進もうとした。しかし、「待って」と止められる。


「私も力になりたい。何かしたい」


「きみはただの人間だろ。何もできない――むしろ邪魔になるからダメだ」


「でも……」


「でももけどもない。きみが責任を感じる必要が無い。こうなったのも、元々我々の力不足が招いた結果。自業自得のようなものさ」


 真澄がゲーセンに誘ったからこうなった――と考えているのは、すぐにわかった。

 だから彼女は、酷く傷ついた顔をする。悲壮感にただれ、何もできない悔しさを滲ませた。

 仕方がない――ほっとけない、と思ったロビンは、真澄を褒め始める。


「きみは、勇敢な人間だ。すごいよ」


 その誉め言葉は、彼女に響いていないようだ。

 どうしたものか、このまま悩んでいる時間が無い。刻一刻と迫っているのだから申し訳ないが離れることを選択したまさにそのとき——


「ロビン。久しぶりだなぁ」


 聞き覚えのある声――その人物は真澄の隣に立っていた。

 首元まで伸びた青い髪。恰好は肌の露出を極限まで抑えた白色の服を身に着けているが、ところどころに空いた穴が返って露出を増やしていた。グリップ部分がドラゴンの顔となった短刀を腰に添えている。明らかにドラグネス王国の人物だ。

 まさか


「ライラ……?」


 どうして彼女が。死んだはずでは……。

 幻覚を疑った。だが、


「オレ生きてんだぜ」


 驚いただろ――ロビンの胸を軽く突いた。

 触覚が刺激され、どうやら幻覚じゃない、と脳が囁き現実だと実感する。


「な、なんで」


「アイツの声に反応して、ここに連れてこられた」


 親指を指した方向に居る人物――真澄。

 余計わけわからなくなり、冷静さが欠けてくる。


「真澄は魔力が無いからあり得ない。本当のことを言えよ」


「いやいやいやいや。本当のことしか言ってねぇよ」

 

 混乱するロビンを笑うライラ。


「あはははははは! 考える話じゃないだろ。そんな難しい顔するんじゃないよ。人生楽しめないぜ」


「んなこと言われても……」


 相変わらず、前と同じことを言っているから本物だと信用する。


「オレもよくわからねぇけど、アイツたぶん魔法使いの末裔だ」


「それなら、僕が気付くはずだろ」


「自分の実力を過信するなよ……。まぁいいや。オレの予想だけど、加護がついていたら?」


「守られているっていうことか」


「そういうこと。たぶん完全な味方ではないんだろうな。あくまで、狙いの敵を倒すために、一番都合のいい人間に付いているってだけだと考える」


 都合――ロビンは気付いた。


「そうか。ジークの生まれ変わりと一番近い所にいて、異世界人でもない人間は真澄しかいない!」


「ジーク……?」


 ライラはつい最近生まれた人間だから、わかっていないようだ。しかし、それを無視ししてロビンは話をする。


「でも、異世界人の末裔だから多少関係するはず……いや、あまりにも昔過ぎて血が薄いのか」


「可能性はあるな」


 深い思考の迷宮へ足を踏み入れる。どういうことか、一体何なのか――顎に手を当て、1人で考え始めた。


「そんな時間ないんだろ。終わってからにしろよロビン」


「あっ」


 ライラに呼び戻され、現実世界へと帰ってきた。


「それもそうだ。あっカルミア様が……」


「大体知ってるから安心しろ。ひっさしぶりに暴れたいぜ」


「ライラってやつは……」


 嬉しさを押し殺すが、つい頬が緩んでしまう。


「変わってないな」


「まあな」


 死んだと思われていた旧友との再会。もしかしたらスコットとも会えるかもしれない、という淡い希望を抱いて、真澄の前で座る。


「もしかしたら、きみは相当な力を持っているのかもしれない。だから、さっきの言葉は全て訂正する。一緒に戦ってほしい」


 力を貸して、思いも知らない言葉に真澄の表情が明るくなる。


「でも、私は……」


 否定的な意見になった彼女を呼び止める。


「そうならないように、僕たちが守るし、もし危なくなったら全力で逃げて。なりふり構わず、前だけ向いて走る事。それさえできれば、大丈夫だから」


 真澄は立ち上がって、頷く。


「わかった」


手を差し伸べ、一緒に立ち上がる。


「話は終わったか」


「まぁな」


 腕をブンブン振り回す。


「よーし頑張ろうぜ。真澄ちゃん」


「はい!」


 呼ばれたのが嬉しかったのか、彼女は大きな返事をする。


「………」


 真澄の武器だが、それはたぶんマリーのバッグに入っているはずだからまずはそこに寄って、からの海斗との合流だろう。

 魔王となったカルミアを元に戻す道具も、あるかもしれない。


「それじゃあ行こうか」


 ロビンたちは進んだ。

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