決戦――03.かつての親友《後編》
商店街から外れ、ロビンとクローバーは何処かの市街地で空中戦を開始した。幸いにも人ひとりおらず、戦いやすくて、自由に飛べた。
クローバーが投げたナイフを矢で弾く。
「ロビン! きみとの決着を望んでいたよ」
「それは僕も一緒だ」
ロビンが極めた自然魔法――エルフの魔法は、ここでは使えない。その代わり、射撃魔法であれば使えるのだが、それだとクローバーを倒すことが不可能であった。
彼は強い。ともに100年も旅をし、その強さを何度も目の当たりにしてきたロビンは知っていた。
弓に3本の矢を取り付け、力いっぱいに弦を引っ張った。
「イリュージョンアロー!」
その言葉と共に放たれた矢は、無限に数を増やす。
「どれだけ矢を放とうが、ぼくには勝てないよ」
クローバーは10本のナイフを投げた。その刃物は糸に繋がっているかのように、自由自在に飛び回り、無数の矢を弾く。
その間にロビンが次の手に出た。
「アトミックスター!」
放たれた1本の矢は、無数の矢の中に隠れ、姿を消す。
「どれだけ矢を放とうが無駄無駄」
甲高い音の中に身を置いていたクローバーは気付いているわけがない。目の前までせまった矢をナイフで弾いた瞬間、爆発した。
「…………」
待ってましたと言わんばかりに、ロビンは下へと高速に落ち始める。自殺のためではない、狙っている計画のために。
「ゲホッ、ゲホッ」
黒煙に包まれていたクローバが咳き込む。
「やってくれたね。まさかそれを囮にするなんて」
成長したんだな、クローバーがニヤリとほおを緩ませる。そして、ロビンを追って彼もまた下へと落ちた。
「他に何か狙いがあるようだね。ロビン」
後方からの声を無視して、とりあえず飛び続ける。どこかのタイミングで着地できればいいのだが、その瞬間は無防備となる。矢を放てば多少は防げるだろうが、それでも心細い。確実に落ちて、確実に生き残る方法を模索する。
「次は、ぼくの番だよ」
それを無視して、クローバーが2本のナイフを投げた。
「見えない鎖」
ナイフが変形し、見えなくなった。その刹那、高速で飛んでいたロビンの体が一瞬にして止まる。
「……ッ」
急に止まった物だから、全身に激痛が走る。
首と内臓を痛め表情を歪ませたロビンが必死にもがいた。しかし、動くことができず、それどころか体を縛る何かの力が強まるばかりだ。
下手に動かない方がいい、ロビンは抗うことを辞めた。
「かしこい選択だね。やっぱきみを殺すのは、惜しいよ」
目の前で降り立つクローバー。
「じゃあ、死んでもらおうかロビン」
にこやかな表情から殺しをするなんて想像ができない。ただ彼はそういう人間だ。身動きが取れない人間が苦しみ、もがくさまを見るのが好きなタイプで、ロビンが離れたのもそれが原因の1つだ。
だから、見せない鎖――動けば動くほど、もがけばもがくほど、拘束する力が強まる拷問快楽主義者にはもってこいの魔法を好んで使う。
ただそれが弱点でもあった。
「来たれ、森の大男」
地面に落ちた無数の矢が集まり、できあがる1人の人間。海斗のときと違う点があるのは、その大きさだ。今回は3本の矢にイリュージョンアローをかけたから数が多い分、森の大男の大きさがその倍となる。
高さ40メートルの巨大な森の大男は、一瞬にして自分たちと同じ大きさまで成長し、見上げる高さとなった。
「グオオオオオオオオ!」
地面を揺らし、建物の窓ガラスを割り、脳みそに響く雄たけびはたくましい。愛用しているだけはある。
森の大男は見下ろすなり、拳を振った。巨大なそれは木でできあがっているのに、まさに隕石のようだ。クローバーは瞬間的に地面へと身を落としたことでその攻撃から逃れ、一命をとりとめた。
「驚いたよ。まさかこんな巨体になるとは」
「お前が捨てた魔法だから知らないのも当然だろう」
「まぁ確かに」
森の大男が放った拳は当たらなかったが、かわりに見えない鎖を断ち切ってくれる。
自由に動けるようになったロビンも同じく、下へと降りた。
お互い、地に足を付けたほうが本領を発揮できるからだ。
「でも、それはこれで消えるんじゃないかな。デスエルク」
苦しそうにもがく木の巨人。
だが、その瞬間をロビンは待っていた。
「黒く染まれ(ブラック)」
もがいていた森の大男は緑色だったのが一変し、今度は黒くなる。墨のようにに真っ黒で、それはもう森を愛するエルフが使う魔法には見えない。
クローバーの表情が変わる。下唇を噛み、ロビンを睨みつけた。
「まぁ無理もないさ。この魔法は、エルフの魔法じゃないからね」
元はそうだが、発生条件が違う。
「何を言って……まさか」
ハッとした表情で見上げるクローバー。
フンッと鼻で笑い、勝利を確信した。
「この魔法は、ダークエルフの魔法さ。習得するのに300年はかかった」
その証拠が出現するときの言葉である。海斗と戦ったときは「いでよ」に対して、今回は「来たれ」となっている。このたった3文字で種類が大きく変化する。それが魔法だ。
「優越感に浸っていたから気付かなかったのだろう。それがお前の悪い癖だ」
眼を開き、口をぽかんとあけていたが、今度はニヤリとした表情へと変わる。
「ハハハハハ!」
手を開き、天を仰ぎながらクローバーは大声で笑う。
「あぁ見くびっていた。きみは逃げた臆病者だと思っていたが、実は違ったんだなぁ」
嬉しい、最後にこぼしたその言葉は喜びだった。
「でも、ロビンだけじゃないんだよ。ぼくもちゃんと成長しているんだ。ムーンライト」
夜空を照らす月の明かりが途端に大きくなり、クローバーを包み込んだ。
あまりにも眩しくて、ロビンは自身の手でその光を遮るよう手を前に伸ばした。ただそれをしても光は漏れて、結果的に目をつむる事となる。
「さぁて人間を大量に殺して手に入れた闇魔法を使うとするか。こい、暗黒の王」
光は抑えられ、この空間だけが昼のように明るくなった。
ロビンは目を開けてその光景を視界にとらえる。
クローバーの足元から影が伸び、それが立体的に立ち上がった。いや、それだけじゃない。彼を中心としたあらゆる影――街灯、建物、柵、看板などロビンと森の大男以外の影がクローバーの影を中心に集まり、混ざる。ぐちゃぐちゃに、ぐにゃぐにゃに混ざり、渦を巻き、やがて巨大な人型となってその姿を現す。頭に王冠を被り、ひらひらと大きなマントを揺らし、巨大な剣を持った暗黒の王が仁王立ちで立っていた。
大きさは森の大男と同じだ。
「始めようか。決着を」
暗黒の王が先に行動を移した。
「森の大男いけ!」
暗黒の王が振った剣を受け止め、反撃とばかりに拳を突き立てた。暗黒の王は、それをヒラリと交わして蹴りを入れる。
飛ばされた森の大男は後ろにあるビルへと倒れた。砂ぼこりが舞い、ビルは倒壊し、追撃とばかりに剣を突き刺し始めた。
「巨人は巨人と戦い、ぼくたちはぼくたちで戦おうか」
クローバーが投げたナイフをかわし、ロビンは矢を放つ。
火花を散らし、ぶつかって、お互い遠距離で戦う。だが、徐々に徐々に距離は縮んでいく。
「アトミックスター!」
放たれた矢をクローバーはナイフで切り、投げた。
「ダークフレイム・ダガー」
投げた矢を弓で撃ち落とした。地面についたのか、それは黒い炎と共に爆発する。
「ハハハハ。楽しいな。ロビンもそう思わないか?」
「いや、全然」
「全くつれないなぁ、きみは」
クローバーの肩が落ちる。
「ダークホール!」
クローバーはその場から消え、瞬間、ロビンの後方に瞬間移動した。
手に持っていた弓でナイフを防ぎ、腹部に膝蹴りをする。
「ガハッ!」
口から血を吐き、体勢がぐらついたのを見て、回し蹴りで横へと吹き飛ばす。
「シューティングスター!」
一直線に放った弓は高速を超え、彼の右肩を貫いた。
これだけでは彼の戦意を喪失させることができない。
「緑の束縛・黒く染まれ(ブラック)」
放った矢は地面へと刺さり、クローバーの体に巻き付く。
ロビンが拳を握ったことを合図にして、彼の肉体を潰した。
「……ッ!」
口から血を吐き、体中の骨を折っただろう。森の大男に対して優勢であった暗黒の王が一瞬にして姿を消す。
「デスダエルク」
その言葉と共に森の大男と緑の束縛は枯れて、いなくなった。
ベルトに収めていたナイフ――ヘビの彫刻が入ったナイフを抜き、横たわったクローバーの首元に突き刺す。
彼は殺される状況なのに、笑っていた。
「まだ持っていてくれていたのか。嬉しいね」
「これはお前のじゃないだろ。元はエルピスさんのものだ」
詳しく言えば、英雄ジークがその人に渡したナイフなのだが、この際どうでもいい。
「そうだったかな。母親からもらったから全然わからないや」
英雄ジークを殺した時に使われたとされるナイフをどうして彼の母親が持っていたのか、それは知らない。
誰も知らないだろう。もうずいぶんと昔の話だから。
「そのナイフ、海斗という人間にも見せたんだろ?」
「まぁな」
「どんな反応だった……?」
「普通だった。何一つ顔色も変えず、そのままだった」
思い出したことをそのまま伝えた。
「そうか。やっぱり生まれ変わると、過去の記憶は消えるのかな」
クローバーは、ハハッ、と笑ってみせるが、そこにはもう余裕が見えない。ただの見栄っ張りだ。
「お前は、生まれ変われない。死んだら、地獄行きだろうな」
「そうかな。………そうだよな。ぼくは生まれ変わらず、地獄に落ちる。はぁあの戦争犯罪者のジークは生まれ変われたのに、ぼくのような運命の歯車に狂わされた人間は生まれ変われないなんて、不平等じゃないか」
「だったら、もっと誠実に生きるべきだな」
ジーク。彼の話を何度か母から聞かされたことがあるロビン。しかし、どれもいい話ではなかった。悪い事ばかりで、恨み辛みが沢山だった。だから、あのときジークの生まれ変わりである海斗を見たとき殺そうと思った。かつてジークを殺したナイフでその首を取ろうとも考えていたが、マリーが止めたことでそれが叶わず、現在に至る。
彼女が止めて良かったと心の底から思う。もし間に合わなければ、カルミア様に怒られるだけでなく、この戦いに終止符を打てなかっただろうから。
マリーには頭が上がらない。
手に持っていたナイフを鞘へと納め、彼に背中を向ける。
「とどめを刺さないのか」
「あぁ。お前は散々人の希望や夢を殺してきた。それなのに、死ぬという願いが叶うと思うな」
このバカが、震えた声でクローバーの言葉に反応し、飛び去った。
「きみは、最後まで甘い男だ」
クローバーは目を瞑る。
――――――
ロビンとの命を懸けた大勝負は、勝てると思っていた。というか、実際は勝てていた。しかし、現実はこのざまだ。自分が驕ったせいで無様に負け、とどめも刺してくれない。
これほどの屈辱を味わうとは思っていなかった。
だけど、これも悪くない。
「ロビン。強かったなぁ」
彼は1つの攻撃に拘らず、1つの攻撃を掛け合わせて戦う――よく考えたものだ。
クローバーは彼を称賛したのち、静かに息を引き取った。
昔の思い出に溺れながら。




