ドラグネス王国の王女―06.囚われ
カルミアは目を覚ました。
自由が効かない――手と足が縄で縛られている。
場所は見たところで全くわからないが、建物的に木造建築なのは確かだ。だれも使っていないのか、埃が床に敷かれ、角っ子に蜘蛛の巣が張ってある。
周りには真澄の姿が無く、彼女の無事を祈るばかりだ。
「目を覚ましたかーい。王女様」
入り口の扉からひょっこりと顔を覗かせた黒髪の女性は、舌を伸ばして部屋に入ってくる。
「お前は誰だ」
「私、私はねぇ……クロユリよ。どうぞよろしく」
頭を下げるが、その黒い目はずっとカルミアを見ていた。
クロユリと呼ばれた女性は、とても体のあらゆる場所を露わにし、長い黒髪をツインテールに結んでいる。黒い瞳はまるで夜のようでとても不気味であるが、何よりも瞳孔が黄色である。
白色でもなく、赤く充血しているわけでもなく、カビのような色をした黄色の瞳孔。
「まさか、悪魔と契約したと言うのか」
それしか考えられなかった。
「そういうことよ、赤い瞳。私は悪魔と契約したネクロマンサー♡♡」
その言葉に全ての辻褄が合わさった。
「あのアンデッドは——」
「私よ。ドラグネスを襲ったのも、この世界に出現させたのも、全て全て私がやったこと」
うひゃひゃひゃひゃ――不気味な笑い方をクロユリはした。
「キサマー!!」
ガシャガシャと暴れながら、血走った目でカルミアは睨みつける。
「殺してやる! お前を殺してやる!」
カルミアの鬼気迫るセリフに、クロユリは肩を震わせた。そして、まるでお酒に酔ったような恍惚した顔で、口端から涎を垂らし始める。
「いいわぁ。その表情、顔、その眼付き。王女様はそうでなくっちゃ♡」
さらに脳へと血が上り、勢いが増す。
だが、クロユリはそんなこと気にもせず、そのままの表情で
「赤い瞳、もう少し待っててね、キミは餌だから♡」
上唇を舐め、うっとりとした目で言った。
「…………」
疑問と足掻いても無駄だと言う事を知り、行動は辞める。
代わりに疑問をぶつけることにした。
「餌……どういうことだ?」
「彼をおびき出すために必要なんだよ。その名はジーク――またの名を諸星海斗」
「海斗が……!?」
ジークだったとは――自身が偽名に使ったあの名前は、たまたま浮かんできた言葉である。ただそれがまさか海斗と関係があったとは思いもしていなかった。
「ジーク・フリングルスは『ドラゴンスレイヤー』を使って世界を救った影の英雄。彼が居なければ今の世界は成り立っていなかった。滅んでいただろうね」
うっとりとした目は天井へと注がれ、艶めかしく手を上に向ける。
「あぁジーク、身も心も全て捧げた愛した人よ。あなたを生き返らせて、世界を作り変えましょう。今度はあなたが死ななくていい世界――あのクソ女が居ない世界で、私たちでともに暮らそう」
全て、全て捧げる——クロユリがきっと睨みつけた後、頭を鷲掴みにした。
「そのためには、お前が必要」
右の目尻をかっぴらき、異様な大きさでカルミアの目を見る。そこには恨み辛み、あるいは怒りが含まれていた。
クロユリは、続ける。
「赤い瞳は魔族の目。つまり、スカーレット家も、ジークも、全てすべて魔族――魔人なのよ」
「そんな——」
カルミアが喋り始めた瞬間、その口を手で抑えた。
さっきまでとは人が変わる。愉悦した表情は曇り、今度は負の感情に支配されたのか歪んでいた。怒り、憎しみ、悲しみ――見ているだけで臆病になってしまうほどに。
「誰が喋っていいと言った。クソ国の女が!」
深い呼吸でクロユリは、怒りを落ち着かせて、口を開く。
「それぞれの点を結べば1つの場所へと集合する。例え違う人間だとしても赤い瞳という繋がりがあれば彼を復活できると考えて、900年もの間、忌々しい赤い瞳を持つ人間を拉致してきたのに……。私、頑張ったのに、でも彼は転生を選んじゃった。どうして……」
ポタポタと雫を目から溢れさせては、落とした。
クロユリの1人ミュージカルとして、その場で動き始める。口を抑えるその手はしっかりと付けたまま、手と足を華麗にも美しく華がある動きで悲しみを表現している。
だが、何を思ったのか、動きを止め顔を天井に向ける。
そして――。
「どうして……どうして、その道を選んだのよ! ジーク!!」
叫んだ。悲しみと報われなかった努力、そして思い通りに至らなかったどうしようもない怒りを全てその場で発散した。
「………!!」
それはもう超音波だ。鼓膜に響かせ、脳を揺らす叫び声は物にまで影響を及ぼした。地面がぐらつき、天井から木くずがチラチラ落ちる。
抑える力も強くなり危うく窒息をしかけたが、涙を拭き取る行動によってその手が離れ、今度は顎に手を置いて、何か考え事を始める。
「……はーあ、カルアートの生まれ変わりなら十分な対価になると思ったのに、無駄だったなぁ。別にドラグネスを狙わなくても良かったじゃん」
落胆したまま彼女は言う。
それも素っ気なく、そして、適当に。
――良かった、それはカルミアの中に響き、頭の中で反芻する。それは明らかに侮辱だ。一体彼女の恋心とやらでどれだけの犠牲が生まれたと言うのだろうか。
目の前がチカチカし、心の底から這いあがるその気持ちを抑えることができず、感情だけで口が動いた。
「良かっただと……」
刃物のようなするどい口調でクロユリにぶつけた。
だが、彼女は気にも留めず、そのまま挑発するように
「無駄だった、そう言っただけよ」
と、一言にまとめた。
瞬間、湧き上がる怒りがいい気に爆発する。何かを食い止める縄は千切れた。
「………命を落とした兵士を知っているか?」
「知らないよ。興味が無いからね」
馬鹿にしやがって、カルミアは顔を向ける。鋭く睨み、もし自由が効いていたら殺していた。
「なら教えてやる。『銀竜戦争』によって命を落とした兵士の数39681人。重傷軽傷問わず負傷した兵士の数500人。覚えておけ」
彼女の怒りとは違い、クロユリは冷静だ。いや、むしろあざ笑っていると言えよう。
わざとらしく鼻を鳴らして、見下した。
「正気に戻ったのね、王女」
「………」
言葉を返さなかったのは、彼女自身がいつも正気だと思っていたからだ。
どこもおかしくなっていない、何一つ変わっていない——それをずっと思っていたから、その言葉の真意がわかっていない。
クロユリは気付いたのか気付いていないのか定かではないが、この話をするつもりは無いようだ。代わりにさっきの話へと戻る。
「500人も逃しちゃったのか。もっと殺せたと思ったのに」
「なんだと……」
「まぁでもアンデッドにした数が4万人も超えたのは、良かった。無駄だと思っていたけど、ちゃんと役に立ったよ」
「……キサマ!」
ガシャガシャと結ぶ縄を揺らし、暴れ馬の如く体を揺らすカルミア。
「殺す! 絶対に殺してやる! お前のその首を切り取ってやる!」
クロユリは、挑発するかのように耳を立て、頷いた。
「息があると彼らも頑張ってくれるからいい事。ただウザイ」
ガンっと音を立てカルミアの頭を黒いブーツで踏む。何度も、何度も、頭が割れる勢いで足を振り下ろし、頭を赤黒く染め上げる。
「あんたが負けた理由を教えてあげる。お前の父親――レオンがバカだったからよ」
血に染まった目でクロユリを睨みつける。
ただそれでもお構いなしに頭、頬、鼻を殴り続けた。
「奴は撤退をするべきところをしなかった。意地とか誇りと言った愚かで目に見えない偶像に縋り、国王という地位に自惚れ溺れたから負けたのよ」
カルミアの顔がボコボコに腫れ、口から血と共に歯が砕け落ちる。目には青い痣が出来上がり、もう赤い瞳が拝めなくなっていた。
「今の脳みそならなんで負けたのかわかるでしょ。あのとき――まだ始まってすぐの頃、敵がアンデッドだってわかった瞬間に引いて考えればよかったものをあのバカは、そのまま居座らせた。戦死者39681人だって? それはロウカミ国が殺したんじゃない。あんたの父親がばかみたいに突撃して無駄死にした数でしょ」
クロユリが高く振り下ろされた足を額で受け止めた。
「それ以上、侮辱するのをワレが許さん」
「いいよ。あんたに許されなくたって、私には彼が居るもの。バカの娘なんて眼中にないわ」
肉食動物のように睨みつけたカルミアに苛立ち、顎を強く蹴った。瞬間、彼女の体はぐらつき、力なく倒れ込んだ。
死体のように動かなくなったカルミアを背にして、クロユリは言い放つ。
「昔のアンタが好きだった」
隅に置いてある3枚の布を手に取り、まず1枚目を丸めて口の中に突っ込む。
2枚目は口と鼻を抑え込む形で、3週ほどグルグルと周回させ結んだ。
「あっこれだと窒息しちゃうね」
気付いたクロユリがカルミアの口元に人差し指を置く。
「エアース」
魔法をかけたことで、無呼吸でも窒息して死ぬことが無くなった。
最後にカルミアの首元に噛みついた――ある物を流すために。
『レイヴの腕輪』も石化し、使えなくなっているから心配もない。
クロユリは満足そうに頬を緩ませ、この先の事を想像しながらスキップで部屋を出た。
クローバーが何をしているのか知ろうともせず、様子を見ることもなく、彼女は着々とジーク復活の儀式を完成させようとしていた。




