魔人イフリート
海斗と謎の人間は住宅街を抜け、山道を走っていた。心臓が痛むこともなく、息が乱れることもなく、ずっと一定のペースで走れていることに驚きつつ粘り強く追っていた。
「テメェいつまで追ってくるんだよ! さっさとどっかいけよ」
「それは嫌だ」
「んだとガキが」
瞬間、男の体は炎に包まれ、空を飛んだ。
「本当は隠したかったんだがよ。仕方ねぇ」
見下ろした男の顔は皺だらけで、瞳は茶色。フードの隙間から見える髪は金であった。
「お前……カルド・ウィザードだな」
男は不気味に口角を上げた。
「あぁそうだ。オレが世界的に有名な画家カルド・ウィザードであり、精霊イフリートを崇拝し、その魂を埋め込んだ魔人イフリートだ。知ってるとは、大変驚きだ」
「あぁまぁな。今日行ったし」
「ほぉ来てくれたのか。最高だっただろ? 湧き上がっただろ? 魅了されただろ?」
見ていた時は確かに凄いと思った。しかし、今はそう思えない。彼は敵だ。全て否定的に思っている。
「全然。あんな悪趣味な絵を褒めるバカがどこにいる」
「んだとガキが」
男の表情が怒りで歪む。
「炎のすばらしさをわからないみたいだ。いいだろう教えてやろう。炎とは、全てを燃やしてくれる。全てを消してくれる。全てを生成してくれる。人類の歴史は炎で始まり、炎で終わる。今こうして進化してきたのも全て炎の存在があったからだ。炎があったからこそ人類は進化し、生物として形成してきた」
こんなにも素晴らしいものはないんだよガキ、鋭く海斗を睨みつける。
「オレはね、興奮するんだよ。何年とかかった建造物が一瞬にして焚火となる様や、人間が火だるまとなって辺りを走り回る様や、燃えていく終焉の様や、焦げていく匂い、炎に関すること、イフリート様を感じさせてくれること全てが大好きなんだ。わかるかね?」
「わからん」
男は鼻で笑った。
「そうか、つまらんガキだな。なら、ここで――」
イフリートの左手が炎で渦巻いた瞬間、彼の体を1つの矢が貫いた。
「海斗。助けに来た」
イフリートよりもさらに上空に蝶々の羽を生やした銀色の青年――ロビンが弓を持って浮遊していた。
「お前は見たことがあるな。たしか……」
「ドラグネス王国、王女直属の親衛隊ロビンだ」
「あぁあの煩わしい矢を放つ男か」
「覚えててくれてたんだな。気持ち悪い」
引っ張っていた弦を話した瞬間、矢は一直線に落ちる。
「シューティングスター!」
流星のように輝き、カルドの胴体をまた貫通するも、男はピンピンとしていた。
全く彼の攻撃が効いておらず、『ドラゴンスレイヤー』で倒すことも困難だと予想ができる。
「効かないなぁ。というか、学ばなかったのかい? あのときもそうだったじゃないか。ドラグネス城が燃やされた時も」
「キサマ!」
ロビンは激昂し、1本の矢を放つ。
「自然の束縛!」
矢は木の根っこへと姿を変え、男の体を巻きつけた。
「何度やっても無駄無駄!」
自然の束縛にも炎が移り、黒い煙を上げていく。
焦げた匂いと熱風から守るように海斗は、顔の前に手を置いた。
「それを狙っていた! 鷲の顔」
今度は前にも追いかけ回されたことがあり、噛みつかれた経験もある魔法。海斗は好きじゃないし、見るだけで身がブルッってしまう。
鷲の顔は出て早々燃やされるが、燃え尽きることは無かった。むしろ炎を吸収し、カルドをエネルギーとしてさらにパワーアップしているように見える。
「ば、バカな」
カルドの顔が引きつり、ロビンは鼻で笑う。
「これはただの木でできた矢じゃない。炎が好きなお前は聞いたことがあるだろ。火を吸収して成長する木を」
「まさか、ファイヤルドの木……!?」
「そうだ。結構採取するの大変で疲れたさ」
鷲の顔は大きくなり、ガルドの頭をかぶりついた。そして、グラグラと首を揺らし引きちぎろうとする。
「や、やめろ、離せ!」
彼の訴えをロビンは無視して、再度攻撃を仕掛けようとするが、
「デスエルク」
鷲の顔は消滅し、いつの間にか海斗の隣に少年が立っていた。
その少年は髪色が茶色で、見た目から異世界人だとわかった。
「やぁ久しぶり。元気にしてたかな」
ロビンは顔見知りだったらしく、顔の表情が酷く怒りに満ちている。
「お前はクローバーか」
「そうだよ。覚えてくれてたんだ」
「お前のことなど忘れたことが無い」
「嬉しい事言ってくれるじゃん」
「悪いほうでな」
「あんま嬉しく無いなぁ」
クローバーと呼ばれた少年は、困った顔のまま笑って見せた。
「カルドきみに伝言を伝えに来た」
「なんだ?」
「きみはもうクビ。使えない」
「は? なんでだよ……オレが一体――」
先ほどまで隣に居た少年がいつの間にかカルドの隣まで移動し、首元にナイフを突き立てていた。
「あんな大騒ぎを起こしたんだ。言ったよね、この世界で問題は起こさないでって。なのに問題を起こしてしまった。だからきみのような自分勝手な男は、いらないんだよ」
「オレを殺しに来たのか?」
「まぁそのつもりだったけど、偶然にもここに2人の処刑人がいるからさ。この人たちに任せようと思う」
「は? 俺が殺されるとでも」
クローバーは嫌味たっぷりに口角を上げる。
「所詮それは借り物の力ってことを忘れないでよ。とうとう脳みそまで熱血馬鹿になったのかな」
「んだと」
カルドの炎がクローバーに向けて放たれた。だが、
「効かないよ」
プシューと音を立てながら白い煙を放出して、炎が消えてなくなった。クローバーに届くことなく、彼の横で無くなる。
カルドの顔が困惑で引きつった。
「余計なことはしないほうがいいよ。早死にしたいなら話は別だけど」
「クッ……」
「安心してよ。僕はきみを殺したりはしない。だからもし何億分の一の確率で生き残ったらとクロユリは絶対に手出しはしない。約束するよ」
絶対に無理だろうけど——クローバーの表情に全てが物語っている。
カルドは勝てないのだろう。だからと言って油断はできないけど。
「じゃあそういうことで、僕は準備があるからもう行くよ。ロビンまた会おうね」
じゃあね――嫌味たっぷりにあざ笑った後、クローバーは黒い渦に巻き込まれて姿を消した。
「お前ら絶対にぶっ殺してやる」
まるで闘牛のように鼻息を荒くし、海斗を睨みつけた。
「まずはお前からだ!」
宙を浮いていたカルドは、全身を炎にし、特攻をかけてくる。
「血迷ったか」
ロビンが放つ1本の矢は、彼の体を貫き
「自然の束縛」
を発動させた。
ギシギシと音を立て、炎であるにもかかわらず、彼の体を植物が包み込んだ。少しずつ縮小しながら炎を吸い取ることで自然の束縛は成長して、大きくなった。まるで大木のように巨大でたくましい1つの樹へと進化している。
だが、
「もう効かねぇよ」
隙間からある光は太陽のような熱を持ち、辺りの木々をレーザーのように切断する。
「……ッ!」
海斗は『ドラゴンスレイヤー』を盾にし、ロビンは自身に魔法を付与してその光から身を守った。
「…………」
隙間からもれる光は大きくなり、光線の数が多くなった。
「もたないか……」
ロビンの言葉と共に、自然の束縛が爆発した。
ボン、とまるで爆弾のような大きな破裂音と共に、炭となった残骸が散らばる。
「フッフッフッ」
カルドの不敵な笑い声が響く。
しかし、その姿はない。炎が全く見えないのだ。
「……ッ!」
海斗とロビンは辺りに目を向ける。破片と共にちらばったのか、それとも姿が見えなくなったのか、記憶を巡りながら彼に関わる証拠を探した。地面、上空、木の隙間、足元――隠れそうな場所に全て目を向ける。
細かく、そして、細心の注意を払ってロビンは気付いた。
「まさか……! 海斗!」
助けようとしたときには、もうすでに行動が始まっていた。
突如として海斗の前に熱風が集まり始めた。まるで竜巻の目のように中心だけ音沙汰の無い空間だけをつくり、周りの熱風を渦巻のようにしてかき集めている。
「な、何が……」
突然のことに海斗の体は動けなくなっていた。いや、まるで熱風に吸い寄せられるように彼の体はその場にとどまり続けていた。
つまり、
「捕まえた!」
熱風が炎の手となり、海斗の体を抱きしめる。
逃げれなかったのではない。海斗の体は、最初から動けなくなっていたのだ。




