火事
カルミアと真澄がトイレから戻ってくるなり、謎の人物に関して話をした。
「――っていうことがあったんだ」
ただジークの事は隠してだが。
「なら、ここを離れたほうがいいな」
すこぶる顔色がよくなったカルミアが提案する。
「私もそう思う」
真澄もその意見に乗った。
確かにこのまま居座るのは、危険である。
女性陣の意見に従い、3人はバスで離れることにした。
バスから降りて、海斗は時間を確認する。時刻は夕方を差し掛かり、夕陽が輝いていた。
怪しい人物が居た美術館よりも遠場所まで来た。いくら異世界人だと言っても、あの人たちがここまで追いかけてくるのは考えにくい。
だからなのか、真澄は
「これからゲーセン行かない?」
という提案をした。
遊ぶ予定だったのをここで解消しようという考えのようだ。
「近所にあるやつだろ?」
「そう。帰るにしては物足りないなぁと思って」
それは思っていたから丁度いい。
海斗とカルミアは頷いた。
美術館に行った足でそのままゲーセンへと向かう3人の前に黒い煙が目に入った。
場所は住宅街で、海斗たちが住んでいるアパートから10分の距離だ。
火の出どころは、赤い屋根が目立つ2階建ての一軒家。轟々と燃え上がり、ときにはバチッと音を立てる。
周りは騒然とし、慌てふためくその様は地獄そのものだ。
「………」
あの怪しい人物の後だ。あまり大騒ぎしないほうがいいだろう、と考え海斗たちはそのまま立ち去る予定であったが、聞こえてしまったある言葉。
「子供がまだ中に居るんです!」
周りの人たちは彼女を必死に消防車という言葉で落ち着かせるも、燃え上がる火を前にして混乱と動揺で女性は振り切ろうとする。
必死の訴えが響いていなかった。
「………」
海斗はその場から逃げるほうが得策だと考えていたが、カルミアは違う。彼女は、覚悟を決め、自身に『レイヴの鎧』を装着させた。
「ちょっと行ってくる」
「まじ?」
あまり行かないほうがいいのでは、と言い終える前にカルミアは行ってしまった。
「………」
自分も行くべきか。
だが、できることは何もない。火を守るための道具も、装備も何一つない。そう考えると、『レイヴの鎧』を持っているカルミアに行かせたほうが得策だろう。
海斗は、黙って彼女の背中を見送った。
真澄は、えっ嘘でしょという顔をしていたが、彼女は知らないからそういう顔ができるのだろう。知ってしまえば同じことを言うはずだ。
カルミアが高くジャンプし、2階の窓を突き破った。
「い、いいの。行かせて?」
「まぁアイツ強いし、鎧きてるから大丈夫だろ」
「えっそういう問題……」
頭を抑え、必死に理解しようとする真澄。
彼女は呑み込みが早く、それをそのままに受け入れるのだが、今回に関しては少々時間を要した。
それもそうだ。人1人が火事の中に飛び込むのだから、これを理解するのは難しい。ただその後、
「でも落ちてきたときも無事だったし、それを考えると大丈夫なのかな」
と納得する案を彼女は持ってきて、なんとかこの状況を自分なりに整理し始めた。
その間、海斗は黙って火事を見ていた。一応カルミアに何があってもいいように『ドラゴンスレイヤー』には意識を集中させ、いつでも力を使えるようにはしている。
2階の割れた窓から火が吹きだした。
周りにいた人たちはどよめき彼女の心配を始める。
しかし、一向に戻ってこない。それどころか、屋根が崩れ、中に燃える火が勢いを増していく。
行くつもりは無かったが、心配になってきた。
「俺、様子見てくる」
真澄にそう告げると、彼女は
「わかった。気を付けてね」
前例があるからなのか、それほど戸惑った様子を見せない。
「もちろん」
海斗は、腕輪を『ドラゴンスレイヤー』へと変化させ、カルミアと同じように2階から突入した。
入ってすぐ目に入るのは、炎だ。ゴーゴーと燃え広がり、床は抜け、天井は崩れ落ちている。
これも能力だからなのか、熱さをあまり感じなかった。そして、火傷している所も見えない。
『ドラゴンスレイヤー』を盾にして、前に進む。
「カルミア!」
彼女の名を呼んでみるが、反応は無し。
海斗は、注意しつつも足を進める。
「カルミア! どこにいる!」
また彼女の名を呼んでみるも反応が無い。
海斗は、焦り始めた。
部屋を出てすぐにある左の扉を蹴る。どうやら女の子の部屋らしく、クマのぬいぐるみやピンク色のベッドが置かれていた。
ただこれらもすべて燃えて黒く焦げている。
「………」
辺りを見渡してみるも、人がいた痕跡が見えない。ここにカルミアは居ないのだとわかり、部屋を出た。
そして、すぐに正面にある扉を蹴って、こじあける。
白色のベッドと青い机が燃えている。
だが、何か暴れた様子も、誰かがいた様子もない。
部屋を出て、すぐの階段を見下ろした。
「カルミアー!!」
今度はできるだけ大きな声で、周りに広がるように叫んだが反応は無い。
いよいよ鬼気迫ってきたと思った瞬間、カルミアが持っている剣が飛んできた。 海斗はそれを避けて、グリップ部分を握る。
――何かが起きている。
身を乗り上げ、落下する。段差は脆くなっており崩れたが、着地には成功した。
正面を向くと、そこには白い鎧を着たカルミアと人型の炎が立っている。
よく見ると、何か話し込んでいるようだ。カルミアが首を横に振って、全力で否定している。
「な、なんだアイツ……」
彼女は気付いたのか、目が合った瞬間
「海斗。こいつはヤバいぞ」
と、苦しそうな声で注意を促す。
「だろうな。見た感じそう見える……」
炎でできている。こんなの切った所で倒せるとは思えない。というかそもそも切れるのか不思議だ。
炎は気付いたのか、カルミアを離して、振り向いた。
「余は魔人イフリート。以後お見知りおきを」
野太い声をしながら、彼は会釈した。
「お目当ての人間が来てくれた。これだけで余は満足だ。また会おう、さらばだ」
魔人イフリートは炎だけを残して、消えた。
「消えたか。子供を助けてここを出よう。どこにいる?」
「あっちにいる」
カルミアの目線を追い、その場所へと向かう。海斗が先行して扉をけ破る。
そこは洗面所で子供の姿が見えない。下に隠し扉のようなものが見え、その中かと思ったがカルミアに
「違う」
と声をかけられた。
「こっちのほうだ」
カルミアは2枚折の浴室ドアを押した。すると、そこには7歳児ぐらいの女の子が浴槽の隅のほうで縮こまって震えている。
「もう大丈夫だ。帰ろう」
率先して歩み寄り、女の子の手をカルミアは握りしめた。
「出て行くのは多少強引でもいいよな」
壁を『ドラゴンスレイヤー』で破壊し、丸い出口を作る。
「さっ行こう」
カルミアと女の子が先に出て、海斗も出た。
「ママー」
女の子は母の姿を見つけるなり、すぐに走った。
「良かった、無事で」
母親が涙を流しながら抱きしめるところは、海斗も感動し、目に熱いものを含ませる。
自分の母と重ねていたからだった。あの人も同じような気持ちを持ったのか――そう考えていた時、集団の中に1人だけ走って去る人物を見つけてしまう。見ると、服の裾は焼け、周りの反応と比べたら少々浮いている。
「海斗、アイツ怪しいぞ」
カルミアが指さした方向は、怪しいと思った人物と同じだ。
「お前もそう思ったか」
「あぁ」
周りと反応が浮いていると言い、あのまま野放しにするのは、よくないだろう。
「ちょっと追いかけてみる」
ジャンプして集団を飛び越えたのち、その人を追ってみた。
もうこのときには、自分が剣を出したまんまだと言うことは忘れている。
走って追いかけるが、追いつくことも、追い越すこともできず、ずっと変わらない一定の距離を海斗とその人物は走る。
まさか、と思っていたが『ドラゴンスレイヤー』で強化された状態で追いつかないと言うことは
「異世界人か」
それしかなかった。




