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カルド・ウィザード

夏の昼前、海斗と真澄はお互い通話を繋げて数学のワークを解いていた。


「海斗くん。この式はねぇ――」


 と、一方的に教えられている。

 海斗は勉強ができない。運動もできないけれど、どちらかと言えば勉強のほうが壊滅的にダメだった。特に数学ができず、なぜその式になるのか、どうしてその答えが正解なのかが海斗はわからない。

 だから、ワークを進めるために答えを見ようとしたら、カルミアにバレてしこたま怒られた。ならば、教科書とにらめっこしながら解くことも考え、実際に行動したのだが全然解けなかった。

 ここまで勉強ができないなら異世界で暮らしたい、と現実逃避を始めていたところ『秘密の友達』を思い出し、真澄に頼って今に至る。


「はぁなるほど。だからそうなるのか」


「そういうことー」


 真澄の教え方は上手だ。相手がどこの何がわかっていないのかを会話のみで瞬時に理解し、その人にあった教え方をしてくれる。

 伊達にクラス委員はしてないのだと実感した。


 2人でリモート勉強会をしていたところ1人が乱入してくる。


「海斗ー。ワレは暇だぁ」


 ドラグネス王国の王女だ。彼女は脇にサメのぬいぐるみを抱えながら部屋に入ってくるなり、布団へと我が物顔で突っ伏した。それからゴロゴロと転がり、手持ち無沙汰なのだと盛大にアピールしてくる。


「んなこと言われてもな。お前、一応命狙われてるの知ってるか?」


 カルミアの動きが止まった。

 顔を上げ、海斗と目が合った瞬間、すぐにぐでっと頭を下げる。


「わかっておるけど、暇だ。暇だ。暇だ」


 天才科学者マリーによれば、カルミアはショックにより精神年齢が下がっているらしい。だからわがままも出るらしいのだが、ときどき彼女はまともなことを言うからついついその事実を忘れる。


「ならさ――」


 会話だけを聞いていた真澄がイヤホン越しで手を叩く。


「今から美術館行かない?」


 それを見に行くという約束を昨日交わしていた。なぜ高校生にもなって美術の感想を書かなければならないのか不思議ではあるが、ワークとにらめっこするよりも幾分かマシだ。それに5教科の中で一番苦手な数学を今日だけでも解放される。

 まるで服役していた囚人が1日だけ自由を手に入れたように、彼はガッツポーズを静かにして見せた。



――――


 美術館が行くことは決まり、近くのバス停で待ち合わせをした。

 海斗はいつもの黒いジャージであるが、カルミアは沙月のお下がりである黄色のワンピースをチョイスした。

今日はいつにもまして太陽が輝いている。黒のジャージではなく、カルミアのような明るい色を選ぶべきだっただろう。

 額の汗を袖に吸収させる。


「おまたせー」


 その声とともに現れたのは、麦わら帽子をかぶり、黒髪のクラス委員――真澄であった。彼女もまた夏らしく白いワンピースを身に付けている。

 話でも合わせたのか、と海斗は考えた。

 

 金髪のときと比べて、今は学校でよく見る彼女そのものだ。おしとやかと知的が混じって、まさに美術館を楽しむ文学少女のような雰囲気がある。


「じゃあ行こうか」


 丁度来たバスに3人は乗り込んだ。



 ————


 市の中心部にある美術館は、大きくて広い。毎月毎月何かの美術展を展示しながらも、入り口や受付にはこの市を現す大きな絵画が貼られている。

美術だけでなく、貸し出しは不可能だが本まで設置されていた。小説、絵本、歴史書、漫画などなどその数は沢山あり、本だけでも1つのスペースとして完成させている。

この美術館は、芸術の集合体ともいえるのであろう。


 そんなところに海斗、真澄、カルミアは来ていた。


「大きいなぁ」


 入り口入ってすぐに堂々と飾られている水彩画を見て、カルミアは感嘆をこぼした。


「そうだなぁ」


 その絵は、この街を描いていた。どれも見覚えがあって、何度も何度も姉の沙月と共に連れ回された建物ばかりだ。

 こうしてマジマジと絵画を見て、なんとなく素晴らしさが伝わった。どこがどういうふうに凄いのかまでは知識が無いので説明はできないが、一言で表すならば


「色使いいいなぁ」


 だった。

 それから、受付所で入場料を支払い、3人は奥へと進んだ。

 ゲートにかけられたアーチには大きな文字で、『熱き炎をぜひご体感してください』と書かれていた。

 海斗はその文字を見て、ふと思い出す。


「そういえば、誰を見るんだっけ」


真澄の肩がガクリと下がる。


「えぇ。何も知らずに来たの?」


「うん。興味なかったし」


 宿題が出ているのは知っていたが、なんの展示物を見るのか知らない。いや、覚えていないだけだ。


「宿題だから興味を持ってください」


「はい」


 教師に叱られた気分だ。


「この画家の名前は、カルド・ウィザード。年齢は非公開。フランスを拠点に活躍していて、今回を機に初めて日本へと来日」


 真澄は、スマホを操作して、海斗に画面を向けた。


「んで今は、日本を堪能中よ」


 彼女が見せた写真は、三食団子を右手に持ったおじさんがが笑顔で映っていた。

 髪は金色で、瞳の色は茶色。全体的に体が細く、年齢は60代後半だろうか、顔が皺だらけだった。

 この人がカルド・ウィザードって人なのだろう。

 その後、プロフィール画面を見せてもらい200万人ものフォロワーがいることを知ると、今から見る美術展の凄さがなんとなく伝わった。

 

「今回、展示する理由は、日本を観光したかったっていうのもあるみたいだけど、館長と仲がいいらしくてね。それで話が上手く動いたみたい」


 そこまで調べているとは思わず、海斗は素直に称賛していた。


「じゃあ見に行こうか」


 詳しそうな真澄を先頭にして、カルミア、海斗は中に入る。

 展示場は有名画家の力と夏休みパワーにより、人でごった返しが起きていた。少しでも目を離せばはぐれてしまいそうになり、各々の絵画を見るだけでも一苦労だ。


 しかし、どの絵も印象的だ。壁に飾られている絵画はどれも炎が上がっており、中には見ていてつらくなるような描写もあるけれど、まさに圧巻であった。漫画の戦闘シーンを見ているようで、思わず釘付けとなってしまい、息を呑んでしまう。

 ただ何かが燃えているだけの絵画なのに、その炎は見る人すべてを魅了し、心にある何かを焚きつけた。


「海斗くん。ちゃんとメモしていたほうがいいよ。絶対に忘れちゃうよ」


「あぁーたしかに」


 スマホのメモ帳で、作品のタイトルとそれを見て感じたことを1言ずつメモしていった。


「感じたことの他に、1つの絵を10行以上で説明するところもあるからなるべく詳しい方がいいよ」


「わかった。ありがとう」


 彼女のアドバイス通り、目に入った物を片っ端からメモしていく。

 それから、歩きながら見つつもメモしてを繰り返していたら、あるときを境に人が一気に掃けた。

 急に少なくなったから何事かと思ったが、どうやら広い場所へと出たらしい。真ん中に大きな絵画を囲むように壁に7枚ほどの水彩画が貼られている。

 隅を終わらせて真ん中へと移動しようと考えた時、カルミアが居ないことに気付いた。


「真澄。カルミアを知らないか?」


「えっ見てないよ」


 きょろきょろと辺りを見渡すも、金髪らしき人物がどこにもいない。


「まさか、アイツ迷子になったのか」


 しっかりと彼女にも気を配るべきだった、と考えていたとき真澄が袖を引っ張る。


「あそこにカルミアちゃんがいるよ」


 金色の髪を持ち、情熱的な赤い瞳が中央にある大きな絵画へと視線が集中していた。

 ホッと一安心し、彼女の元へと近づく。


「おい、カルミア。心配したんだぞ。全く声ぐらいかけてもいいじゃねぇか」


 そう言いながら彼女の隣に立ち、その絵画を凝視した。

 その絵は、月を背後に巨大な西洋の城が燃えている。ところどころに人らしき黒い影もあり、見ていてつらい。

 ただ海斗はこの絵を見て不思議に感じた。と言うのも、今まで観てきた絵画は、主体となる何かを真ん中に設置し、収まるように描かれている。

 それなのにこの絵画は城を右斜め下から見上げており、全体を収まりきれてない。まるで、人間サイズから見た燃える城のようで、一番印象に残った。

この絵画を説明することを考え、スマホに箇条書きでメモしていく。


「か、海斗……」


 カルミアの声が震えており、何かに怯えているようだ。


「どうしたんだよ。もしかして人酔いでもしたのか」


「いや、違うんだ」


 彼女はふいに海斗の左手を力強く握った。


「この絵画……ドラグネス城だ」


「ふーん」


 ただ事ではないと思い流してしまったが、カルミアが言った言葉が脳内で処理された瞬間、スマホを指から離した。



「嘘だろ……」


「いや、ほんとだ」


 カルミアのこわばった表情を見て、彼女が嘘をついていないと感じる。


「まさか、異世界人っていうのかよ」



 よく見ると、ドラゴンの顔が描かれた旗が燃やされている。



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