狙う者
漆黒のローブに身を包んだ女性は、闇夜の空を浮いていた。
「この世界に逃げたっぽいな」
下には明々と輝く建物が無限に広がっている。
彼女はこの世界の住人ではない。異世界の住人で、魔法を得意としているから浮遊することぐらい余裕であった。
月を背景にして、明々と輝く建物を見下ろす形でその場をとどまっていた彼女は、ため息を漏らす。
何度か行き来していたからこの建物も、明かりも、世界も、見慣れているが、馴染んでいなかった。
彼女にとっての居心地のいい世界は、昼と見分けがつかないほどの明るさを発してなどいない。今立っている夜空と同じ、暗い世界が自分にとっての居場所だと感じ、居心地の良さを感じる。
だから、腹だたしい。
この世界も、あの世界も、アイツも――。
「すべてが憎い」
絶叫に近い大声を上げ、溜まっていたフラストレーションを消化した。
本来であれば他の方法で解消するのだが、今はこれで我慢するしかない。
状況が状況だし、場所が場所だから。
「前の計画失敗しちゃったんだから、時間ないよ」
背後からまた一人浮かび上がってくる。
「うるさいよ」
ギロっとにらまれた少年は、肩をぶるっと震わせて見せた。
「相変わらず怖いなぁ」
「今イライラしているんだから、仕方ないでしょ」
「計画失敗するといつもそうだよね」
クスッと笑う少年をまた睨みつける。
「まぁ仕方ないよ。王女を守る人間が増えちゃったんだから。こんなの計画に入ってないじゃん」
慰めのつもりでいったのだが、彼女にとっては気休め程度にもならない、むしろ焦りを感じさせる言葉であった。
他の誰にも言っていないが、彼女は二人の人物が来ることを予測して、あらかじめ立てていた計画だ。
それがどういうわけか失敗した。
しかも、それがこの世界の住人によって計画が破綻に追い込まれたのだ。
魔法も、剣も使えないただの人間が壊した——彼女の自尊心を傷つけるのに十分な理由だった。
「あぁーーームカつく!! ムカつく!! どうしてこの世界の人間に阻止されたの」
彼女は、浮遊したまま地団駄を踏む。
「どうやら、その人間は『ドラゴンスレイヤー』を使えるみたいなんだ」
「『ドラゴンスレイヤー』……?」
彼女の動きが止まった。
「それって、もしかして……」
「キミが想像している通り、英雄ジークのものだよ」
その瞬間、全身の毛を逆立ちにさせるような殺気を発して、少年の胸ぐらを掴んだ。
「それってどういうこと? ジークを利用した人間がこの世界に居るってことでいいの?」
「落ち着いてよ」
少年のなだめた言葉に、彼女の強く握られた拳が緩んだ。
伸びきった襟を元に戻しつつ、彼女に説明を始める。
「いや、どうやら彼、この世界に転生したらしい」
「ってことなら」
「そうキミが求めている英雄ジークはこの世界で姿と名前を変えて生きてるんだよ。ちなみに情報がそれ」
少年が投げた一つの紙切れを彼女は掴んだ。それは白いところなので反対なのだと知り、裏返した。
「この子が……」
そこに映る少年は、髪がツンツンとはね、ぎろっと全てを睨んでいる。ただ目が黒い。もしジークの生まれ変わりであれば、瞳は赤いはずなのに。
「あぁもう1枚あるんだよ。ほら」
もう1つ投げげられた紙は、逆さになっていたので向きを元に戻す。そこには同じ少年が映っているが、明らかに瞳の色が違う。
「ジーク……」
ルビーのように赤く、黄金の剣を握っている様はまさに英雄だ。
「あぁ愛しのジーク。生きていたのねぇ。私、嬉しいわ」
赤く頬を染め、自分の体を抱きしめる。そして、ヘビのようにクネクネ体を動かし、甘い吐息を漏らした。
「そういうのは、見えないところでやってよ」
「確かに……。じゃあ後は頼んだよ。クローバー」
少年に背中を向けた後、彼女は突風と共にどこか遠くの場所へと飛び去って行った。
「まったく」
クローバーと呼ばれた少年は、最初こそ驚いたがすぐに不敵な笑みをこぼす。
「わかったよ。クロユリ」
彼女とは別の方向へと飛んで行く。
楽しみを胸にして。




