特訓の最終日
特訓は最終日を迎えた。
終わりという実感が湧いておらず、もしかしたらまた明日もあるのではないか、と勘違いを起こすほどに海斗にとってロビンとの特訓は日常に定着しつつあった。
「今日まで逃げ出さなかったのは褒めてやる」
「そりゃどうも」
強くなることは心に決めていたけど、やっぱり逃げたいと思える時はあった。それでも、海斗がこの特訓をやり続けられたのは、人の支えがあったからだ。
もしこれが自分一人だったら途中で甘えが生じ投げ出していたし、そもそも特訓することなんて考えなかっただろう。どこかで戦う選択を捨てていた。
自分はそういう人間だから、海斗はわかっていた。
「さて、お前が強くなったのか見せてもらおう」
ロビンの腹部に巻いているものは、『GI32』と呼ばれ、正式名称が『ゲンショウくん』である。その名の通り力を減少してくれるもので、『GI32』を使うからこの世界に生きている海斗と対等に渡り合えることが可能である。
「海斗、準備はいいか」
「あぁいつでもいいぜ」
木刀を構える。
肉体が強くなったからなのか、精神まで強化されていた。ビビることはない。今なら戦える――きっとあの魔人相手にも、足を震わせることなく『ドラゴンスレイヤー』を突き立てることが可能であろう。
海斗は昔の自分を超えている感覚に、嬉しさを噛みしめた。
もう自分は弱く無いのだと思えた。
「はじめ!」
ロビンの声と共に、空砲が鳴り響く。
瞬間、ロビンは視覚から消えた。
――それはわかっている。
海斗は一歩後ろに下がり、距離を離した。そうすることでロビンを視界にとらえ、彼の動きを見ることができたからだ。
ロビンはいつものように横へと木刀を振るが、木刀の角度を変えることで衝撃を流す。彼の刀は斜め上へと滑り、横腹ががら空きになる。
そこを狙い目として、海斗は木刀を斜めに振り下ろした。
「……ッ!」
ただ左足を軸にして、ロビンは後ろへと下がったことで刀は空を切る。
上から振り下ろされるロビンの刀。このまま何もしなければ頭に当たるとわかっていた。
だから、
「――ッ」
わざと距離を詰め彼の懐へと潜った。
ロビンを肘で押し倒し、馬乗りとなる海斗。
あのときと同じ状況である。ただ違う点があるのは、膝で木刀を持つ右手を抑え込み、頭を掴んでいることだ。
絶対に外れなし、絶対に当たる――そういう状況を自ら作った。
頭を狙って、一直線に木刀を振り下ろす。
「そんなことで当たるとでも」
押さえつけていないもう片方の手が刀の動きを止める。
「詰めが甘い」
これは予想外だった。当てる事と当たらない事だけを考えて行動していたから、もう片方の手なんて見えていなかった。
しかし、そこで焦らないのが特訓の成果だろう。
海斗は、すぐに次の手を瞬時に考え、動いた。
それは、頭突きだ。
ロビンの知的で、端麗な顔に向かって岩のように固い頭をぶつけようとした瞬間――
「もう決着はついている。そうでしょロビン?」
マリーの言葉で、海斗の動きは止まった。
「あぁそうだな。この場を脱することはできないな。完敗だ、海斗」
掌を見せて降参ポーズをするロビンを見て、自分が勝ったのだと、この特訓が無事に終了したのだと喜び、自然に口が緩む。
「ということで、もう僕の上からどいてくれない? 重いんだけど」
「あっ、あぁ悪い」
ロビンから離れ、改めて彼とマリーの顔を見る。
彼らから送られているのは、見定めるような疑った目でも、警戒した目でもない。しっかりと認められた——1人の人間として見られた優しい目だ。
今までこんな暖かい視線を向けられることはあっただろうか。誰でも赤い瞳を見てまずするのは、訝しむような目なのに、彼らはそんなことをしない。瞳で判断せず、その人の人間として見てくれる。
本当に頑張って良かった。
今までの苦労、悲しみ、努力、その全てが報われたと思えた。
「よかったな、海斗」
ポンと背中を叩くカルミアの赤い瞳には、祝福が宿っていた。
ここまで自分の頑張りを褒めてくれる人はいない。感動で目から雫が落ちる。それは大きくて、悲しい過去を洗い流せるほどの綺麗な涙だ。
「俺のために、ありがとうございました」
カルミア、ロビン、マリーに向けて深々と頭を下げる。
正直、自分なんて放っておいても問題ないのに、理由はなんであれ、ここまで付き添ってくれた彼らには感謝しかなかった。
本当にやりきったんだと達成感が生まれる。
――――
家に帰り、改めて自分の肉体を確認する。
そこには確かに細いが、それでも細いなりに引き締まった体格があった。
男なら憧れる細マッチョの肉体を持った自分が、その鏡に映っている。
あまりにも嬉しくて、ついついポーズを取って楽しんだ後、真澄が部屋に来て、カレーをご馳走してくれた。
「本当にやりきったんだね」
「うん。やりきった。自分でも驚いてる」
スプーンにカレーを乗っけて口に運ぶ。
「ワレは海斗ができるって信じていたぞ」
嬉しいなぁ、と思う反面、彼女は実年齢よりも精神年齢のほうがおさなくなっているのだと思い出す。
ときどき見せる顔が王女としての面持ちがあるからそうは思えなかったけど、いつも見ているマリーが言っているのだから間違いないのだろう。彼女が精神的に弱っていることを。
より一層自分が強く生きるべきだと、海斗は気を引き締めた。
「真澄。いつも昼ご飯ありがとう。なんか埋め合わせしないとな」
「それなら、これ一緒に行かない?」
彼女が渡したチラシは、美術館だ。それも世界的芸術家の超有名な画家が描いた絵を飾るらしい。
名前は聞いたことあるけど、全然知らない人だ。興味は無いけれど、これは確か――
「宿題になんかあったような……」
「正解!!」
夏休みの宿題の1つにこの展示会を見て感想を書くことがあった。
「海斗くん暇っぽいし、カルミアちゃんもこの世界を更に知れるいい機会だと思うからどうかなぁと思って。明日どう?」
脳内のカレンダーで7月25日を検索した。もちろんやっぱり予定が出てくるわけもなく、あるのはただの空白だ。
海斗は、その日暇である。
「行けるよ。カルミアは?」
彼女もどうせ暇なのはわかっていたけど、一応確認をしてみた。
「ワレも何もないぞ。行きたい!」
案の定、彼女も暇だ。
「じゃあ決まりだね。詳しい事は今日の夜でも連絡するよ」
「助かる」
明日の予定が埋まり、ちょっとばかし海斗は楽しくなっていた。
ただ真澄にカルミアの事を教えるべきか――疑問を浮かべながら昼食は終わりを迎える。




