《休憩》
訓練の過酷さは想像を絶した。腕立てから始まり、腹筋、スクワットを計50回させられ、少し休憩を挟んだのち、人為的にできたであろう森の広場を7周走った。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
全身が酷く痛み、口から出る息には鉄の味がする。夏の暑さも相まって、汗が滝のようにドバドバ流れる。
それでも終わらない。まだまだ続く。
訓練内容があまりにも異世界人の基準であるため、カルミアの助けになるか。不安になっていた。
芝生に寝っ転がる海斗の隣に、ロビンが腰を下ろした。
「休憩中は座るに限る」
そう言った彼の瞳は、一点に向けられていた。
上体だけを起こし、その視線を追うと、そこにはカルミアとマリーが居た。2人は楽しく笑いながら話している。何を話しているのかここからではサッパリ聞こえないが、楽しそうだ。
「カルミア様が笑顔だ」
突然、ロビンがそう言葉を漏らした。
カルミアは、昨日会ったばかりだが結構笑う人間だ。表情も豊かだし、笑っている所しか見ていない海斗にとって、ロビンのその発言に違和感を持たざるを得ない。
「えっそうなの?」
「『銀竜戦争』がヒートアップしてからは、一切笑わなくなった。それまでは、ここまで大げさではなかったけど、口角を上げる程度には笑っていた。けれど、あの戦争が始まってからカルミア様は笑顔を失った。良かった乗り越えられたようで」
微笑ましそうにその光景を見るロビンは、過去を見ているように遠い目をしている。
「戦争って、やっぱり人対人になるのか?」
「基本的には、そうなる。だが、たまに『銀竜戦争』みたいな敵が魔物の場合だってある」
魔物の中には、あのアンデッドも含まれているのだろう。
人間同士の戦争しか知らない海斗にとって、それはあまりにも想像ができない。だからただ、
「大変だろうなぁ」
そう口にするしかなかった。
「フッ」
ロビンが鼻で笑い、澄ました顔をする。
まるで当たり前かのような、これが世界の原理だと言わんばかりの表情で、
「そうでもないさ。案外、長いことやっていると慣れてくるもんだから」
――慣れる?
戦争と無縁に生まれた海斗にとって、わかっていなかった。想像で浮かび上がらせ理解しようとするも、この世界で起きた戦争で当てはめようと脳が動いている。
地を走る兵士は銃を握り、不整地を戦車で走りまわり、爆弾による地上あるいは洋上を掃討する軍用機、海斗にとって戦争とはそういうものだ。弾丸が飛び、爆弾が落とされ、銃声が絶え間なく鳴り響く。カルミアたちのような魔法による剣と盾の戦争などわからなかった。
「…………」
無知――いま当てはまる一番の言葉だ。
もし何かしらの知識があれば、カルミアたちが生きる世界は救えるかもしれないのに、ただの学生であり、学ぶことを放棄して、自堕落な生活をしていたのが悔やまれる。もしこのことがわかっていたら何か変わっていたかもしれない、と過去に縋る思いでいっぱいだ。
「戦争かぁ」
カルミアを助けたい、そこには嘘偽りが無いけれど、魔物との戦い、魔人との戦い、ロビンとの戦い、そしてこの訓練。どれも自力で解決はしておらず、誰かの助けで生きている。もしだれかが助けに来てくれなければ、もしたまたまが無ければ、海斗は死んで居なかったかもしれない。
力になりたいのだが、今のままではただのお荷物だ。
戦績が全て物語っていた。
「海斗の考えを当ててやろうか。ずばり、『もっと強ければ助けれるのに』だろ?」
「…………」
見透かされていた。
異世界人と言うのは、末恐ろしい存在だ。
「はぁお前って言う奴は、人の心配をできるほど強くないんだから背を伸ばすのはやめるんだな。いいことがないよ」
「わかってるけどさ……」
「けどもでももないよ。この『銀竜戦争』は僕たちの問題だ。お前が出る必要は本来ないんだよ」
あのときの会話を聞いていたから、知っていた。
「…………」
顔を下に向けた海斗の頬が引っ張られる。
「ふにゅ!?」
意識外からの行動に我ながら恥ずかしい声が漏れる。
「そんな暗い顔するなよ。僕が悲しくなるだろ。いいか、確かにお前は『銀竜戦争』とは無関係だけど、カルミア様を助けたいんだろ。それなら一度決めたことをふんどししめて、最後までやり切れよ。男だろ」
その言葉が心に刺さった。
海斗の表情は明るくなり、赤い瞳に光が灯される。
そうだこれは自分で決めた意志ではないか。それなら、やりきるしかない。例え、どれだけ過酷でも最後までやり切りたい。
「それにお前の身に危険が迫ったら確実に助けに行く。ただの勇敢な人間を死なせたりはしない。もしそれが世界の反対側でも、僕たちが行くから死ぬことはない安心してくれ。だから、くよくよするなよ、気持ちが悪い」
最後の言葉は、悪い意味で胸に刺さったけれど、それ以上に嬉しさがあった。
虐められたとき誰からも助けてもらえなかった自分が、今は助けてくれると言ってくれる人たちがいることに感動と嬉しさに満ちていた。




