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瞳に映る輝く世界 ――英雄の残したもの――  作者: カンタロウ
エピローグ
21/63

本気

顔に置かれた濡れタオルを取って、立ち上がる。


「いてて……」


 朝ごはんを買いに行ったら謎の青年に襲われ、殺されかけたことを思い出す。

 体には痛みの感覚が残っているけど、痕は無かった。

 見慣れた机と間取りから、ここが自分の家だと結論づける。誰が運んでくれたのか考えた時1人の人物が頭によぎる


「あぁカルミアか」


 彼女ならあり得るだろう。

 立ち上がり、横開きのドアにてをかけたとき


「アイツを戦わせるって本気ですか」


 その声は、あのとき殺しに来ていた弓使いだった。

 なんで奴がいるのか、それが疑問でしかない。ただ思い出してみれば、彼は「カルミア様」と口にしており、彼女に忠誠を誓っている。悪い奴ではない事が確かである。

 ここから声が聴こえたということは、もうカルミアとは合流したのだろう。誤解はとけているだろうけど、自分を殺そうとあの手この手使ってきた人物だから会うのは気まずい。もう少し盗み聞きをする。


「それしかないよ、ロビン」


「でも……」


 青年の名前も知り、今度は知らない女性の情報が入る。

 自分を殺そうとしてきた人間と面識のない人間が扉一枚を隔てたむこうの空間に居ると思うと、なかなか開けられない。

 カルミアだけならば、開けられただろうけど。

 さらに情報を得ることに徹した。


「ちゃんと訓練すればアヤツは強くなる。ワレを信じろ」


「そう言われましても……海斗って人間はただの一般人なんですよね。戦闘経験も無ければ、魔法も使えないただの学生を我々の戦争に巻き込むのは反対です」


「でも、少年くんしか『ドラゴンスレイヤー』使えないのよ」


「そんなことは、知ってる。しっかりとこの目で見たから、わかっているよ。でも、カルミア様、僕は反対させてもらいます。彼はこの世界の人間ですよ! 我々の世界に巻き込んでしまうと、彼の居場所が無くなってしまいます。カルミア様もご存じですよね、違う世界に関与しすぎてしまった人間を」


「わかっておるが、我々だけではあまりにも数が少ない」


「ロビン。1人でも多くの助けがなきゃカルミア様を守ることができないのよ。わかってる?」


「それでも僕は彼の助けを借りるのは反対です、カルミア様。考えを改めてください、お願いします」


「ロビン……。じゃあ、これならどうだ。本人に確認すると言うのは」


「本人にですか……?」


「そうだ。海斗に訊いて、答えが〈やる〉ならばどうだ。納得できるか?」


「だったら認めざるを得ないですね。でも、その前に僕が今から提示する条件言わせてください。お願いします」


「なんだ、言ってみろ」


「それは、僕が彼に戦い方を教えることです。これが条件です、いいでしょうかカルミア様?」


「それは構わんが、どうして教える気になった?」


「カルミア様とマリーは、海斗と戦ったことがありません。ですが、僕はあります。本気で戦ったからこそ感じたことがあって、それを伝えられるのが一番適正なのは自分だと思ったからです」


「わかった。その条件、受け入れよう」


「ハッ。ありがとうございます。カルミア様」


「自分から教える気になるなんて、珍しいね。やっぱり彼ってすごいの?」


「全然、凄くない。余裕で殺せるよ。まぁでも骨はあったと思う。剣の使い方があまりわかってなかったみたいだけど」


「初心者に教えるのは大変だろうけど、頑張ってねぇ」



「では、海斗に訊いてくるから待っててくれ」


 その瞬間、ウサギのように跳ねてすぐに蒲団へと潜った。

 目は冴えているが、ずっと盗み聞きしていたと思われないよう今起きたような白々しい演技を始める。あくびをして、目を擦って、上半身で背伸びをしたそのとき――横開きのドアが動いた。


「おっ海斗。目覚めたか」


「まぁな」


 またあくびをした。今度は縁起でもなく、生理現象として起きた。


「すまなかった。ワレがしっかりと行動できていなかったから招いた結果だ。心から詫びよう」


 座り込んで、上半身を下に倒すカルミア。


「いや、いいって。気にするな。たぶんオレでもやってたと思うし……」


 ロビンに対して思う所はあるが、カルミアにはない。彼女と関係のない場所で、ただの行き違いで起きた事故のようなものだ。まぁ勝手に決めつけられたんだけど、生きているし、傷は治っているし、問題視はしていない。


「本当に悪かったな。色々と、迷惑をかけて……」


 カルミアの肩が震える。

 また泣き出すのか――そう思ったその時、


「少年くん。体調はどうかな」


 魔法使いの格好をした女性がやってくる。

 彼女がマリーなのだろう。すぐにわかった。

 色っぽい――それが第一の感情だ。

 心臓がドクドク鳴り、脳内警報がカンカンにサイレンを出す。どうにかこうにか別の事を考えようとするも、彼女に黒い瞳が釘付けとなり、逃げる事は無い。

 放心状態のまま、なんとか振り絞るようにして出た言葉が、


「あっえっと、全然大丈夫です」


 だった。

 部屋を歩く擦り音が鳴る。

 海斗は、意識的に視線を逸らした。

 自分が生きた15年の積み重ねを使って、なんとしてでも視線を下に向け続けた。


 彼女の冷たい手が額に当たる。


「ヒャッ!」


 意識外からの行動によって、自分だとは思えない甲高い乙女の声を出した。

 りんごのように顔は赤くなり、頭から湯気が出るほど恥ずかしくて顔を熱くさせる。


「ブハッ、海斗。ヒャッだってヒャッ」


 カルミアが声を殺して笑う。

 いつか復讐を誓って、なんとか我慢する。


「手が冷たかったかしら。ごめんなさいね」


「い、いえ大丈夫です」


 今この状況のほうが熱が上がりそうだ。

 なんとか我慢し、赤面する顔を気付かれていないことを祈るばかりだった。


「ちょっと熱いけど、これって――」


「部屋が暑いからです!」


 話をかぶせた。

 強気にかぶせたのか、マリーは困った顔をする。


「でも、ここってクーラーが――」


「いえ、部屋が暑いからです!!」


 なんとしても温度のせいにしたかった。絶対に照れとか、恥ずかしいからなんて思われたくない。気づかれたくなくて、必死に嘘を強気に言う。

 

「しょ、少年くんがそう言うなら、そういう事にしておきましょう」


 マリーは引き下がった。

 食い気味でかぶせていたから少し気付かれたかもしれないが、言葉に出されていないのならなんでもいい。

 とにかくそれを知っている、ということを知らなければそれでよかった。


「…………」


 ただカルミアがずっと笑っている。肩を揺らして、口に手を当てながら耐えていた。


「ふぅーはぁー。ふぅーはぁー」


 目じりに涙を貯めながら、息をお腹に送り込んでいた。笑いすぎて過呼吸になったのだろう。さっきまでシリアスな話をしていたカルミアと同一人物とは思えない。


「…………」


 カルミアがこちらを見ながら、人差し指を向ける。


「か、海斗が、て、照れてる……。フヒッ」


 どうにか頑張って隠せていた事をカルミアが口にした。

 顔は沸騰し、溶岩のように熱くなる。

 知られたくない事を知られてしまった事に対して、思わず


「うるせぇー!」


 と声を張り上げた。

 瞬間、空気が冷えた。ピリピリとした刺激が漂い、辺りを支配し始める。

 先ほどまでにこやかに微笑んでいたマリーからは、全てが消えた。笑うことも無ければ、泣くこともない、なんの感情も読み取れない無表情で海斗を見る。


「アハハハハ!!」


 腹を抱え、畳を叩きながら、全身を使って笑いを表現するカルミアの声だけが部屋に響き渡る。


「ハハハ!図星だ。図星だ—!」


 また何か言おうかと思ったが必死に我慢した。とにかく今は耐えるべきだと、マリーの表情の変わりようから察したからだ。

 笑顔に満ちた部屋のお陰で、彼女の表情は元に戻る。口角を少し上げ、艶がある黄色の瞳で微笑んでくれた。


「ハハハ! ひゃー笑ったぞ。面白かった」


 人の恥であそこまで笑われると、少々怒りが込み上げるが、我慢するしかない。

 拳を握りしめ、ジッと唾をのんで耐えた。


「カルミア様、そろそろ本題に」


「あぁそうだった」


 咳ばらいをしたカルミアは、真剣だった。責任と緊張で強張った表情は、キリッとしている。

 王女としての彼女の片鱗を見た。


「で、本題だが……海斗、正直に言ってくれ。我々と戦う気はあるか?」


 答えは決まっていた。

「そんなの当たり前にイエスだ。昨日、約束したじゃんか。もしかして、忘れちゃった?」


「忘れてなどおらぬぞ。ただの確認だ、確認。ロビン、聞いてたか」


「はい、もちろんです」


 自分を半殺しにした青年がひょっこりと入ってくる。

 そして、まるで見定めるかのようにジロジロとじっくりと難しい表情で彼を見た後、


「嘘をついてないようですね」


 カルミアの隣に立つなり、ロビンは正座して、深々と頭を下げた。


「カルミア様を疑ってしまって、申し訳ございません。僕は従者失格です」


「いや、いいのだ、いいのだ。ワレもたぶん疑っていたかもしれんから気にするな」


「ありがとうございます」


 顔を上げた後、また海斗を見る。


「ハッキリ言おう。お前は我々の中で一番弱い。だから、今日から稽古をつける。ご飯は食べたか?」


「まだ、だけど……」



「そうか。なら、11時ごろにまた来る。そのときまで準備を済ませておけ。カラコンはつけなくていい。なるべく動きやすい格好で」


「わかった。あってか、俺食べ物買ってない」


「それぐらいなら、『ハイルくん』に入ってると思う」

「な、なんですかそれ……」


「これのことだよ」


 ボストンバッグの中に手を突っ込み引っこ抜くと、様々な食べ物が出てくる。

 ハム、ベーコン、卵、リンゴ、食パン一斤と豪勢な食事で、唾が口の中にたまる。

 ただ、生ものもあるから衛生問題が心配であった。


「保存は大丈夫なんですか」


「全然、大丈夫だよ。この中は、時間なんて関係ないから」


「はあ」


 魔法の便利さに驚くばかりだ。

 どうしてこの世界の人間は魔法を使えないのか、甚だ疑問だ。


「じゃあ、僕は準備に戻る。カルミア様、また後程お伺いします」


「あぁ待ってるぞ」


 去り際のロビンと目が合う。あれは、弱者を見る目だ。それも哀れみも、優しさなんて微塵も感じられない。

 お前は弱いんだ――そう目で訴えており、今にも心が折れそうだった。

 しかし、強くなるには必要なことなので、嫌いな努力でも、運動でもなんでもやるつもりでいる。


 死なない程度だといいな。


 そう考えながら、マリーにもらった食材で献立を考えた。



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