狙撃手との激突
早起きしたのだから多少は涼しくなってくれてもいいように思えるが、太陽は残酷にも暑い日差しを向け、生暖かい風を吹かしていた。
この世界は、人間に対して優しくない。もっと丁度いい季節にしてくれてもいいのに、と思いながら海斗は歩みを進めていた。目的は、朝ごはんの調達だ。家には食べ物が無いかわりに賞味期限が切れた調味料が冷蔵庫に眠っているが、これでは腹が膨らまない。というか、舐めたら体がおかしくなるだろう。
額に汗を滲ませながら、コンビニまで歩く。
もっと近くに設置してほしいと切実に思いながらも、歩みを進めてはや5分。コンビニが見えてきた。しかし、海斗はコンビニよりも先に前方から歩いてくる人物に焦点を当てていた。
透き通った銀色の髪は太陽を反射し、真っ白の肌は白くサラサラしている。恰好はこの季節に合わない黒い長ズボンと白のワイシャツを着た青年だった。
キリッとした表情は一切の感情も油断も許さず、黒い瞳でジッと海斗を見ながら歩いてくる。その表情は、まさに怒りだ。睨み、歯を食いしばって、まるで何かの仇かのように強く、鋭い目でこちらを見ている。
「………」
ただ思い当たる節が一切ない。
勘違いだろうと目線を地面に向けて、すれ違いを望んだ。
だが、
「何故その腕輪を持っている?」
青年が指さした方向は、金の腕輪だった。
これに反応すると言うことは、彼もまた同じく異世界人だ。それも口ぶりからして、カルミアの味方なのだろう。
早速彼女の仲間を見つけて、ウッキウキになっていた海斗は
「これ、もらったんだよ」
と話した。
瞬間、青年は太ももに巻いていたベルトからナイフを抜き、向けてきた。
そのナイフは小型であるが、人を殺すには十分な大きさだ。ただなんと言っても、グリップ部分にある蛇の刻印が引っかかる。大事な何かのように思ったからだ。
縦に振られたナイフは、身を横へとスライドさせたから当たることが無かった。
伸ばされたナイフが一度離れる。
「チッ」
青年は舌打ちし、バックステップで距離を取る。
それから出方を伺うように、体を揺らして様子見していた。
「オレは、敵じゃねぇって。ほんとだ。味方なんだよ」
「それが信用できない。証拠がそこにある」
腕輪の事だろう。
しかし、これは本当の事だ。本当に彼女からもらった代物で、何一つ嘘をついてない。
だが、青年は取り付く島もない、全く信じようとしなかった。
仕方なく海斗は、腕輪を黄金に輝く大剣――『ドラゴンスレイヤー』へと形を変える。
「舐めやがって」
ナイフの突きは、まさに刹那の一瞬だった。
キン! と金属と金属がぶつかる甲高い音を発し、火花を散らす。
間一髪だ。彼が動いたその瞬間、本能が勝手に『ドラゴンスレイヤー』を前へと置いたので斬撃を受けることは無かった。もし少しでも遅れていれば、そのナイフは今頃血に濡れていただろう。
安心できる状況ではなく、またもう一度会話を試みる。
「オレはカルミアの味方だって。信じてくれよ!」
その訴えもむなしく、無視された。
対話ができず、正直もう戦うしか道が無かった。
「………」
剣とナイフの火花は、まるで海斗と青年の目線を現しているようだった。
お互い力を込めてぶつかり合う。押すこともなく、引くこともない、ナイフと大剣は拮抗していた。
これならいける――魔人や魔物と比べたら、同じくらいと言うのに安心感がある。
しかし、これが甘えとなった。
「――ッ!」
瞬間、力が前のほうに倒れ、青年が姿を消す。さっきまでぶつけていた力は行き場を失い、地面に向かって一直線に振り下ろされる。
ドゴン!
まるで爆発音のような大きな音に聴力が奪われ、探すのは視力だけとなった。
「…………」
ほんの一瞬だ。1秒にも満たない時間で彼を探し、次の行動を起こす必要がある。
正面には誰も居ない。人間1人いない。
つまり、相手は下だ。
視界を下に向けると、ナイフの先がもう顎のすぐそばまで来ていた。
青年はあの瞬間で、懐まで潜り込んでいたのだ。
ここでカウンターをするにも間に合わない――スローモーションのように映ったかと思えば、その瞬間、首を横に倒した。
ナイフを完ぺきに交わすことはできなかったが、それでも傷を浅く抑えることができたのは上出来だ。
顎の先から血が垂れる。
反撃とばかりに海斗は、剣を握り直して、手前に向けて引いた。
地面はえぐれ、青年の胴体に向かって大剣が進む。
「……ッ!」
だが、止まった。
止められたのだ。
足で両腕を封じ込められ、引く力と押す力が拮抗して動けなくなったのだ。
ここぞとばかりに、青年は海斗の左ほおを拳で殴る。
歯が折れ、血を噴きだしながら、脳が揺れる。
足に力が無くなり、倒れようとする彼にまたもう一発拳を叩きこむ。
そして、左手に持っているナイフを持ち換え、海斗の右肩を切りつけた。
「………ッ!」
血が噴水のように吹きだし、ゴボゴボと地面に向かって垂れ落ちる。
痛みを熱と錯覚しながらも、顔を上げ青年を睨みつけた。
青年は冷酷だ。表情一つ変えず、彼を殺す気で刃を握しめ、振っている。
「………」
青年は、その枝のようにシュッとした足を振り上げ、海斗の胴体を蹴り上げた。まるで風船のように打ち上げられた彼の体は、頭から真っ逆さまに落ちた。地面と激突した瞬間、グチャと音を立て、辺りを血の海にした。
脳は揺れ、ズキズキとした痛みに表情を歪ませる。カルミアを守るつもりでいたが、これほどまでに強い人が居るのなら自分は必要ないのではないだろうか、と考え始める。
もうどうでもよくなっていた。ただの思考放棄をして、ヤミが言っていた「勝てないと感じたら戦わなくていい」という言葉を無視して、立ち上がる。
もう何もかも考えられない。自分という意味とは、自分という存在とは、居る意味とは、わけがわからない。
痛みと情けなさに脳が支配され、今の彼はただの死に急ぎ野郎となっていた。
「…………」
青年は鋭く睨んだ後、右手を下に向ける。指輪が光り、それが木の弓へと姿を変えた。それと同じタイミングで、背中には細長いバッグが斜め掛けでぶら下がっている。それを左手で探ったかと思えば、瞬時に弓へと装着する。
それは、矢だ。鋭く鋭利に先がとがり、後方に羽がついたこの世界と同じ姿形をした矢を彼は握っていた。
「イリュージョンアロー!」
その言葉と共に放たれた矢は、一直線に海斗の胴体目掛けて飛んで行く。だが、ただの矢ではない。その矢は1本、2本、3本、4本………と数を増やし、ついには雨のような密度で飛んでくる。
「………」
口の端についた血をを手で拭い、『ドラゴンスレイヤー』を地面に突き刺し、彼は身を隠した。
キン! キン! キン! キン! と大剣は矢を弾いて、盾のような働きで彼を守ってくれる。
散った矢は、役目を終えたかのように折れ、地面を転がった。
コロコロ、コロコロ、と離れた位置に向かって転がる。坂道でもなければ、窪みもない――むしろくぼみがあればそこを自ら避けて、彼の背後に寄せ集められていた。
「…………」
矢の雨は止み、剣を握る。
青年は地面に両手を置いて、何かをブツブツと唱え始めていた。
そして、
「いでよ、森の大男!!」
その言葉と共に、後ろから大きな影が伸びてくる。
振り返って確認すると、それは折れた矢でできた球体が浮いていたのだ。
海斗は地面から剣を抜いて、構える。
「…………」
球体は、グルグルと回転して、草や花を生やす。まるで地球のように豊かな緑いっぱいになった球体から今度は、巨大な蔓が伸び、ねじれる。それは、手や足のように形作られ、出来上がったのは、人型のモンスターだ。
顔はどこにもないが、中心にある球体がそれっぽかった。
森の大男は、誕生したことを喜ぶかのように腕を地からいっぱいに突き上げ、
「グオオオオオオオ!!」
と雄たけびのような咆哮を轟かせた。
その後、足元に居る海斗へと身を傾けるやいなや、拳を叩きつけた。
動きは鈍くて遅いから交わすことは容易であるが、破壊力は桁違いだ。地面に隕石が落ちたのかと誤解させるほどの大きなクレーターを生み出す破壊力だ。まさに大男に恥じない力と言える。
「グオオオオオオオ!」
再度、咆哮をあげて、同じように拳を叩きつけた。これも難なく交わし、腕を切り裂こうとした瞬間
「鷲の顔!!」
という叫び声と共に、ワシ独自の鳴き声が響き渡る。
顔を上げると、そこには鷲の顔をしたオーラが襲い掛かっていたのだ。
それをジャンプして交わすと、鷲の顔は地面を食い破って急上昇し、彼を追い越した。
頭上からの顔を迎え撃とうとした刹那、下からの攻撃に海斗の体が真っ逆さまに落ちる。
頭は揺れ、コンクリートの地面に体が挟まる。
攻撃の主は、森の大男だ。伸ばした右手で殴打したようで、今まさに縮んでいる真っ最中。
右のあばら骨は折れている。呼吸をすれば響くし、動こうとすればズキズキとした痛みが伴う。
口の中から血を吐きだした。
「……ッ!」
力任せに立ち上がって、敵を目視で確認する。
地上の森の大男、天空の鷲の顔、狙撃をする青年、圧倒的な数と力の差で負けだ。勝てるわけがない。
それなのに、彼は剣を捨てる選択肢をせず、構えた。プルプルと体を震わせ、鼻から血を垂れ流し、額はパッカリと割れているのに剣を握るその力を緩めようとはしなかった。
「…………」
青年は何も言葉をかけず、弦で矢を弾いた。
「アトミックスター!」
飛ばされた矢は海斗に狙いなど定めていなかった。彼の足元に突き刺し、その瞬間、爆発した。
大きなクレーターを作って海斗は、後方の電柱に叩きつけられる。
大量出血と火傷により、彼は立つことすらもままならない。それなのに、またもう一度立とうとする彼に、いつしか青年は恐怖を抱くようになる。
冷酷で冷たかった表情から一変、彼の顔は歪んでいた。これほどまでに立ち上がり、戦おうとする海斗に向かって畏怖の気持ちを抱いていた。
「さっさと死ね」
その言葉と共に、ワシは叫んだ。
鷲の頭が海斗の胴体に噛みついた。胴体は潰され、口から血を吐きだす。それでも倒れることはせず、海斗はどうにか倒そうともがいていた。
吐しゃ物を吐き散らし、内臓はズタズタに潰れても、彼は戦う気持ちだけは潰されないと歯を食いしばって耐えていた。
「殺せ、鷲の顔!」
さらに力は強まり、皮膚から肉がはみ出たそのとき、鷲の顔がスッと霧散した。
「そこまでよ、ロビン」
その声は、海斗の前に立つと、「ダイエルク」と言葉を発した。
「グオオオオオオオ!」
森の大男は真ん中の球体を抑えながら苦しみ、もがいて、茶色へと変色し、崩れ去った。
そこには枯れた1本の矢のみを残して、巨体なモンスターは跡形もなく消え去った。
「ソイツは、カルミア様を――」
「殺してない。カルミア様は、生きている。本当よ」
「えっ、じゃあ、まさか……僕は」
「そう、キミは危うく自分の勘違いで人を殺そうとしてたね」
「そんな……」
青年は顔を手で埋めて、膝から崩れ落ちた。
青年を諭すような優しい言い方をする女性は、とても落ち着いていて、年上の雰囲気がある。
「大丈夫?」
視界はぼやけてその人物を確認できないが、微かに聞こえたその言葉を最後に意識が切れた。




