ヤミと自分―02
暗闇から一変、真っ白の光が広がった。
チカチカする眩しさに目を細めながら、ときには瞬きをして、光に慣れていく。
「…………」
見慣れた天井、赤いカーペット、食器棚、横開きのドア、テレビ、ちゃぶ台、どれも家にあるもので、リビングにある物だ。
つまり、ここは自分の家ということなのだが、拭えない違和感がある。まるで舞台のセットみたいで、諸星海斗という役者を仕立てるために、わざと作った空間のように感じる。
試しに、「カルミア」と声を出してみるも、彼女の返事は来ない。
必要ないキャラは登場しないドラマみたいだ。
足元のちゃぶ台に座って考えたとき、横開きのドアが動く。
「やっほー。元気してた?」
白い髪を団子に結び、色気のない小さな顔はまるで青白い。すらっとした体格にピタッと密着した青いドレスは、彼女を煌びやかに飾ってくれる。しかし、その華やかさは全て二つの穴――いや、ブラックホールのような黒い目によって全てが吸い込まれる。
彼女も異世界人だと言うことはドレスで分かったが、明らかにカルミアとは異質な存在。にこやかに口角を上げているけれど、それはアンドロイドがする笑顔のように違和感があった。
「………」
「もうボクの質問に答えてよ。まぁいいや」
右手に乗ったお盆には、湯気が立つウサギのコップとプラスチック容器に入ったカルボナーラが1つ盛られている。
見たことがあるものだ。お盆とコップは真澄の家で見たし、カルボナーラはコンビニで買った物と同一商品だ。
ちゃぶ台を挟んだ状態で彼女は座り、お茶を分けてくれる。
「ボクはヤミだよ。ほら、魔物と戦っているときに声掛けしたのがボクさ。覚えてるでしょ」
彼女から言われて、あのときの幽霊と声が同じなことに気付く。
「ここが何処かとなんで同じものが出ているのかを説明しなきゃだね。まずは、場所からにしよう」
指を鳴らした、瞬間、周りには何もなくなった。暗闇だけが広がり、上下左右どこを見渡しても方向が見えない。
恐怖も無ければ、苦痛もない。何もないまさに無の空間だった。
指パッチンの音がして、元の光景が広がる。
「今のは『暗闇』と言って、本来ボクが居る場所だよ。あんな真っ暗で何もないんだ。寂しいよねー。で、どうしてキミのリビングがここにあるかと言うと、海斗くんが見聞きした物を出せるんだ。どういう原理でそうなっているのか、わからないけど」
「だから、コップにカルボナーラなのか」
「そういうことー。キミが今日食べたものでこれが一番美味しそうだったからね。お茶はまぁついでだよ。賞味期限が切れた醤油とかケチャップを飲むのは、嫌だしね。かといって水だと味気ないし」
試しに出されたお茶を一口飲んでみる。
確かに真澄の家でもらった緑茶と同じ味がする。と言っても緑茶の違いが判るわけではないけど。
「この部屋にしたのも、キミが一番落ち着けるかと思ったからね。前の前の家は嫌でしょ?」
ヤミがいう前の前の家というのは、両親と一緒に住んでいた家だ。確かにあそこは嫌だ。嫌なことを思い出すだろうから、今も近づいてすらいない。
彼女の配慮は十分有難かった。
「うん。すげぇ嫌」
「でしょう。だから、ここを選んだ。自分の家だから落ち着くでしょ。あの女子の部屋よりも」
確かにそうかもしれない。あのときは、カルミアもいて、雰囲気が良かった。ただもしあそこでカルミア、もしくは真澄と一対一で話せと言われれば、緊張しただろう。ウサギのぬいぐるみが沢山あって、女子の部屋だ。上手く話せなくて、空気も悪くなってたのが目に見える。そう考えれば、三人で会話したのはまさに奇跡だ。
「そう考えると消去法みたいだね」
キャハハ、と独特な笑いをする。
「さて、場所の説明もしたでしょ、名前の説明もしたよね……そして、これから戦ってもらう頼みをする必要もない。だって、キミは戦うっていったもんね」
「言ったな」
「だよね。よしよし、これで自分の手を煩わすこともなかった。いやぁ良かった良かった」
満足そうにカルボナーラを箸で口に運ぶ。
「あっそうボクもね、フォーク嫌いなんだよ。理由は、キミと一緒、形とかそういうのが好ましくない。それと比べたら、箸は素晴らしい。たった2本の棒で掴むのってまぁちょっと難しいけど、綺麗なところがあるよね」
「えっそのときの会話も知ってるのか」
「そりゃもちろん。言ったでしょ、キミが見聞きしているものは知っているって。だから、魔物と戦ってビビったことも、彼女の部屋で緊張したことも、王女様に欲情したことも全部知っている」
全部、全部――笑みを浮かべる。
本当に何でも知っているのだろう。この前にした会話からもそう推察できる。
ってことは、つまり――。
「俺がスマホで見てることも」
「知ってるよ。あの可愛いお姉さんが――」
「あぁ説明ダメ! 絶対!」
大声で遮った。
自分で語るのであれば多少は抵抗ないけれど、人から聞くのは恥ずかしい。
「あぁもしかして嫌だった? なら、そのときだけボクは視界をシャットダウンしようか」
「えっできるの?」
「うん、できるよ。てか、魔人のときそうしてたし」
「だから、出てこなかったのか。てっきり、気分だと思っていた」
「いやぁまだまだキミが戦うことに慣れてない状態でそんな鬼畜な行動はしないよ。特にあの男相手なら出てないとまずかった。反省点だね。ほんと彼女が防犯ブザーを投げてくれて助かった。じゃなきゃ気付かなかったかも」
「そんなのめりこんでいたのか」
「いや、普通にちょっと深いところまで居た。この暗黒は便利でね。結構、何でも見せてくれるんだ。だからこそ、何もない空間なんだけど」
またカルボナーラを箸で摘まみ口に運ぶ。
「まっ、そこは問題ないさ。この暗闇は、慣れている。案外便利だしね。使いやすい。ってことで本題と行こう。キミの前世は、英雄ジークだって話したよね? なら、もう少し深いところまで話すしよう……の前に、ちょっとこれ食べさせて。そのほうがボクは、喋りやすいんだ」
カルボナーラをかきこみ、頬を膨らませてモグモグと動かす。
まるでリスだ。
何回か咀嚼した後、呑み込んで、お茶を飲み、ホッと一息ついた。
さて、そう言って喋り始める。
「消えた英雄ジークは何をしたのか。それは簡単、戦争を起こしたんだよ。世界を巻き込む大戦争をね」
「目的は?」
「人類――というか生命を救うためが近いかな。まぁそんなところだよ」
「なんで起こそうと思ったの?」
「さぁ。そこは、わからない。見えないんだ行動理由が。まぁ彼の事だし、救いたいって思ったんでしょ。王女を助けたいと思ったキミと同じようにね」
救いたい――自分が行動を起こしたときも、そう思えた。カルミアが魔物と戦っているときも、魔人に襲われているときも、全て助けたいと思った。助けなくちゃ、と思った。
最初は嫌々に近かったけど、今ではそれが目的のように、今までの人生の集大成のようになっている。
カルミアを助ける事こそが、自分の真の在り方のようだ。
ちなみに彼女に固執する理由は、自分を必要としてくれるからだとわかっている。
「消えた英雄ジークも同じように戦っていたんだと思う。誰かに必要とされた、誰かを助けたいと思った。その誰かがたまたま大きくなって、人類全体になったんじゃないかな。彼は、最終的にそうなったみたいだし」
これで考えるとすれば、いつしか大勢の人間を救うために戦うと言うのだろうか。英雄から生まれ変わっても、英雄になるよう行動を起こし、運命が動くのは、まるで呪いだ。
英雄として縛り付けられている。なんとも生きにくい。だが、それが人生と言うのであれば受け入れるしか海斗にはできなかった。自分の運命に抗えるほど彼は強くない。
「まっ、あまり思い詰めないことだね。気楽に考えよう。だからと言って、勝てない戦いに挑むのはダメだよ。あの男――魔人のときみたいに。本気で言ってるんだよ。もしボクが助けに行かなかったら、キミは死んでたよ。嘘じゃないよ、マジマジ」
ヤミの必死の訴えから察するに、事実なのだろう。彼女の言葉通りこれからの行動は、慎む必要がある。
「もしあの男と出会ったら、今度はしっかりと謝って。んで敵意がないのだと示して。そうすれば、助かるから。わかった、いいね?」
「あ、あぁわかった」
「あっちなみにあの魔人は、伊佐義信だから。どうやら彼も英雄と関係があるらしいけど、ちょっとそこはまだ見れてないんだよね。見れたらそのとき教えるから」
彼女は、一気にお茶を飲み干した後、痺れたのか足を崩した。今度は人魚座りへと足を変える。
「で、えっと次は『ドラゴンスレイヤー』だね。あれはドラグネス王国の宝となっているけど、実際はジークのために作られた特別な武器さ。彼の意思を継いだ者にしか使えないよう細工がされていて、それ以外の者は使えない。だから、キミは使えて王女様は使えないとなっている」
「カルミアは、継いでないってことか」
「そういうことー。王女様は、英雄ジークとなーーんの関係も無いからね。まぁもう英雄ジークの生まれ変わりが出てきちゃった時点で誰も使えなくなってるけどね。キミが死んだら話は変わるかもだけど」
それなら、なんとしてでも死ぬわけにはいかない。どうにかして、生き残る必要がある。
「能力とは、特別な武具に備わっているんだよ。例えば、王女様が使っているあの鎧、あれは『レイヴ』といって彼女専用の特別な鎧なんだよ。能力は身体能力の向上で、まぁすっごく強くなるよ。で、『ドラゴンスレイヤー』なんだけど、正直まだわからないんだよね。見た感じなんでも切れることとキミの身体能力を上げる事なんだろうけど、なんか他にもありそうなんだよね。ボクには、わからない何かが」
「はあ」
彼女でも把握していないのか。『ドラゴンスレイヤー』謎が多い武器だ。
「で、次は世界の繋がりだね。異世界だと言うことは、知っていると思うから説明は不要だね。その代わり、『どうして彼女は何でも知ってるんだろう』って思わなかった? 例えばスマホとかドライヤーとか」
「あぁ確かに。彼女は知っていた。なんか本で読んだことあるって言ってた」
「そうだよね。それは簡単な話、キミの世界から転移した者あるいは転生した者が何人もいて、そういう人たちが伝えているんだよ。逆に、キミがドラゴンとか魔法を知っているのは、それを伝える誰かが来てしまったんだ。繋がっているんだよ、この世界もあの世界も。どうやって、移動しているのかは謎だけどね」
薄々気づいてはいたけれど、そういうことか。そうじゃなければ、本に書かれるのはおかしな話となる。
「でも、それだと世界が変わらないか」
「いや、変わらないよ。だって、スマホとかドライヤー使うよりも魔法のほうが便利だもん。すぐに連絡できるし、髪も乾かせるし、その道具を作るメリットが無いに等しい。まぁ技術が無いと言っちゃえばそれまでなんだけど」
背を伸ばし、ぐでぇと机に身を預けるヤミ。疲れたのだろう、とても眠そうだ。
「さて、ボクはちょっと疲れたよ。まぁ一通り説明できたからいいよね。じゃ、おやすみ」
指パッチンするポーズを取る。これによって世界が変わったのなら、これによって終わらせることも可能だと推測できる。
「ちょっと、待っ――」
最後まで言い終わる前に、意識がプツンと消え、衝撃で目が覚める。
見ると、お腹辺りにカルミアの足がドカッと乗っていた。
「………」
夢か、と考えるが口の中にほのかなお茶の風味があるので、夢ではないのだろう。
ヤミという存在がいて、自分は何なのか大方知れたけど、知りたいことはまだあった。
英雄ジークの事やヤミの事、それが知りたかったのに一方的に話しを切られた。
ぐっすりと眠っているカルミアを起こさないように、胴体に乗った足を動かし、自室を出る。
とりあえず、朝食を買いに行こう――金の腕輪が微かに光った。




